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08

前話の台詞部分を微修正。

どうにもテンションがおかしいように思えたので。

「どうしたのカリーナ……こんな夜中に」



 不意に聞こえたその声に驚き振り返ると、そこには眠そうな目を擦りながら立つクラリッサの姿があった。

 酷くマズイ状況で起きてきたが、この時は多少なりと好機を生んでくれたようだ。女の視線がシルヴィアから外れ、クラリッサへと向けられている。

 手を掛けていた食器棚の取っ手を勢いよく引き、万が一の備えとしてベルナデッタから借り受けたクロスボウを取り出す。普段使われることのなく、備えておくにはもってこいだと隠しておいた場所だった。


 少々危険ではあったが、前もって矢を番えておいて正解であったとシルヴィアは思う。女の意識がクラリッサへと向いている隙を突き、すかさず構えて撃ち出す。

 しかし吸い込まれていくかのように迫った矢であったが、女は瞬時に反応し身体を捻り、顔を掠めていく。そのまま一般家庭には珍しい、窓ガラスを嵌めた窓へと飛び派手な音をさせて突き破っていった。

 ジーナとの訓練で幾度か繰り返した動作ではあったが、咄嗟の状況で命中範囲の狭い場所へと撃ち出してしまったようだ。


 頬をかすめ僅かに血を流す女はシルヴィアへと粘度を感じさせる、愉快そうな視線を向ける。

 その視線に背筋を寒くし、矢を失ったクロスボウや手近にあった皿などを投げつけると、立ち上がって逃走を計った。



「こっち! 早く!」



 混乱し立ち尽くすクラリッサの手を握り、逃げの一手を打つ。このまま立ち向かってもむざむざ死ににいくだけであることは、本能的にわかっていた。

 ある程度の訓練を受けてきたとはいえ、種族的な理由もあってシルヴィアの持つ体力や力では普通の人間にさえ敵いはしない。ある程度逃げ出す隙を作り出せればそれで上々だ。

 訓練を受けている最中に、ジーナからは口を酸っぱくするほどに言われ続けた。あくまでも教えているのは、自衛として逃げ出すための手段を模索するための戦い方であると。


 手を引いて寝室へと駆け込み、扉を閉める。何か扉を塞ぐものでもあればいいが、棚の類は二人の力ではすぐさま動かせるような重さではない。

 寝室に篭るのは早々に諦め、枕の下に隠した短剣を回収すると窓から逃げ出すべく全開に開いた。



「カ……カリーナ?」


「急いで、事情は後で話すから!」



 動揺し動きの鈍いクラリッサをなんとか窓へと誘導し外へと押し出すと、自身も窓枠へと手を掛けて身を乗り出したところで扉が破られた。

 焦る気配もなく、ニタニタとした嘲るような笑みを浮かべてゆっくりと寝室へと足を踏み入れる。その様子から女がこれを楽しんでいると理解するのはそう難しくはない。

 ただ目的を達するだけであるならば、早々に走ってでも追いつき、その短刀で一突きすればよいだけなのだから。


 シルヴィアは窓の淵から外へと飛び降り、再びクラリッサの手を取ると一瞬だけ逡巡して駆け出す。共に裸足で、転がる小石の痛さや冷え切った地面の冷たさに顔を顰めるが、今はそれを気にしている場合ではない。

 向かう先は十数軒隣に在るベルナデッタ邸。あそこならばベルナデッタの夫であるグレゴールが居るはずであり、彼に助けを求めるのが最も安全ではないかと思われた。



 家々の裏に在る狭い道を走る最中、裸足で踏みつけた小石の痛みに顔を顰めながらシルヴィアは考える。狙われているのは自身なのだから、クラリッサと一緒に逃げなくてもいいのではないか。むしろ自分と一緒に居ることによって危険に晒してしまっているのではないかと。

 そう思いはしたが、すぐさまシルヴィアはかぶりを振って自身の考えを否定する。

 あの様子では関係ないから見逃してやってくれと言ったところで、決して見逃してはもらえないであろう。



「チクショウッ……!」



 後ろを振り返り追いかけてくる姿を確認する余裕も無く、ただクラリッサの手を引いて逃げながら悪態をつく。既にカリーナという役を演じるだけの余裕はない。

 カリーナがいったい何を見たのかまでは聞き出せずにいたが、このように異常な輩を差し向けてくる以上は碌でもないものだったのだろう。

 そのようなものを目撃してしまったカリーナと、それに巻き込まれてしまった自身の不運を呪う。

 どうしてこうも立て続けに命の危険に晒されなければならないのか。そもそもこんな世界に呼び出された事からして常軌を逸している。そう思いながら懸命にクラリッサの手を引き逃げていたシルヴィアは、不意に右の脹脛へと鋭く熱い感覚を覚えた。


 立ち止まり自身の脚を見ると、そこには小さな、人差し指程の長さをした黒く細い金属製の棒が突き刺さっていた。

 それを目視するや否や、猛烈な痛みに襲われ膝をつく。

 痛みに赤く染まる視界のまま背後へと視線をやると、裏路地の暗闇からゆったりとこちらへと歩いてくる女の姿が見えた。



「おいおい……そんな浅い傷で座り込んでもらっちゃ困るな。遊べなくなっちまうだろ」



 愉快そうに手にした数本の棒を指で弄びながら迫る。おそらくはシルヴィアの脚へと突き刺さっているのもそれなのだろう。

 刺さった物を抜くべきか否かの判断もつかぬ状態ではあったが、このまま動かずにいれば死を待つのみであることは容易に想像がついた。

 激しい痛みによる苦痛に顔を歪め、震える身体で必死に立ち上がる。


 前回は運よく助かったが、今回は逃げ切れないかもしれない。そう感じ取ったシルヴィアは、身体を支えようとしてくれているクラリッサの耳元で小さく呟いた。



「逃げて……。少しなら時間を稼げるはず……」


「な……何を言って……」


「あいつは貴女も殺そうとするはず。その前に誰かに助けを求めるんだ……」



 このままでは自身のみならずクラリッサも危ないと判断し、一人でも逃げるように説得し、鞘に納められた短剣へと手を掛ける。

 だがその試みも徒労に終わりそうではあった。クラリッサはただひたすらカリーナと名前を呼び、縋って心配し続けるのみで、言う通りの行動へと移ってくれるような気配はない。

 最早これまでなのだろうかと覚悟を決めかけ、周辺の住民までも危険に晒す可能性を理解しながらも、最後の抵抗とばかりにシルヴィアは大声を出して助けを求めようする。

 しかし声を出そうと短く息を吸うシルヴィアの瞳は、迫る女とは別の影が飛び込んでくるのを映した。


 一瞬の、シュッと云う空気を切り裂く音と、その直後に聞こえてくる地面の砂を捉える音。

 迫る女へと肉薄した影はすぐさま後方へと飛び退り女から距離を取る。

 その影は女から離れると、僅かに重心を低くし対峙する。その手に携えた物は黒く、月明かりの下ではその正体は判別できないが、追手の女が苦々しく影を睨みつける様からして武器の類であろうとは予想がついた。

 目深にフードを被り、全身にローブを纏うその影がいったい誰であるかは知れないものの、自身が助けられたのであろうとシルヴィアは悟る。



「……逃げなさい」



 背中越しに影から発せられる低く篭った声。その言葉がシルヴィアへと向けられたものであるのは明らかであった。

 呆然とし、空回る頭で次の行動を選択しかねていたが、その言葉でようやくハッとし激しい痛みに苦悶しながらも足を踏み出す。

 身体を支えようとしてくれいるクラリッサの肩を借り、影に背を向けて言葉もなく急ぎその場を離れる為に懸命に身体を前へと進めた。


 シルヴィアを狙う女は、対象がその場から逃げ出そうとしているのに気付きながらも、そちらへの関心を失ったかのように一瞥さえもしない。

 ただ一直線に、その視線は現れた影へと向けられているようであった。





 自身を狙ってきた女と現れた影の対峙する様子を気にする余裕もなく、シルヴィアは痛み流血する脚を引きずって、一直線にベルナデッタ邸へと向かう。

 流れ出る血によって、裏路地の石畳は血痕で点々と染められていく。だが今はただひたすら自身とクラリッサが助かるために歩むのみ。

 しかしそのような状況でも、自身へと逃げるよう指示した影の声が、女性のそれであるというのは微妙に察しがついていた。

 激しい痛みに朦朧とする頭ではあるが、この状況で自身を助けに来てくれる存在の予想はつく。



「ジーナ先生……どうして……」



 半ば直感ではあるものの、この状況で自身を助けてくれそうな女性で、それなりに戦いの術を持った人物。となればシルヴィアの知る限りでは、自身の師でもある軍人の女性しか思い当らなかった。

 何故ジーナが今この場に居るのか、理由は定かではないものの、今はその状況に感謝するしかないのであろう。現にこうやって逃げ出すための時間を得られたのだから。



「がんばって! もうすぐだから」



 自身も決して余裕のある訳ではないであろう、クラリッサはシルヴィアを必死に身体全体で支え、暗い裏路地を前へと進もうとしている。

 それが未だもってシルヴィアを自身の妹であるカリーナと信じての行為であるのか、それとも支える相手が妹ではないという事実を認識した上で行っているのかは知れないが。

 ともあれもう目的地は目と鼻の先だ。元々が十数軒先に在るといった程度の距離であるのが救いであった。


 ベルナデッタ邸の裏門へと辿り着き、格子扉へと手を掛けると幸運にも鍵はかけられていなかった。

 そのまま庭へと入り込み、裏口の扉へと倒れ込むようにすがり激しく拳で叩く。

 ひたすらに、一秒でも早く気付いてもらいたいと。いつ迫りくるとも知れぬ追手の女の影に怯えながら叩き続ける。


 早く。早く。早く。

 全力の、殴りつけるようなノックに拳が悲鳴を上げ始めた頃、ようやくその扉は開かれた。

 開かれた扉の先に現れたのは、ベルナデッタの夫であるグレゴール。

 そのシルヴィアからすれば見上げるような身体へとすがり付き、懸命に事情を説明する。



「わかりました、とりあえず中へ。スズ、彼女たちを手当てしてあげなさい」


「はい、さあお二人とも奥へどうぞ。もう大丈夫ですよ」


 グレゴールは、背後へと燭台を手に控えていた女性執事へと指示を出す。

 それを受けてスズは見た目にも大きな怪我を負っているであろうシルヴィアへと近寄り、クラリッサに代わって肩を貸すと、裏口へと立ち裏路地の奥へと視線を向けるグレゴールに声をかけた。



「加勢なさるおつもりで?」


「当然だ。ベルナデッタからも聞いたが、事情から察するに助けたのはおそらく軍の人間だろう。だとすれば助けぬ訳にもいくまい」



 そう言うと、扉を叩く音を聞きつけた際に携えたのであろう、腰に差した一振りの剣の柄を撫で、口の端を上げて夜の裏路地へと踏み出していった。


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