第百四話 食事会の中断
肉体を思う存分に蹂躙し、妖艶な笑みを浮かべながらナトゥーラは、胸の中で痙攣しているジオを抱きしめながら吐息を漏らす。
「はう~ん♡ 久々のジオ殿~駆けつけ三杯の一杯目は濃厚で美味しいです~♡」
「うっ、はうっ、あ、がが、おっ、お……」
「さあ、ジオ殿~、おかわりです~♡」
「っ、ちょ、おま、まだ!?」
「二杯目です~♡」
痙攣と、ある種のトラウマ的な震えで思うように体の言うことが聞かないジオ。
そんなジオを包み込むように「おかわり、おかわり♡」とナトゥーラは再びジオを頭のてっぺんからつま先まで美味しく戴こうとする。
「あ、あわ、あがが、さ、最後まで見ちゃった……す、すご……こ、これが、これが本当の……ガクガクブルブル」
「ふぅ、ナトゥーラ……人がギヤルに説教をしている間に、私を差し置いてジオ様を戴くとは、飼い犬に手を噛まれるとは正にこのこと……しかし、そろそろ交代ですよ?」
顔を真っ赤にして腰を抜かしながら、一部始終を見せられたギヤル。
先を越されて少し不満な表情だが、今だけは躾されたペットのごとく、正座して「待て」の状態のエイム。
「んふ~♡ 姫様~、ダメです~♡ まだ食べ始めたばかりなのです~。三年ぶりのジオ殿を……子宮八分目どころか、まだ二分にも至ってないんですよ~♡」
「まて、そ、れを言うなら、腹八分……んぐっ!?」
まだ食事は始まったばかりだと、地面にジオを押し倒して伸し掛かるナトゥーラ。
動かぬ体でも一言絞り出すように言おうとした文句も、唇を塞がれてしまうジオ。
その場はもはや、盛りの付いた淫蕩の場と化していたのだった。
(……なんか……サラッと結局……最後まで……おかしい……フェイリヤもメムスもオシャマも、据え膳状態だったけど食わなかった俺が……懐かしい慣れ親しんだ相手とはいえ……)
体はあまり動きそうにないが、一度食べられたことで少し頭の中は落ち着いてきたジオ。
今は調理場の魚のように横たわりながら、流れる雲の数を数えるなどして、物思いに耽っていた。
(俺の初めての相手はティアナで……次がアルマ姫……その次がナトゥーラで、エイム姫と続いて……回数はどんぐらいだったかな……たまにしか会えないから、一晩で十数回とかあったな……)
かつて、自分が血気盛んだったころは、据え膳は常に食してきた。
男の本能に従って肉を求めた。
女たちも積極的だったということもあり、互いを求め合っていた。
しかし、それは三年前の話であり、今は違う……そう思っていたが、無理やり食べさせられた肉は、胃がもたれる……が……懐かしさは感じた。
(こいつらも……俺のことを忘れてた……でも……こいつらは……忘れていただけで……何か罪があるわけでも……)
これまで拒絶してきた過去の女たちと決定的に違うのは……魔族である自分に対する罪は無い……ということである。
ただ、それでもこの二人と関われば、どうしても昔の思い出を無理にでも思い出させ、心がどうしても苦しくなる。
しかし、それを無理やりでも耐えさえすれば……
「なあ……ナトゥーラ……」
「はい? ジオ殿どうされました? 喉が渇きましたか~? 何をお飲みになります~?」
「……エイム姫も……もう……こういう無理やりは……もう……」
「?」
「せめて……フツーに……してくれねーか?」
どちらにせよ、もうここまでなってしまった以上、今さらどうしようもない。
ならば、こうやって一方的に食されるばかりでは屈辱的なので、もう抵抗しないし逃げないから、せめて普通にしよう。
「ジオ殿~! 普通~、ですか! 普通と言えば……」
「これは至福! 普通……といえば、アレですね! 特濃トロピカルマンゴスチンジュース、ほかほかチーズフォンデュ、餅ぺったんこ、ぷりぷり子持ちシシャモ、豆入りおいなりさん……うふふふふ♡」
ジオの妥協にも似た提案に、ナトゥーラもエイムも目を輝かせる……が……
「悪い、俺も言ってて首傾げた。俺らのフツーって何だったっけ?」
もう普通の定義が分からなくなってしまったと、ジオは目を細めて雲を見上げていた。
「つか、ど、どうなってんの? りょ、料理名は知ってっけど、まるで内容が意味不明っしょ!?」
そんな三人に対して一人置いてきぼり状態のギヤルがついに口を割った。
お前らは一体何の話をしているのかと。
しかし、そんな声はエイムにとっては邪魔でしかなく、不快だと睨みつけようとしたが、エイムはハッとなってギヤルをじ~っと見つめた。
そして、ある事に気づいた。
「……ギヤル……」
「な、なんだよ!」
「……私は……ジオ様を思い出すまでは自分のことを純潔だと思っていました……だから、あなたを淫乱で下品と軽蔑していました」
「お、おお、だから何だってんだ! そーだよ、あ、あたし淫乱ドスケヴェルフだけど何か!?」
「しかし……今の私ならば分かります……ギヤル……あなた……」
エイムは確信めいた様子でギヤルに……
「あなた……生娘ですね?」
「ッッッ!!!???」
それは、聞いているジオからすれば今さらな話だったが、どうやらエイムは今の今まで知らなかったようだ。
だが、そう指摘された瞬間、ギヤルは目をぐるぐる回して激しく動揺する。
「ちちちち、ちげーし! い、いろんな男とチョー経験豊富だし! あ、あたし、テクとかヤベーし!」
慌てて否定するギヤル。だが、否定すれば否定するほど肯定しているようにしか見えない。
それが分かった瞬間、これまでギヤルに敵意だけを剥き出しにしていたエイムは、どこか子供を見つめるかのように温かい瞳でギヤルに頷いた。
「私としたことが……こんなお子様を……脅威だなどと思って……まだまだ未熟ですね。ジオ様がギヤルの力になりに来たとキスキ・ファミリーから聞いたときは激しく嫉妬したものですが……ふっ」
普段クールで無表情なエイムも、この瞬間だけは鼻で笑った。
「では、ギヤル。もういいです、あなたはあの騒がしい黒姫派の元に戻って、なんちゃって淫乱を続けてくださいませ。私たちは食事を続けますので、どうぞお引き取りを」
「は、はあ!? な、なんだし! なんでそんな小ばかにするし! あ、あたし、ラクショーで何でもできるし!」
「はいはい、分かりました。ですが、ここから先の食事は大人の味が分かる舌の肥えた者ではないと立ち入れない領域です。お子様はもう少し大人になってからいらしてください。そう思いません? ジオ様」
もう、エイムはギヤルのことを自分の敵ですらないと余裕の様子だった。
しかし、そこまで見下されては、ギヤルも黙っていられない。
「く、食えるし! じょ、ジョーとーじゃん! 証拠見せたるし! あ、あたしだって、ジオチンぐらいバクバク食って、なんならおかわりできるし!」
「ッ!? えっ、ちょ、ギヤルッ!?」
「えっ? あ~、ちょ、ギヤルさん~、私がまだ食べている所で……」
「ギヤル、何をなさるつもりですか? よりにもよって私の前で摘まみ食いをしようなどと、許すとお思いですか?」
ギヤルが食事会に乱入した。
ビュッフェバイキングで腹を空かせた客が一斉に料理を手当たり次第に取るような光景。
「お待ちなさい! 行儀が悪いですよ! それに、あなたにその食材はまだ早いです!」
「うるせーし! あ、あたしだって……ば、バナナくらい!」
そして更に、余った一つの肉を取り合う者たちのように、エイムとギヤルが互いに睨み合いながら料理に手を伸ばそうとした……
「ほぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!??」
「「「「…………えっ??」」」」
と、そのとき、空からチューニが降ってきて……
――パリンッ!
ガラスが割れたかのように、ジオたちを覆っていた透明化の魔法が解除され……
「「「「あっ…………」」」」
「「「「「うえっ!!!???」」」」」
「っつ……いたたたた……リーダー? あれ? こんなところでなに……を……へっ?」
そして、透明化されていた食事会の光景が次の瞬間、チューニ、そしてその場に集っていた新生黒姫派・チューニ軍団所属の数百名の若者や、元々広場に集まっていた者たちに……
「リーーーーダーーーー何してん……美人エルフさんたちはだかああああああああ!!??」
「黒姫様嗚呼ああああああああああ!!??」
「ギヤルちゃああああああんん!?」
「白姫さまあああああああああ!!??」
「エイムさまあああああああああああ!!??」
「ナトゥーーーラちゃああああああん!!??」
食事会の光景が数百名にもなる者たちの前で大公開されてしまった。
ましてや、相手はこの都市でも称号持ちの天才であり、更には容姿も端麗で人気のあるエルフ三人。
本来であれば、そんな三人のあられもない姿は、男たちが興奮して当たり前のものである。
だが、この時ばかりはそうではなかった。
それだけ、そこにあった光景は、この場に居た全員にとってショッキングな光景であり、興奮の感情がどこかへ行ってしまったのだ。
「な、なんで、黒姫様が……」
「白姫様が……」
更には、対立すらしているはずの、白姫と黒姫。
その白姫と黒姫が、同時に一人の男と……。
「「「「「なんなんだ、あの魔族の男はッ!!??」」」」」
「つか、アレ、リーダーさんじゃん!」
「アレは、確かチューニくんと入り口で一緒に居た……」
「でも、なんであの魔族が白姫と黒姫両方と……」
「あれは、さっきアキレウスを倒した……変態・ジオチン!」
「そういや、姿が見えなくなったと思ったら……何をッ!?」
そして、周囲の者たちの注目は、そんな白姫と黒姫を同時にこんなことをしているジオへと向けられた。
あいつは何者か? という疑問。
そして同時に……
「ふ、ふざけんなよな……あ、あの野郎!」
「よ、よりにもよって……穢れの知らない純潔な白姫様をォォォ!」
「しかもギヤルちゃんと一緒にとか、この都市の男なら誰もが必ず妄想したことを!」
「ナトゥーラさんまでとか……なんてことを……」
自分たちの敬愛する女……それを二人同時に……いや、ナトゥーラも入れれば三人。怒りが溢れるのは当然であった。
「あ~……もう……な、なんでこうなった……なんかもう、色々どうでもよくなった……」
「あらあら~、食事中ですのに~、はぁ~」
「ふう……ジオ様以外に裸体を晒すとは不覚……」
「ぎょわああああ、や、やべ、み、見られ!?」
だが、そんな周囲の激しい動揺の中、ギヤル以外のジオとナトゥーラとエイムは特に動じる様子もなく、ただ溜息を吐いていた。
ジオに至っては、せっかく人が開き直ろうとしていた所だったのにと、もう投げやりのような感じで投げ捨てられた自分の衣服を手に取ってゆっくりと着始める。
それを見て、エイムたちも溜息を吐いてとりあえず肌を隠して身なりを整えようとする。
「ジオ殿……はぁ……仕方りませんね。お食事は中断ですね~」
「そのようですね。ナトゥーラ、私の服を……ジオ様の下着はゲットしましたし……」
「よ、よかった~、あたし脱ぐ前で……」
そして、衣服を整えて何事も無かったかのように立ち上がったジオは、ゆっくりと皆の前に立ち、煙草に火をつけて一服してから……
「ふ~……なあ……部屋行こうぜ」
「「はいっ!」」
「って、ちょっ、あんた、それあたしにも言ってんの!?」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
仕切り直して、部屋で続きを……言葉を失っている皆の前で投げやりになりながら堂々と告げるジオ。
しかし、流石にそこまでくれば、もう皆も黙っていなかった。
「ふ、ざけんなテメエ! 我らがギヤルちゃんをよくも!」
「最高技術を誇るという噂のギヤルちゃんとヤルのは黒姫派の男の夢! それを、抜け駆けしやがって!」
「し、白姫様とナトゥーラさんまでだなんて、許せないんだな!」
「白姫様を一体どんな手を使って? まさか、洗脳魔法? 許せない!」
「あの魔族を許すな! たとえ、この都市が中立の国だとしても……」
「あの野郎、ぶっ殺してやる!」
飛び交う怒号。自分たちの敬愛する二人の女を穢す男。
この時ばかりは、白姫派も黒姫派も、初めて『心を一つ』にしていた。
そう、敵対する派閥同士でも、共通の敵が現れた時、人は派閥を越えて繋がり合うもの。
奇しくも、ジオがトキメイキモリアルの生徒や研究者たちにとっての共通の敵となることで、都市は一つになったのだった。
とはいえ……
「あ? うるせーな! もう、こちとらさっきからずっと恥辱のかぎりを与えられて、もう何も怖くねーんだからよ! 文句ある奴ぁかかって来いや!」
別にジオは狙ってこの状況を作ったわけではないため、普通に逆切れした。
三年前の帝国での状況とは違うも、どこかデジャブに感じたのか、より一層機嫌が悪くなった。
「んもう、皆さんは~」
「ジオ様をぶっ殺す? ……無礼者たちが……」
「えっ、つか、え? ナッちんもエイむんも……や、ヤル気?」
そんな周囲のジオに向ける反応に、ナトゥーラもエイムもかなり不機嫌になり、ジオが戦うのならば……と、いつでも動けるように準備していた。
だがしかし……
「い、いや、待て……そういや、あの魔族……入り口で聞いた魔力数値……500だったぞ?」
「あ、ああ……しかも、喧嘩もメチャクチャ強そうだし……」
「な、なんせ、あの白姫様と黒姫様を洗脳しちまうぐらいのバケモンだ……」
「だいたい、十賢者序列4位のアキレウスを一撃で倒しちまうような奴だぞ!?」
「そうだ、オリィーシちゃんは!?」
「ダメだ! オリィーシちゃんはさっきから俯きながらブツブツ呟いて微動だにしてねえ!」
感情的に叫んだ者たちも、冷静に考えればジオに自分たちが束になったところで勝てる相手ではないということに気づいた。
その怯えは波及し、数の面では圧倒的に優位に立っているというのに誰もジオへと立ち向かおうとしない。
だが……
「そ、そうだ! リーダーさんツエーかもだけど、あたしらには……最強の親分がいんじゃんかよ!」
「え……? おい、ヤーリィ、それって……」
「デクノーボ、あんたお酒持ってない? 何でもいいから!」
「そ、それなら……ハッ! そうか!」
この場で一人だけ自分たちの仲間で、ジオに対抗できる存在が居たことに、ヤーリィは気付いた。
そして「酒」という言葉を聞いて、デクノーボも気付き、広場の飲食店の脇にある酒樽を見つけ……
「チューニくーーーーーーーん!」
「へっ?」
それを中身をぶちまけるように、チューニに向けてデクノーボは投げた。
「な、えっ? な、ふびゃああああああああ!?」
大量の酒を頭から掛けられるチューニ。
全身をビショビショに濡らし、酒の匂いを充満させ……
「う~、さ、さぶい! う~……ヒック……ういっく……」
それだけで、チューニは目がトロンとしてしゃっくりをするほど酔ってしまった。
「お、おいおい、どういうつもり……ん!?」
デクノーボたちの狙いがまるで分からず訝しむジオ。
しかし、酒と酔っぱらったチューニを見て、すぐにジオはハッとした。
そして、デクノーボたちはニヤリと笑みを浮かべて……
「チューニくん! あんたの仲間の男は、白姫だけじゃなく、俺らの黒姫まで喰っちまうような最低クソ野郎だ! 頼む! 俺らのためにも、そいつを懲らしめてやってくれ!」
「ちょ、お、お前ら!?」
自分たちが戦うのではなく、まさかの同じジオパークの仲間を酔わせて差し向ける。
ある意味で非道な所業ではあるものの……
「ふぅ……リーダー……」
「ッ、チューニ……」
チューニはゆっくりと立ち上がり……
「リーダー……ちょっと……言わせてほしいんで」
「お、おう……」
「リーダーは極端すぎるんで!」
顔を上げ、座った目で、ジオに向かって大声でチューニは物申した。
「なんで? ついこの間まで、硬派ぶって女の子に手を出さないヘタレリーダーだったのに、ここに来て間をすっ飛ばしてそんなことしちゃうとか意味不明なんで!」
「……い、いや、すっ飛ばしたわけじゃ……」
「白エルフも黒エルフもおっぱいエルフも全部まとめてとかどこの世界の勇者様って感じなんで!」
「ちょ、ま、待て待て! それを言うならお前だって、何だかんだで乳軍団作ってんじゃねえか! しかも、さっきの十賢者とのやり取りずっと見てたぞ! どういう思考してんだ、お前は!」
「今、そんなことはどうでもいいんで! 少なくとも、僕はハーレムには憧れるけど、人のハーレムを見るのはイライラするんで!」
「おま、酒の勢いでドサクサになんちゅうこと言ってんだ!」
チューニに捲し立てられ、ジオも「ブチ」っと音を立てて、言われるだけではなく言い返す。
そんな二人の言い合いはヒートアップし、そしてついにチューニがジオに向かい……
「とにかく、男と女の敵であるリーダーは……僕がお仕置きしちゃうんで!」
普段のチューニでは絶対にありえない、ジオへの宣戦布告。
それを受け、ジオは額に青筋を浮かべ、しかし同時に……
「ほ~、言うじゃねえか……チューニィ~……ガキの分際で俺が誰だか分かって……くくく……」
怒りながらも、どこか楽しそうにジオは笑った。
「くははは……そういや、初めて俺ら四人が出会ったとき……俺も、マシンも、ガイゼンも……名刺交換替わりで戦ったんだが……お前とは一度も無かったな……」
例え酒の勢いであったとしても、どんな形でも、何となくジオは今の状況が少し楽しくなり、不機嫌だった想いが徐々に薄れた。
そんなジオの心境を知らず、酔っ払いチューニは手を翳してジオに構え、ジオは迎え入れるかのように両手を広げた。
「見せてあげるんで、リーダー。暗黒聖堂魔導士の力を」
「くははは、上等だ。来いよ、遊んでやる。才能だけじゃ超えられねえ、人生経験の違いを教えてやるよ」
こうして、ジオは初めて……チューニと遊んでみた。
「……チューニ……なに……え? どうなってるの?」
「ジオ様……」
「ジオ殿~」
「ジオチン……ちょ、ここで戦う気?!」
そして、この都市最高の天才たち十賢者も、数百人の者たちと一緒に、これから繰り広げられる戦いの証人となるのだった。




