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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第三部 転生少女の救済期

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帰還した領主の養女編⑰ 本当におそろしいこと

 私には、魔法がある。

 震える足で一歩を踏み出すと、コウお母さんが私の肩に手をおいた。

 見上げると、辛そうな顔をしているコウお母さん。


「コウお母さん、あの、私……」

「わかってる。一度馬車に戻りましょう。……セキ、今手元に持ってきた治療道具だけじゃ足りない。馬車に戻ってとってくるわね」

 コウお母さんはそう言って、私の手を握る。セキさんはリュウキさんのことで頭がいっぱいのようで、返事はない。

 コウお母さんはそのまま返事は待たずに私を引っ張って外に連れ出した。


 外に魔物がいないことを確認して、馬車の中に入ると、私とコウお母さん二人きりになった。


「コウお母さん、私、あんなの見てられない……私、魔法を……わっ!」

 しゃべっている途中でコウお母さんに抱きしめられた。


「わかってる! わかってるわよ! 私だって、リョウちゃんの立場なら同じことをしようとする。あんなの、あんなのを見せられたら……でも」

 と一度言葉を切って、コウお母さんは、抱擁をやめて私の目を見た。


「私たちはずっと、魔法使いとそうでない者とで区別しながら生きてきた。それが当たり前だった。今、リョウちゃんがしようとしていることは、その当たり前をなくすこと。それが明るみになったとき、リョウちゃんに何が起こるのかわからない。良いことばかりじゃない。悪いことだって起こる。……リョウちゃんにそれを受け止める覚悟はある?」

 真剣なコウお母さんの瞳が少し潤んでいる。


 私は、魔法が使えるということが、もし国にバレたらどうなるのだろうと怯えていた日々を思い出していた。

 コウお母さんに打ち明けるまで、私はずっと苦しかった。

 それに、打ち明けてからも、全ての苦しみがなくなったわけじゃない。何とも言えない不安な気持ちがそれでも残っていた。


 でも、私は、コウお母さんが死んでしまいそうだった時に、本当に恐ろしいものに気づいた。


 確かに、国とか王族なんていう大きなものが敵になったら、怖いだろうと思う。

 でも、それは、私にとってもっとも怖い相手じゃない。


 私を本当の意味で恐ろしい気持ちにすることができるのは、国とか王族とかなんていう大きくてよくわからないものじゃなくて、いつも身近にいてくれる大切な存在のこと。

 確かに、コウお母さんが言うように、私がここで魔法を使うことで、これから先、どんなことが起こるのかわからない。

 でもここで、私が見て見ぬふりをしたら、たくさんの人が、大切な人を失う。

 大切な人を失った人は、きっと誰かを恨んだり、自分を責めたりする。

 それはきっと、ゆくゆくは大きな怨嗟になって、本当に恐ろしいことを引き起こしかねないような気がした。


 なんとなくウヨーリ教が広まった本当の意味がわかったような気がする。

 タゴサクさんが創ったウヨーリは、話こそ壮大だけど、やっていることはいつも身近なことばかり。

 病気や怪我に効く薬草の知識、草鞋や籠を編んで生活に役立てること、害のある獣や虫の対応や、耕作方法、人との関わり方や愛し方。

 そういう生活に根ざしたことを、ウヨーリの大層な物語と絡めて教えている。


 ウヨーリがもたらす身近な奇跡は、ルビーフォルンに住む人々の、身近で大切な人の飢えや苦しみを救っていたのだろう。


「覚悟はできています」

 私はそう言って、頷くとコウお母さんが再び私を抱きすくめた。

 先程よりさらに強くなるコウお母さんの抱擁に、私も腕を回して抱きしめ返す。


「アタシが大好きになる人って、穏やかに過ごすことができない人ばかりね」

「私はアレク親分と違って、穏やかに過ごしたい願望はあるんですけどね」

「そうかしら。そんな願望があるとは思わなかったわ」

「本当です」

と言って、二人で笑い合うと、いつもの調子が戻ってきた。


「……アタシはいつも大事な時に、大事な人が大変な道に進もうとしているのを止められない。大事な人が、どうしてそうしようとするのか、その気持ちがアタシもわかってしまうから……」

 そう言って、コウお母さんが、寂しそうに笑ったような気がして、何か声を掛けようとしたら、唇に指を押し当てられて止められた。

 気づけばコウお母さんはいつもの笑顔に戻っている。

「魔法を使う時は、一応、顔を隠した方がいいかもしれないわ。もともと私たちのことを知っている人には意味がないけど、この村にいる人になら、多少は隠せる」

 普段通りの調子でそう言うコウお母さん。さっき見えたような気がした寂しそうな笑顔がよぎったけれど、私はそのことを考えるのはやめた。

 コウお母さんだって、気にしないで欲しいと思ったから、私が何か言おうとしたのを止めたような気がするから。


 私は先ほどコウお母さんが言ってくれた顔を隠したほうがいいという申し入れに頷く。

 さっきは思わずその場で魔法を使ってしまいそうになったけれど、別に堂々と私が魔法を使っていることをアピールしなくてもいい。

 それに、堂々と魔法使いじゃないはずの私が、魔法のような奇跡を使ったら、それこそコウお母さんが言っていたようにみんな、混乱する。

 平民でも、魔法が使える可能性に……。

 実際、呪文を唱えることができるようになれば、平民でも魔法が使えるとは思うけれど、何も準備なしに知らせれば大混乱だ。

 そう考えると、ルビーフォルンには、ちょうどいい存在がいる。

 魔物の恐怖に怯える人たちに希望を灯すことができて、私の隠れ蓑になってくれて、魔法のような奇跡起こしても納得できちゃう存在が、ルビーフォルンにはいる。


「あの、コウお母さん、ちぎって包帯替わりに使ってた大きい白い布を少しもらってもいいですか?」

 私が布で顔を隠すのだと納得したコウお母さんが、白い布を取り出してくれた。

「私、今は、ウヨーリになろうと思います。ウヨーリなら、うまくいけば農民が考えた妄想ということで、おさめられるかも知れない。もともとこの騒動が終われば、ウヨーリ教は禁止する予定でしたし」

 ただ、私がウヨーリとして治癒魔法を使うことで、またウヨーリ教の熱が上がりそうな気がしなくもないけれど……。


 魔物の騒動が終わったあとに、ウヨーリ教を禁止して、国に隠すのは正直難しいかもしれない。

 全力で火消しをする予定だけど、それでも、ウヨーリのことはいつか国に知られてしまうかもしれない。

 ウヨーリなんてものは、農民が創り出した架空の存在であって治癒の話も架空のものだと説明し、納得してもらえるだろうか……。

 いや、納得してもらわないと困る。それに実際、ウヨーリなんてものは架空の存在なのだから。


 私はちょっと黄ばんでいる白い布を受け取って、上着を脱ぐと、その大きなシーツを適度に破いて、体に羽織る。


 そして、破った布を顔に……。

「待って、アタシがやるわ」

 そう言って、コウお母さんは、裁縫道具を取り出して、素早く白い布を縫い付けた。

 あっという間に、花嫁さんが付けるような白いベールが出来上がる。

 普通のベールと違って、布が厚いので透けて顔が見えるということはない。


 コウお母さんは、それを私の頭にかぶせて、取れないようにピンのようなもので止めていく。

 私は、顔を隠した謎の白い人に変装を遂げた。

 顔の前に白い布があるものだから前が見えないと思ったところで、コウお母さんが顔の前のベールを上にあげてくれた。


「リョウちゃんが見つけた魔法は、まだどんな魔法か、全てわかっているわけじゃない。なにか副作用のようなものだって、あるかもしれない。慎重に、少しでも変だと思ったらやめること。約束、できるわね?」


「約束します」

 私がそう言って、力強く頷くと、コウお母さんも頷き返してくれた。

 しかししばらくして眉をひそめて口を開いた。


「……アズールちゃんはどうする? 彼女、王国騎士よ。悪い子じゃないのはわかるけど、変装したとしてもウヨーリの正体に気づくわ」

「どちらにしろ、アズールさんには、折を見て私から色々伝えるつもりでした。お伝えした時の反応をみて、アズールさんへの対応は考えます」

「わかったわ。それじゃあ、行きましょうか」

 そう言って、コウお母さんはいくつかの治療道具を抱えた。

 私も手伝おうかとも思ったけれど、ウヨーリである私がお手伝いしているのもおかしいよねと思って踏みとどまった。

 それにしても、タゴサクさんの創作物であるウヨーリに、まさか自分からなろうとする日が来るとは思わなかった。

 ほんとに、何が起こるかわからない。

 私は、覚悟を決めて、頭の上にあげていたベールを下ろした。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔法を使ったことが、後でばれるとしてもみんなから隔離して秘密裏にやればいいのでは?
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