08
「さあ、私が話したんだからそっちも自分のことを話しなよ。私だけに話させるなんてずっこいでしょ」
「えぇ……? 急に話せと言われても」
ここまで素直に胸の内をさらけ出してくれたのだ、同じくシルヴィアも話さねば、公平ではないのだろう。
少々身の上を話し辛くはあるが、自身を信頼して話してくれた相手に対し、シルヴィアもまた誠意を示す必要性を感じていた。
だがそのためにはまず……。
「わかった、話すから……。でもその前に、落ち付いて聞いて欲しいことがあるんだ」
「落ち付いて? なにを?」
「言い難いんだけど、実は……」
シルヴィアはこれまで唯香にひた隠していた事実を、口ごもりながらも伝える。
本当は自身が元々男であったこと、そして勘違いしてるであろうと気付きながらも、あえて訂正しなかったことを。
その言葉に対し、しばし唯香はポカンと口を開けて呆然としているようであった。
言うべきでなかったのであろうか。
このまま誤魔化し続けた方が、傷つけずに済んでいた可能性は否定できない。
だがこれだけ辛い思いを曝け出してくれたのだ、嘘を抱えたまま接し続けることは、唯香に対する更なる裏切りに思えてならなかった。
「うそ……」
「ゴメン……騙すつもりがなかったなんて言わない。俺は結果的に唯香さんを裏切ってたんだから」
シルヴィアはその間ただ頭を下げ続け、唯香の言葉を待つ。
罵倒されるくらいは覚悟の上であった。
それでもあえてあえて、シルヴィアは正直に話す。
しばし沈黙が流れるが、それを先に破ったのは唯香であった。
「うっそマジで!? アハハハハハハ! 信じらんない!」
「え?」
「元男なのにカワイすぎでしょそれ! あ、でも女の自分がこんなおっさんなんだから、そんなに不思議でもないか」
それはシルヴィアが想像だにしていない反応であった。
激高し殴られるくらいは覚悟していただけに、腹を抱えて笑う唯香の姿に拍子抜けする。
「お……怒らないの?」
「そりゃあちょっとはムカついたりはするけどさ、アンタも騙してて辛かったんでしょ? もう別にいいよ。私も八つ当たりしたし、お相子ってことで」
軽い調子で言う唯香の言葉に、シルヴィアは肩の力が抜けるのを感じる。
唯香と対話を続ける中で、これは最も重く圧し掛かっていた嘘であった。
会話の最中もそれが気にかかり、常にストレスとして圧し掛かり続けていたのだ。
本音ではまだ怒っているのかもしれないという疑念はあるが、少なくとも言葉に出してもういいと言われたのは、シルヴィアにとっては救い以外の何物でもない。
「あーあ……お姉ちゃんでもできた気がしてたけど、本当はお兄ちゃんだったなんて」
「ご、ゴメン」
「いいよ、別にそっちでも悪くないし。それで? そのお兄ちゃんはどんな話をしてくれるのかな」
若干おどけた様子の唯香の言葉に促され、シルヴィアはゆっくりと話し始める。
自身の挫折、弟への嫉妬、もう戻れぬ選択への後悔を。
「別に弟さんとは、仲悪いってわけじゃないんでしょ?」
「むしろ、おそらく今でも慕ってくれてるとは思う。だけど俺にはそれが辛い……」
「後悔か……私と同じかな?」
「ああ、唯香さんと形は違うけれど、選んだ道を悔いてはいる。失った機会はもう戻ってはこないから」
「そっか……」
自身に当てはめて思う所があるのであろう。
唯香は空を見上げ、一人物思いに耽り始めた。
シルヴィアは思う。自身が十六の頃に、これほどまでに選んだ選択への後悔を考えたことがあるだろうかと。
これまで学校の先生や、競技の指導者たちの多くが言っていたはずだ、後になって後悔することのないよう考えろと。
だが当時そのような言葉を、自身には遠くどこか他人事として捉えていた。
おそらくは、多くの人がそうであるのだろう。
先生も、競技の指導者たちも。多くの人が通り過ぎてから後悔を重ねる。
この少女はそれに早く気付けた点では、とても幸いだ。
それらを取り戻すためにもがくのは、こちらの世界での生を終えた先の話であったとしても。
「ねえ、雄喜」
「どうした?」
「夕食の後でいいんだけどさ……、髭剃るの手伝ってくれない?」
それは少々意外なお願いであった。
ここ数日は一切話題にも上らず、然程気にもしていない様子であった髭を剃るという。
それをあえて、シルヴィアに手伝えというのは……。
「もしかして、俺に剃れって言うのか……?」
「当然でしょ。そっちが言ったんだよ? 誰か人にやってもらえって」
「それは確かに言ったけれども……」
「元々は男なんだから、髭剃りくらい慣れてるでしょ」
「自分でやるのと人にやるのは違うよ。それに俺は電気シェーバー派だったし」
「福祉の仕事だったのでしょ。人にやったりとかするんじゃないの?」
「人に対してカミソリ使って髭剃るのには、理容師の免許が要るんだよ。とてもじゃないが経験なんてない」
唯香はウーンと呻るり悩むが、やったことがないのだから仕方がない。
あの刃こぼれだらけなナイフで人の髭を剃るだなど、シルヴィアには怖くてとてもできない。
「それでも私が一人でやるよりはマシでしょ」
ここまでくると、諦めるしかないのだろう。
唯香の言う通り、人にやってもらえと言ったのはシルヴィア自身だ。
まさか言い出した本人が、怖いからイヤだと言う訳にもいくまい。
「じゃあ決まりね。夕食の後で」
「あ、ああ……」
今までは見せなかった唯香の押しの強さに、シルヴィアは押し切られてしまう。
正直気乗りはしない。
だが唯香の晴れた表情を見ると、これも必要なことなのだろうと思えた。




