国策制定編④ 赤く染められたタンポポ 前編
思いの外に早く目が覚めてしまった。
窓の外を見るとまだ薄暗い。
まだ起きる時間には早いけれど、これからまた寝る気にもなれない私は、寝間着から少しラフな格好に着替えた。
昨日のパーティーで結構遅くまで騒いだのだけれど、まだ興奮が冷めやらぬようである。
だって、なんか、やっぱり嬉しかったんだもの。
いや、ほんと、タゴサクさんが勝手に広めたことをどうにかするために、私ってやつは本当によく頑張った。
まあ、ほとんどアルベールさんのおかげだけど。
……でも、今日ぐらいはゆっくりしてもいいよね?
昨日は商会のみんなと国策制定パーティーをしたのもあって、今日は、商会もお休み。
コウお母さんのところにいこうかな……。
昨日のパーティーでは、コウお母さん最初はきてくれたけれど、そのあと少し用があるといって早めに帰ったんだよね。
もう用事は、終わったのかな。
と思っていると、慌ただしく扉のノック音が鳴って、アズールさんが必死の形相で入ってきた。
「リョウ殿! アリーシャ殿がいらっしゃって、リョウ殿に話があるとおっしゃってます!」
「アリーシャさんが?」
「はい! 急ぎの用件だとか! そ、それに様子もおかしくて!」
様子が……?
アリーシャさんは、バッシュさんと一緒にルビーフォルンから王都に来た商会の人。
こんな朝早くに、突然、どうしたんだろう……?
「わ、分かりました! すぐに行きます」
と答えて、早速部屋から出ると、玄関のあたりで青ざめた顔のアリーシャさんがいた。
アリーシャさんのその顔を見て、とてつもなく悪いことがおきたのだと思った。
「アリーシャさん、どうされたのですか?」
私がそう声をかけると、真剣な顔のアリーシャさんが、私に駆け寄ってきて、「リョウ会長! 王都から逃げてください!」 と叫んだ。
「え、そんな突然、どうしたんですか!? まずは説明を」
まずは落ち着いてと思って、そう声をかけたけれど、アリーシャさんは私の言葉が耳に入らない様子ですがりついてきた。
「私どもはリョウ会長に恩がございます。リョウ会長の商会で働かせてもらい、村の復興に寄与できました。感謝して、いるんです! ですから、逃げてください!」
だから、なんで!?
戸惑う私を気にせずアリーシャさんは必死に話し続ける。
「国がウヨーリ様の教えを冒涜したと憤る王都にいるルビーフォルンの者たちが、王城に押しかけようとしています!」
「え? それってどういう……?」
「ウヨーリ様の怒りが、タンポポを赤く染め上げて………! ああ、なんということでしょう! それで、ウヨーリの教えを冒涜した国策が施行されると知ったルビーフォルンの人たちが、王城に向かったのです!」
まさか、国策として教えを広めようとしたことが知られて、暴動を起こしてるってこと?
一気に血の気がサーっと引く感じがした。
なんで、暴動なんて……。
彼らのドンであるタゴサクさんは、認めてくれていた。
だから平気なのだと、いや、タゴサクさんは私がウヨーリだと知っているから認めてくれたのか……?
ううん、でも、やっぱり、ルビーフォルンの領民が、それだけでこんな勢いよく、王城に押しかけてまで、暴動を起こすとは、思えない!
「ア、アリーシャさん! ど、どうして、みなさんは、ウヨーリ、様が、怒っていると思っているんですか? ウ、ウヨーリ様は寛大なお方で、これぐらいのことではお怒りにはならないはずです!」
と、私がウヨーリ様寛大説を押し出してそう言うと、アリーシャさんがポケットに手を入れて、とあるものを取り出した。
そこにあったのは、血のような赤黒いもので汚されたタンポポの花……。
「こ、これは……?」
「ルビーフォルンへと帰ろうとした時、泊っていた屋敷の前に、血塗られた大量のタンポポが散っていたのです! これは、その1つ……! 今回の国策で、ウヨーリ様が血の涙を流すほどに、お怒りなのです!」
アリーシャさんの言葉がうまく頭に入らなかった。
血に濡れたタンポポが、ウヨーリの怒り?
何を、言って……?
ああ、いや、だめだ。
頭をフリーズさせている場合じゃない。
「だ、誰が、これをみて、ウヨーリの怒りだと言ったのですか……? バッシュ様、ですか?」
私がそう聞くと、アリーシャさんは目を瞬かせて、少し迷うようなそぶりをして口を開いた。
「そういえば、誰から、聞いたのかしら……。確か、ルビーフォルンから私達と一緒にきた使用人の誰かが、そう言ったのです。国の決めた国策によって、ウヨーリ様がお怒りだと……そして、使用人の一人が声高にウヨーリ様を冒涜しようとする国に、正義がどちらにあるのか訴えなければと叫んだのです。その勢いにのまれるような形で、何人もの人が一緒に王城に向かって、私も一緒についていくつもりだったのですが……」
といったアリーシャさんがそこで一度話を止めて、改めて私を見た。
「バッシュ様に声を掛けられて、あの国策を進めたのがリョウ会長だと知ったのです。そのことが他の者に知られれば、リョウ会長の身が危ないと思って、私はここに! 正直、私も、我らがあの尊きお方のことを国に売ったリョウ会長が許せない気持ちもあります……でも! リョウ会長にも恩があります。私たちを商会で働かせてくれ、村の復興を後押ししてくださった。ですから、私はバッシュ様から馬を借りて急ぎこちらに参りました……! ですから、どうか、王都からお逃げください!」
そう叫ぶようにしていうアリーシャさんの顔は真剣だった。
逃げる……? そんなの、無理だ。
私が逃げるわけにはいかない。
それに、これは、誰かが、裏で糸を引いている、と思う。
赤く汚れたタンポポが、ウヨーリの怒りだと言って、ルビーフォルンの領民を扇動した誰かがいる……。
だめだ。こんなのはだめ。
彼らを止めければ! こんなことをしたら……!
ルビーフォルン領と国との戦争になる!
今、国は、グエンナーシス卿の爵位返還のこともあって、反乱分子、国の意向に沿わない者達に対して警戒している。
そんな中で、先日施行された国策が冒涜だかなんだかと意味の分からないことを言って、城にまで押しかけるような人が、ルビーフォルンにいると知られたら……。
それに、なにより、もし、この暴動で国の門番なり騎士が、ルビーフォルンの領民を、いや、ウヨーリ教徒を傷つけたり、最悪命を奪うようなことがあったら……謎の結束力があるウヨーリ教徒は黙っていない。
しかも傷つけられたウヨーリ教徒は、赤黒く汚れたタンポポをみて、ウヨーリが血の涙を流すほどお怒りだと知って起こした行動なのだとしたらなおさらだ。
ぞっとした。
あの大災害も無事に乗り越え、領地の経営も安定していた今のルビーフォルンには、わざわざ国へ反抗するような理由がなかった。
でも、この暴動で、もしウヨーリ教徒に何かがあれば、その理由ができてしまう。
王国側、ルビーフォルン側ともに、戦争をするための口実を与えられてしまう!
「アリーシャさんは、馬を駆ってここに来てくれたということですよね? 城門に向かった他の者たちは!?」
「おそらく、徒歩で向かったかと……」
「なら、まだ間に合います!」
私はそういうと、駆け出した。
玄関の前に、アリーシャさんの乗ってきた馬がいて、私はひったくるように手綱を握ると、飛び乗った。
大丈夫。
まだ間に合う。絶対に、止めてみせる。









