第七十一話 心の解放
ジオの言葉には根拠も何も無かったが。それでも体を張って自分の前に立ち続けるジオの姿にメムスの心は軽くなった。
「我を救ってくれるか……ジオ」
「ああ。だから、好きなだけ来い。力を使い果たすぐらい全力でな」
抱えているものを全て吐き出して、すべてを受け止めると宣言するジオへと、メムスは逸る気持ちを抑えきれずに飛び込んでいく。
「分かった……行ってやる! いくぞ、ジオ!」
メムスが拳を振るう。拳圧だけで森の木々が揺れ、当たれば地面や岩を砕き、破壊する。
だが、単純に力任せに振るうだけの攻撃であれば、ジオにとってはそこまで脅威ではない。経験から、回避することも、捌くことも、カウンターであわせることもいくらでも出来た。
しかし、ジオはそうしなかった。
「ふべっ!?」
あえて、メムスの攻撃をその身で受けた。
なぜなら、この戦いは、相手を倒すためでも壊すためでも殺すためでもない。
メムスの心を救うこと。
「っ……まだ……もうちょい、力んだほうがいーんじゃねえのか?」
「お前……ッ!」
いくらでも対処のしようがある攻撃をあえて、顔で、腹で、体で受け止め続け、それでも何事もないと笑みを浮かべてメムスを煽る。
「オラ、どうした小娘! 大人の男をその気にさせたければ、力ずくじゃなく、テクニックで迫ったらどうだ? じゃねーと……」
ジオもただ殴られるばかりではない。
攻撃ばかりで無防備なメムスの額の前に拳を置き、その額を指で弾いた。
「あいったあああ!?」
「へっ、まだまだ大人の女にゃなれねーぜ?」
親指に四本の指を添えて繰り出す、四連デコピン。まるで、おいたする子供をあしらうかのような攻撃だが、メムスの額は赤くなり、その目元には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「お、おまえ、やったなー!」
「ほごぅ!? ……う……」
メムスは反撃の前蹴りを腹部に叩き込む。一瞬、胃の中のモノを吐き出しそうになるジオだが、力ずくで飲み込み押さえこむ。
「っ、こ……こらこら、子供とはいえ足を広げるなんて……はしたねーぞ!」
「ひゃっうっ!?」
ジオは腹に突き刺さったメムスの足をつかみながら、メムスのもう片方の足を払って転ばせた。地面に尻餅ついて変な悲鳴を上げてしまったメムスは、痛みと、ジオからのあしらうような攻撃にムッとした顔を浮かべる。
だが、ジオの攻撃はそこで終わりではなく……
「言っておくが……これは体罰の範囲内。怒るなよ?」
「えっ……っ!?」
ジオは尻餅ついたメムスを無理やり起こし、そのまま脇に抱え、無防備になったメムスの尻を力いっぱい叩いた。
「いっ、っ、たいいいいい、な、な、何する貴様!?」
「おら、おら、オウラアアアアア!」
森の中に響く乾いた音。ジオに抱えられながらもジタバタ暴れてメムスは抵抗しようとするが、構わずジオはメムスの尻を叩き続けた。
「ひゃう、あん、ん、いたっ! い、ん! あっ、ん、だめ、あん! っ~~、ひ、ひとの、う、うう、人の尻をいつまで叩いてるんだ貴様アアアアア!」
我慢の限界に達したメムスが、怒りをきっかけに全身の魔力を激しく放出。
勢いのある衝撃波に押されて、思わずメムスを離してしまうジオだったが、その表情は意地の悪い笑みを浮かべ、全て「予定通り」という表情であった。
「よ、よくも……オシャマに続いて我の尻まで! 乙女の尻は、気安く異性が触れてはいけないというのに、貴様は~!!」
尻を擦りながら、顔を真っ赤にして目を血走らせるメムス。だが、ジオはシレッとして……
「ん? 知らないのか? 外の世界では、躾けのためなら子供の尻を大人は叩いていいんだよ」
と、当たり前のように言った。
「なっ、なにいっ!? ……って、そんな、ばかな決まりがあるわけ……そ、それに、わ、我は女だぞ!」
「それも問題ない。気安くではなく、本気なら、男は女の尻を触っていいんだよ」
「え……、そ、そうなのか?」
「アア。ホントウダ」
「そ、そうか……それなら……ま、まあ……わ、我も痛かったけど、不思議とそれほど嫌ではなかったというか、ドキドキしたというか……」
「……んな決まりがあるわけねーだろ、バカ。これだからガキは……」
「ッ!? き、キサマアアアアアアアアアア!!」
ジオの攻撃や言葉で、メムスは涙目になったり、怒ったり、照れたり、騒いだりと様々な表情を見せた。
それは、先ほどまで絶望に染まった表情で俯いていた時とは全く違う。
歳相応の少女が、感情をむき出しにしている様子であった。
それがジオの狙いでもあった。
「やっぱ、チョロイな……元気になってきた……」
かつて、ジオがすべてに絶望して魔に堕ちたとき、その時の自分を思い返すと、当時の自分は全てを拒絶して全てに対して心を遮断していたようなものだったと思えた。
だが、それを打ち破り、殻に篭っていた自分を引き出して、心を解放させた奴が現れた。
それが、ガイゼンだった。
自分の魂を揺すぶって熱くさせるガイゼンに影響され、気づけば自分は肉体は魔に堕ちても、心は救い出されていた。
ならば、それに倣えばいい。
まずは、全てから逃げ出して絶望に染まろうとしていたメムスの感情を引きずり出す。
「許さん。ユルサン、ユルサナアアアアアアアアアアアイイ!」
「……でも、ちょっとやりすぎたか?」
しかし、自分とメムスではなかなか勝手も違い、怒り任せに雄叫びを上げるメムスは、下手したら何かもう一段回変身しそうなほどの形相であった。
「ったく……まだまだ、ケツの青いガキだな」
「貴様アアア、人の尻を散々叩いて言う言葉がそれか!? ユルサン!!」
怒りが頂点に達したメムスの掌に魔力が凝縮されて、スパークする。
それは先ほど見よう見真似で放った、ジオの魔法。
黒い雷・ジオスパーク。
それを、今度は更に多くの魔力を込めようと、空気が激しく弾けて空にどす黒い雲が覆った。
「うわ……あれは……ちとまずいな。……受けたら……死ぬな」
これまでメムスの攻撃は可能な限り受けてやったものの、魔法による攻撃は流石に厳しい。だからといって、避けるわけにもいかない。
ならば、どうするか?
「なら……」
なら、正面から正々堂々と打ち破る。だからこそ、ジオもメムスと同様に掌に魔力を凝縮させていく。
「フキトベ、ジオオオッ!!」
「全部ふっとべ!」
降り注ぐ黒い極大な雷。それに対して、ジオが発生させたのは……
――ジオストーム!!
周囲全体を覆い尽くして暴れ狂う暴風。
その風は、メムスの雷を飲み込んで、上空の暗雲すら全てを吹き飛ばしていく。
「ぬ、あ、な、なんだ、こ、こ、これは!? わ、我の力が……ぬ、う、うわあああ!?」
「まァ、魔法を使う錬度で俺に軍配だな」
吹き荒れる暴風は、周囲の木々全てを巻き上げて吹き飛ばし、メムスもまた抗いようの無い力に飲み込まれてしまう。
体の自由を奪われ、暴風の中で激しくされるがままに弄ばれ、纏っていた衣服や下着の類も全てが引き裂かれて飛ばされてしまった。
「……あっ……美にゅ……じゃなかった……ったく、脆すぎるぞ田舎の衣服は!」
本来はこの暴風の中で思う存分風の力で相手を引き裂くのだが、メムスの服が飛んでしまい、その美しく白い裸体があらわになってしまい、ジオは思わず頭を抑えながら魔法を解いた。
一瞬、決して大きいわけではないが、ほどよいサイズで形も整い、先端の色づきもよいメムスの乳房に気を取られそうになったジオだったが、威厳を保つためにも「別になんとも思ってない」とポーカーフェイスを全面に押し出しながら、風の中から投げ出されて地面に落ちるメムスを見下ろした。
その際、メムスの尻が赤くなっていたのが気になったが、自分が叩いたんだと気づいて、慌ててそれも見て見ぬふりをした。
「はあ、はあ……っ、ジオ……」
「……よう、少しはスッキリしたか?」
「うるさ……キャッ!? ふ、服が……う、ううう、見るなあアアア!」
自分の今の姿に気づいたメムスが両手で足をくねらせながら体を隠してその場でしゃがみ込む。
「ジオ~、お前、我の尻触ったり、裸にしたり、お前はすこぶるスケベな奴だな!」
「いや、裸にしたのはワザとじゃねーよ! 大体、俺は大人だ。まだ生え揃ってねーようなガキの裸なんて見たって……ナントモオモワン」
「んなっ!? 違う! わ、我は剃ってるだけだ!」
「……そういう意味じゃねーんだが……なんか、それは申し訳ない……。つか、羞恥心はあるのに、ほんとに最近のお嬢様やお姫様は情操教育が……」
「うるさい! うう~……もう、なんでこんなことに……」
その瞬間、もう何もかもが嫌になったのか、メムスはまた瞳に涙を浮かべてその場で小さく蹲った。
だが、それも一瞬のこと。
ふつふつと、「何で自分がこんな目にあっているのか?」という感情が沸きあがってきたのか、メムスは段々と開き直り、
「お前の……お前の所為だーーーっ!」
「おぶっ!?」
もうどうにでもなれと立ち上がり、自分の裸を一切隠そうとせずに猛然とジオに飛び掛って、顔面を殴った。
「……おま……いくらガキでも……ちったー、隠せっつーの」
「うるさい! お前が引ん剥いたんだろうが! というか、もう全部見られたんだから、今更隠す必要もない!」
「……お、おお……」
「お、お前に見られるぐらい……そんなことぐらいで、我を辱められると思ったら大間違いだ!」
「……ほ、ほう」
顔を赤くしながらも、もう完全に開き直って笑うメムス。
「ふふ……まったく、お前は変な奴だ。お前といるとペースが乱されて……なんだか……悩んでいたことがバカらしくなってくる……お前の所為だ。我がこうなったのは」
そのとき、ジオはメムスの美しい体よりも、その強い笑みを浮かべるメムスの表情に目を奪われ、自然とジオも笑っていた。
「……いいじゃねえか……なんだか、今のでお前がけっこう良い女に見えたぜ?」
「ふふん、今更気づいたか?」
そんなジオの言葉に、メムスも照れながらもハニカミ返した。
「さあ……もう何も恐くないぞ、ジオ! 謝るなら今のうちだぞ?」
もう何も恐いものはないと、堂々とジオに近づくメムス。そのまま拳を振るってジオの頬をまた殴った。
「へっ、誰が……」
何度目か分からぬ拳を受け、折れた歯を血ごと吐き捨てながら、ジオもまだまだ笑みを絶やさない。
「そうか! なら、ぶっとばしてやる! っていうか、我がお前をお仕置きしてやる! お前も尻を出せ!」
「十年はえーよ! 俺の尻はそんなに安くねえ!」
「人の尻を軽はずみに叩いた男が何を言う!」
「自分の尻に値打ちが欲しけりゃ、もっと良い女になるんだな!」
「ああ、なってやるとも! 今に見ていろ! お前が涎を垂らして我に媚びるような良い女になってやる! っていうか、そもそも、お前は人に偉そうに言えるほど、良い男なのか!」
「くははははは、それを言われちゃ、何も言い返せねぇな!」
メムスが拳を足を、堂々と振り回してジオを攻撃し、ジオはメムスの顔などへの本気の打撃は避けるように、転ばせたり、投げたりして反撃した。
笑いながらそんな攻防を繰り広げる二人の間に、黒く染まった負の感情は一切無かった。
「これをこうして、こんな感じで……どうだ!」
「……おっ!? 雷の魔法を……放出しないで……肉体に纏って……お、おいおい、『魔道兵装』か!?」
「ん? なんだそれは? よく分からんが、雷を放ってもお前には当たらないから、私が雷になってお前をぶん殴る方がいいと思っただけだ」
「……くはははは、世の魔法使いもなかなか辿りつけない境地に……無自覚天才が……」
雷を体に纏って、全身を黒い雷で輝かせるメムス。
メムスは負の感情が薄れるだけでなく、ジオに心を解放され、戦いながら力を引き出され、メムス自身の才能もあり、戦いながらどんどん進化していた。
そんなメムスに呆れながら、ジオは……
「やるじゃねーか。どうだ? その力があれば、ムカつく奴らをぶっとばすことも―――」
「そんなことに使うものか! もう、我は自分の力に振り回されなどしない! 飼いならし、そして家族を守り、そのついでにお前をぶっとばす!」
「くははは、……って、ムカつくやつはぶっとばさないのに、俺だけはぶっとばすのか?!」
「お前だけは例外で、特別だ!」
試すようなジオの問いも、メムスは一蹴した。
もう、メムスは自分の力に飲まれないと、自分の口で自然と叫んでいた。
「まったく……ほんとうに……我は何を恐れていたのだろうな……」
「メムス?」
「確かに皆……我を恐れた……だけど、すぐに手を差し伸ばしてくれたのに……我は意地になって、怯えて、そして逃げ出してイジけていた……みんな、ゴメンって謝ってくれたのに……我はまだ、ロウリに謝ってもいないのに……」
そして、進化した力を振り回す……かと思えば、メムスは途端に大人しくなり、ジオへ向けた攻撃も途中で手が止まってしまった。
「ジオ……お前は言ったな? 我はまだ戻ることができると……」
もう一度教えて欲しいとジオに問いかけるメムス。
その問いに、ジオも笑みを止め、
「お前が村人をゴメンで済ますことが出来るなら……傷ついた妹がお前をゴメンで済ますことが出来るのなら……戻れるはずだ……お前は……戻れるさ……まだ、お前は戻れる」
自分はゴメンで済ますことはできなかったから、もう戻れなかった。
だが、メムスたちならば……。
そんな想いを抱きながら、ジオはメムスに頷いた。
「……まっ、ガラにもなくエラそうに説教してやったが、戻るかどうかはお前次第。お前の自由だ。後悔する生き方も、後悔しない生き方も、どっちの生き方だろうとお前が決めて責任を持て。大人になるってのは、そーいうもんだ。だから、俺が言えるのはここまでだ」
「ジオ……」
「お前は戻れる。それを踏まえたうえで、自分で決めろ」
そして、ジオはここから先の選択はメムスに委ねた。
「そうか……うん……そうか……そうか! ……なんだか……もう、色々とスッキリした」
ジオの言葉を受けて、メムスは嬉しそうに頷いた。
「そうか。なら……決着を付けねーとな」
「ジオ? ……いや、我はもう」
「ダメだ。中途半端じゃな。物事にはしっかりケジメはつけねーとな。寸止めはつらいもんなんだぜ? って、子供には分からねーか?」
「そう……なのか? まぁ、お前がそう言うなら……これも、大人になるために必要なら」
メムスはもう答えを出して清々しい表情をしていた。
なら、残るは決着だけ。
特に勝負しているわけでもなく、メムス自身はもう十分だと思っていたが、これも必要なことなのだとジオが告げると、メムスも納得して頷いた。
「なら、最後にもう一度だ! 受け止めてくれ、ジオオオオオ!」
メムスの熱い想いに呼応するように、メムスの全身を纏っていた雷が激しく唸り、その勢いのままジオに向かう。
「これが我の今の全力! お前から学んだ力……ふ、まるでお前色に染められたみたいでちょっと不服だが……」
対してジオは……
「ああ……そしてお前は……この最後を経て、また一つ学んで……今後の人生に活かしてみろ」
両手を広げて待ちかまえ、体内に内在する魔力と気、二つを融合させて身に纏う。
これまで禍々しい闇の魔力ばかりを纏って戦っていたジオとは打って変わり、眩い光のオーラがジオの全身を包み込む。
それは、ワイーロ王国で大嵐に立ち向かったときに使った力。いや、それ以前の頃から戦場で振るっていた、ジオの本当の力。
「お前は魔力を身に纏って戦う魔法使いの戦闘術、『魔道兵装』を身に着けたが……こいつはその上位互換」
「ッ!? な、なん、この力は……」
「人が持つ生命エネルギーである気と、体内の魔力を融合させる……俺のオリジナル……『武装暴威』だ。そして、これが俺の―――」
その力は、尋常ならざる破壊力を秘めたメムスの攻撃を真正面から打ち消して……
―—ジオインパクト!!!!
突き出した拳から発せられる強烈な閃光にメムスを包み込んで吹き飛ばす。
「……お前……強かったんだな……」
「ああ、男前だろ?」
その力強くも温かい光は、メムスにはどこか心地よく感じ……
「ふふ……ジオ……ありがとう……」
「……ああ」
「今日……お前が居てくれて……良かった」
「ああ」
メムスはハッキリとそう告げた。
「……いっぱい殴っちゃって……迷惑をかけて……本当にすまなかった……」
「……ああ」
「……我は自分と向き合う。この力も制御してみせる……」
「ああ」
「皆とも向き合って……自分がロウリにしてしまったことからも……逃げない」
「ああ」
「迷惑をかけたカイゾーにも謝る」
「ああ」
「そして、我も大人になる」
「ああ」
「我は人間だが……魔族という血とも向き合う」
「ああ」
「だから、もっと色々と教えて欲しい……我の血や……その根源……大魔王についても」
「ああ」
「そういえば、我はお前のこともあまり知らない。お前のことも教えてくれ」
「ああ」
「ン法教えてくれ」
「断る」
そして、ふっとばされながら最後の最後にメムスの舌打ちが響いた。




