第四十話 ばなな
かつて仲間だった二人。しかしそこに感動の再会などなく、気まずい雰囲気が流れていた。
マシンとオーライ。仲間たちが見守る中、皆から離れた船着場の最端にて向かい合っていた。
「まず……いつ、目覚めたんだい?」
先に話を切り出したのは、オーライからだった。
「数日前だ。大魔王も死に、最早自分の役目も無いのだろうと放浪していたところに、リーダーたちと出会った」
「リーダー? ひょっとして、あのオジオという彼かい?」
「名前は間違っているが……まぁ、そうだ」
「そうか……」
マシンの返答に俯くオーライ。すると今度はマシンから話をした。
「正直、どうして自分が目を覚ましたのか分からない。お前が、自分を『緊急停止コントローラー』を使って止めたことまでは分かるが……」
「ああ。そして、お前を封印用ということで棺に入れ、封印魔法を使える者たちに厳重に鍵をしてもらい……そのままお前を海の底へと沈めた……二度と出てこられないはずだったが……」
「ああ。自分の予想では……その海が問題だったのかもしれない」
「なに?」
「自分は完全防水で出来ているが、それでも完璧ではない。ひょっとして何年も海水に漬けられて、緊急停止回路に異常が起こったのかもしれない……破損していた。まあ、もうそれ以上の真相は分からないがな」
「そうか……」
俯き唇を悔しそうに噛み締めるオーライ。
そんなオーライに、マシンは続ける。
「お前は大したものだ。爆発事故で消滅したはずの『生体兵器研究所』……しかし、その地下施設が無事だったことは、ナグダ職員も気づいていなかった。その遺された地下施設にあった、ナグダの遺産……この世界の者には扱い方どころか文字の読み方まで分からなかっただろうに……お前は解読してここまで辿りついた」
「マシン……僕は……」
「プラズマセイバー……二十日野菜の種……特別兵士強化スーツ……魔力代替エネルギー用太陽光パネル……生体兵器用緊急停止コントローラー……そして……携帯タブレット端末から、環境調整衛星システムにアクセスまでした……。ゼロの知識からそんなことを出来る人間等、ナグダでもいない。お前は傑物だ。それは認めよう」
マシンは穏やかな口調で、オーライを認めていることを告げる。だが、認めつつも……
「しかし、環境調整衛星……それだけは乱用してはならなかった」
「ッ……」
「二年前も説明したが……あの衛星は、竜巻や台風などの異常気象を防衛するためのシステムだ……だが、一度軍事利用してしまえば、惑星規模で天変地異を自在にコントロールを可能にしてしまう危険な産物。ましてや、当時のナグダの職員は、アレに戦略防衛構想用の『X線レーザー』まで備えていた。断じて個人の私的な目的に使用してはならないものだった」
淡々と説明していくマシンだったが、そこでようやくオーライは顔を上げて反論した。
「しかし、そんなものを置いていった、ナグダが……あんなものを……あんなものを発見してしまえば……誰だって」
「勿論だ。ナグダが本来衛星も回収しておくべきだった。お前が……衛星の力に心を奪われ、そして他国でワザと異常気象を引き起こし、そして他国に食糧難を起こしてから、二十日野菜を高値で売る……ハウレイムはそれで潤ってしまった」
「っ、ぼ、僕だって後悔したさ! まさか……まさか、あんな魔導書よりも小さなパネルだけで、本当に天候を自在にコントロールできるだなんて思わなかったんだ! それに……それに、あのときは……ハウレイムでも多くの飢えた子供たちが目の前に居て……僕は……」
「分かっている。二年前もそれは聞いた。そして、お前がその罪に苦しみ……その償いとして、せめて衛星の力を利用して大魔王を倒そうとした……それは自分も理解している。だからこそ、自分は二年前のお前の涙と約束を信じた……だから、お前が自分を裏切ったことは咎めない。だが……」
「……でも、でも大魔王を倒したのに、それでも未だに衛星の力を利用している僕に怒っているんだろう? 分かっているよ、マシン。でも……でも、『X線レーザー』で大魔王を倒してそれで終わりなんてほど、世界は簡単じゃないんだ!」
まるで、泣き叫ぶように苦悶の表情で叫ぶオーライ。そして、マシンが聞きたいのは、そこから先のことであった。
「最初は……大魔王の座標さえ分かれば……そこにX線レーザーを落して終わりだと思っていた。でも、狡猾な大魔王はなかなか魔界から出てこなくて……衛星は魔界まで届かない……だから、そのためにはまず、七天や地上の魔王軍と戦って、大魔王を引きずり出すしかなかった……そのために多くの戦争をして……そして、その多くの戦争の過程で僕は知ってしまったんだ。今の世界や、人間たちの醜い心を」
「醜さ……だと?」
「そうだ。魔族も存在によっては生かすべき者もいれば、同じ人間でも死んだほうがマシだという者たちは腐るほどいる。戦争を利用して金儲けに走るクズ、捕らえた捕虜を使って人身売買、陵辱行為、目を疑うような光景を僕は腐るほど見てきた!」
それまでの苦悶の表情から一変し、突如怒りを露にしだしたオーライ。
それは、この世界に対する憤りが滲み出ていた。
「そう、重要なのは大魔王を倒すだけじゃない。人間も魔族も関係なく、蔓延る悪しき心を持つ者たちから、正しき者たちを守ること。安心して暮らせる世界を作ることだったんだ」
「…………」
「この世には、クズな心を持った人間の他にも、五大魔殺界などという消し去らねばならない脅威がまだ居る。その脅威を消し、真の平和な世界を創造するまでは……僕は止まるわけにはいかないんだ! 魔界と人間が手を取り合い、真の平和な世界を築くには、どうしても衛星の力はまだ必要なんだ!」
「……呆れた言い訳だな……」
「呆れる? それは心もなく、人工的に作られたお前だからこそ、そう思うんだ。しかし、心のある僕たち人間は違う。そして、私情に囚われることなく世界を正しく導くために、衛星を正しく使えるのは……僕しかいない! これは、僕が天より与えられた使命なんだ!」
全ては正しい世界を作るため。そのために、オーライはマシンとの約束を破ってでも、禁断の力を使うしかないのだと告げる。
マシンはその言葉を聞いて、まるで納得していない様子だが、構わずオーライは告げる。
「戦争の時、確かに人類は一つになった。しかしそれは一時的なもの。大魔王を倒してしまえば、またそれぞれの国に戻る。それではダメだ。真に一つになるには……世界の国々を一つに統一する必要があるんだ」
自信に満ちた表情で、一切の迷いのない表情で……
「そう、僕は……大魔王でも勇者でもない……新しい世界の覇王となり……そして、神となるんだ」
そう、宣言したのだった。
「ふ~……それで……どうして今回……ワイーロ王国に天変地異を起こして襲撃した? そこに何の意味があった?」
「…………僕だって最初はそのつもりは無かった。元々、ワイーロと併合し、悪しきファミリーは解散。それだけで良かった。だが、事情が変わったんだ」
マシンが尋ねたのは、それは今回のこと。今回、このワイーロ王国で起こった天変地異についてだった。
「実は……捕えていたファミリーのボスが……今、瀕死なんだ」
「……なにっ?」
「少し目を離した隙に……毒による暗殺か、自殺かは分からない。今、意識不明の重態だ。正直真相はまだ分からないが……ただ、僕はそれを利用できないかと考えた」
マシンは、サラリと言葉の端々に出てくるオーライの言葉、そして予想もしていなかったフェイリヤの父親の状況に驚いてしまった。
そして、オーライは……
「僕の考えた作戦……それは、ワイーロ王国を半壊させ、僕たちハウレイムの支援無しでは立ち直れなくする。そうやって、僕は献身的な支援をすることで国民からの信頼を得て、更にフェイリヤを僕に惚れさせて、彼女に組織の運営をさせながら、最終的には僕が組織を動かす立場になる。そうなれば、国の併合もファミリーも問題なく手に入るだろうと……そう考えた」
まるで、当たり前のように自分が起こしたことの真相を話すオーライ。
「ファミリーは……解散させるつもりだったのだろう?」
「だが、その資金力や事業、そしてコネクションをうまく正しく利用できるのであれば……十分価値がある。そう思った」
「そんなことのために……?」
「勿論、被害は考慮した。王都の中心部に被害を与える前に、嵐は途中で止める予定だったしね。ただ、フェイリヤを僕に振り向かせるために雷を落としてから救ったんだが、反応がイマイチだったのが少し予定外だったけどね」
その話し方、耳を疑うような内容に、マシンは絶句してしまった。
「……ワイーロを手にし、ファミリーの力を手にしたら……ようやく本命の帝国にいける。戦争中は忙しかったのと、ナジミたちがまだ身も心も僕に落ちていなくて、僕が他の女に言い寄ろうとしたらすぐに邪魔をしてきたから、まだ帝国の三姉妹姫をモノにできていないんだ。三姉妹姫を手に入れたら、帝国も取り込み……地上世界は僕を中心に一つになる!」
「お前は……自分で何を言っているのか分かっているのか? ナジミたちはお前の野心を知っているのか?」
「知らないし、そんなことを知っても仕方ないだろうし、彼女たちには他の使命がある。僕が神となる世界で女神となり、僕の血と意思を告ぐ優秀な者たちを一人でも多く生んでもらう。他の女の子たちも同じだ。そうすれば、僕の死後も、僕の意志を継いだ者たちが世界を導き、世界は正しくあり続ける」
話せば話すほど、最初のような神妙な態度からドンドン開き直って内の本性を露にしていくオーライ。
そしてオーライはこれまでの話を踏まえて、
「だから、マシン。衛星を手放すわけには行かない。この世界を正しく導くために……理解してくれ」
マシンと正面から向き合い、そして迷いのない真っ直ぐな目でそう断言するオーライに、マシンは頭を抱えながら……
「ふぅ……オーライ……お前は自分に心もない人工的な存在だと言ったが……多分、心はあるのだと思う」
「……マシン?」
「最初は言い訳を聞く気は無いと言ったが、お前がどうしても話をしたいとせがむので……ほんの少しでもお前に期待していた……そんな、今の自分の心をお前に教えよう」
マシンが今のオーライの釈明のような話を全部聞いて、感じたことは一つだけ。
「聞くだけ時間の無駄だった」
「…………」
「当初の予定通り、すべてを回収する」
オーライの野望に何一つ理解も共感も出来なかったということだけだった。
「ふっ……そうか……残念だよ……マシン」
「お前が誰と繋がり、何を企み、どんな女と添い遂げようとどうでもいい。ただ、それは全てを取り上げた後にしてもらう」
「……させないさ」
話は完全に決裂した。
「僕がどうしてこれだけ本音を明かしたと思う? それは、お前に対する誠意……そして、もう一度眠らせてしまうお前への懺悔だ」
一瞬だけ悲しい表情を浮かべたオーライはマントの内ポケットに手を入れて、何かを取り出そうとする態勢でマシンに身構えた。
だが……
「マントの下に隠し持っている、緊急停止コントローラーは作動しないだろう?」
「ッ!? バカな! だって、半径五メートル以内なら……」
「言ったはずだ。自分の緊急停止回路は、自分が目を覚ました時には破損してしまっていたと。だから、自分も数日前まで、死にたくても死ねないままだったのだ……」
「な、ば、ばかな!?」
「お前が自分を連れ出して皆と離れてくれたのも都合が良かった。この距離ならば、セクが被害を受けることもないしな」
慌ててマントの下から、四角い箱のようなものを取り出すオーライ。その箱にはボタンが一つだけ着いており、オーライはそれを何度も押すが、特に何も起こらない。
そして……
「廃棄する」
「ッ!? し、しまっ……」
「自分と同タイプの機体が万が一現れた時のためにと護身用に持ってきていたのだろうが……失敗だったな」
次の瞬間、マシンの指先から放たれた小さな弾丸が、オーライの持っていた箱を撃ち抜いて壊れてしまった。
「これでもう、お前は自分や……妹を止めることは出来ない」
「……マシンッ……お前……」
「衛星を使うか? もっとも、互いの距離がこれほど近い位置で使ってしまえば、お前も無事では済まないがな」
「……ふっ……甘くみるな、マシン! もう、二年前のお前が知っている僕じゃない。お前一人だけなら……衛星なんて使わずとも!」
そう言って、オーライは体を反転して駆け出す。
それは、離れた場所から自分たちを見守っていた、仲間やワイーロの民たちの集っている場所へと目指していた。
「確かに……もう、お前は二年前と違っていた。あの時のお前はまだ、自身の犯した罪に苦しみ、その贖罪のためにできることをやろうとしていた。そこに……打算などなかったのだがな……」
駆け出したオーライの背中を見て寂しそうに呟きながら、マシンは特に走って追いかけたりするわけでもなく、ただゆっくりと歩き出した。
「みんな……すまない! マシンは……変わっていなかった。どうしても、僕の説得を聞いてくれなかった!」
マシンがすぐに追いかけてこないことを確認し、オーライは悲しんでいるような表情を無理やり浮かべて皆の下へと駆け寄り、そしてもう一度反転して、光る剣を出して叫ぶ。
「皆さんは逃げてください! ここは僕たちがやります! ナジミ! アネーラ姉さん! シス! 悲しいけど……戦おう! 四人で力を併せてマシンに引導を渡すんだ! それが、かつて彼の仲間だった僕たちにできることだ!」
身構えるオーライ。対して、マシンはどこか呆れたように溜息を吐きながら、ゆっくりと船着場から歩いてくる。
余裕のつもりか、警戒のつもりか、すぐには向かってこない。
それどころか、剣を出しているオーライに対して、まだ戦闘の準備もしていない。
いや、その前に……
「みんな、マシンの力は覚えているよね? そして警戒するのはあのスピード。僕とナジミで何とか抑えるから、アネーラ姉さんとシスは……?」
その時、オーライはマシンとは別に異変を感じた。
「……みんな?」
それは、この場に漂う空気だった。
思わず振り返ったオーライが見たのは……
「「「「「…………………………………………」」」」」
侮蔑、嫌悪、怒り、そんな冷たい感情の篭っためでオーライを見る民たちの目であった。
「えっ? あの……みんな?」
なぜ、勇者である自分にそんな目を向けるのか、オーライにはまったく理解できなかった。
先ほどまで、あれほど熱狂的に自分を称えていた民たちが、手のひらを返したかのように冷めた目をしていた。
そして……
「オーライ……どうして……あんたは……」
「うそ……だよね? おとうとくん……ねえ、うそだって……言って……」
「何かの……まちがいです……兄さんが……こんな……」
自分を心の底から愛し、身も心も篭絡していたはずのナジミ、アネーラ、そしてシスが涙を流しながら、その場に膝から崩れ落ちていた。
「ど、どうして……えっ? な、なにが……」
何がどうなっているのかと、まるで状況を理解できないオーライ。
すると……
『これが真実だ』
「ッッ!!??」
そのとき、まだ離れた場所に居るはずのマシンの声が近くから聞こえた。
思わず驚いて震えたオーライが、辺りを見渡すと……
「まぁ……話の大半の意味がまるで分からなかったが、とりあえず……英雄である勇者様は、天候を操る力があり、その力を使って自作自演をやりまくって……女をモノにしまくろうとして、そして……神様になろうとしているヤローだってことは分かった」
「ッ!!??」
「あと、お嬢様を手籠めにしようとしてたみたいだな。つか、あの嵐も雷も全部お前の仕業なんだってな?」
そう告げたのは、ジオ。
手元にマシンから手渡されていた黒い塊を転がしながら、呆れたように苦笑していた。
『リーダー……こういうことだ』
「ああ」
ジオの手元の黒い塊から、マシンの声が発せられた。
それを目の当たりにし、オーライは顔を青ざめさせ、全身をカタカタと震わせて……
「ま、まさか……まさか……あっ、ま……さ……」
「ああ。全部聞いてた」
「ッ!!??」
そう、マシンとの会話はこの場に居た全ての者たちに、全部筒抜けになっていたのだ。
当然、自分のこれまでしていたこと、考え、今回の天変地異や目的も発言も全て。
「ち、違う! こ、こ……こ、……こ、こなばなな! ま、マシンの罠だ! みんな、騙されるな! マシンは僕を恨んでるんだ! 勇者の僕が、自作自演とか女をモノにしまくるとか、そんなのおかしいじゃないか! だから、これは罠だ!」
まったく予想もしていなかった事態に、あの爽やかで自信に満ちた勇者は、言葉を噛むほど激しく取り乱した。
そう叫ぶオーライの言葉を信用する者は、もう誰一人として居なかった。




