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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第三部 転生少女の救済期

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帰還した領主の養女編⑯ 偽りの天上の御使い

「それは、本物なのか?」

 セキさんの言葉に私は頷いた。息を呑むような音が聞こえる。


「リョウ殿、それは……」

 アズールさんが、神殺しの短剣を見ながらそう言って、口をつぐんだ。

 王国騎士のアズールさんにとっては、騎士でもない私が神殺しの剣を持っているっていうのは信じがたいことだろう。

 神殺しの剣は、基本的に国で管理している。国で管理して、名のある騎士や、結界を張るために遠方へ行く魔法使いの護衛に持たせたりするものだ。

 私みたいなただの学生が持っていていいものじゃない。

 

 でも、これから魔法が効かない魔物に対応することを考えると、このまま隠すわけにもいかない。いつか勘付かれることだ。

 

「これは頂き物の短剣で、自分が作ったものではもちろんありません。以前知人にもらった短剣が、神殺しの剣だったんです」


 私がそう言うと、アズールさんは、ゆっくりと頷いた。


「そうでしたか。……それなら、しょうがないでありますね」

 そう言って、アズールさんは笑ってくれて、私も曖昧な笑みを返す。

 

 国の法律では、神殺しの剣の密造は罪になるけれど、所有に関しては曖昧な部分が多い。

 というのも、神殺しの剣は、名のある騎士などには持たせている。もちろん、持たせている騎士は王族が管理している優秀な騎士だけだけど。

 でも、持ち主の身に何かがあった場合や不測の事態で、場合によっては神殺しの剣が持ち主の手元から離れてしまうこともある。

 それを拾って見つけて使った人を、神殺しの剣を所有したからと罪には問えない。

 だから、所有に関して明確に罰する法はなく、あくまで密造のみを禁止している。


 まあ、だからといって、ただの学生が神殺しの剣だとわかっていて、持っていることに問題がないとは言い切れないだろうけど、それにこれはクワマルさんが密造して作ったものなわけだし……。

 でも、アズールさんは、とりあえずは笑って許容して、頷いてくれた。


 私は、危険を承知でここまでついてきてくれたアズールさんに感謝しているし、一緒に旅をともにする仲間という意識だってある。

 だからこそ、そのうちアズールさんには、大事な話をしないといけない。

 

 アズールさんは、王国の騎士だ。いつか、王都に帰るはず。

 でも、もうアズールさんには、ウヨーリ様なるものを信仰しているルビーフォルンの現状を知られてしまっているし、マッチを作っているのは本当は私だということだってバレてしまっただろうと思う。

 そして、神殺しの短剣のことも……。


 できれば、アズールさんをもう王都には返したくない。

 大雨に見舞われたルビーフォルンのことを考えるのに必死で、一緒についていきたいと言ってくれたアズールさんが嬉しくて、その好意に甘えすぎてしまった。

 私の配慮が足りなかったばかりに、アズールさんはルビーフォルンの実情を知りすぎてしまった。

 そのことを伝えないといけない。


 アズールさんにルビーフォルンにとどまって欲しいと伝えたとき、彼女が一体どのような反応を示すのか、もし拒否したときに、私はどうすればいいのか、どうするべきなのか……。


「とにかく、これが神殺しの剣だというのなら、魔法の効かない相手でもやりようがある。それに、このマッチがあれば……」

 そう言って、先程まで顔色が悪かったセキさんに多少色が戻る。不格好な短剣だけど、神殺しの剣が手元にあるということで、ほんの少しばかりでも安心してくれたのかもしれない。


 私はアズールさんのことを考えるのを一度やめて、神殺しの短剣と、マッチでの火攻めについて考えを巡らす。

 この二つがあれば、魔法が効かない魔物相手でも、やれないことはないような気がする。

 ただ、リュウキさんを怪我させたという魔物がどんな魔物なのかがまだ分かっていないので、何とも言えない。

 リュウキさんに怪我させる相手。もしかしたら、というか絶対厄介な相手だ。

 例えば、魔物が大きすぎたりすると、マッチの炎だってすぐに回らないし、クワマルさんが作った下手くそな神殺しの短剣じゃ、魔物に致命傷を与えられない。

 色々考えることは多いけれど、まずは、リュウキさんの無事を確認してからだ。


「とりあえず、急いでリュウキ君がいる村まで戻るわよ」

 コウお母さんがそう言ってくれたので、私たちは揃って頷いた。


 それから脚を怪我した男性を馬車まで運んで、ここまでの経緯を簡単に聞いた。

 こちらの男性は、センブリさんと言って、カクカク村出身の農民。

 リュウキさんが怪我をしてしまったため、助けを呼びにセキさんの後を追うように西に向かっていたらしい。

 魔物にいつ襲われてもおかしくない状況で、一人場所もわからないままセキさんを探しに出たというのだから驚きだ。でも、そうせざるを得ないほど切羽詰っていたのは想像できる。

 丁度、出くわすことができたのはすごく運が良かった。


 さきほど、私とコウお母さんとで、足の怪我の治療を施し終わると、男の人は幾分かホッとしたような顔で眠った。

 怪我は、そこまで大きな怪我じゃないけれど、打撲のようになっているから、しばらくは歩くにしても何か支えがないと厳しいだろうと思う。

 私が治癒魔法をかければ直ぐに治るだろうけれど……と思って見ていると、察したコウお母さんが、首を横に振った。


「大丈夫よ、命に関わる怪我じゃない。あまりその力は使わないほうがいい」

「……そうですね」

 確かに、あまりおおっぴらにしていい力じゃない。

 でも、これが瀕死の人だったらどうだろう。今回は命に別状がないから、まだいい。

 でも、もし私が魔法を使わなければ助からないような傷だったら……?

 私の心配が顔に出ていたのか、コウお母さんは私の肩に手をおいた。


「大丈夫よ。何があってもアタシがいるし、もし、どうしてもリョウちゃんの力が必要になった時は、その時は……また、一緒に考えましょう」

 コウお母さんにしては、少しばかり迷いがある言葉に、私は頷いた。


 その時に決める。うん、それがいい。何事もなければ魔法だって使わなくてもいいのだし……。

 でも、少しだけ覚悟を決めていた。

 東に向かえば向かうほど遭遇する魔物の数、怪我をしてしまったらしいリュウキさん、助けを求めるために一人で飛び出してきた男の人。

 今向かっているリュウキさんが臥せっている村の現状は、今までのように軽いものだとは、思えない。


 そのまま休む暇もなく、騎士の人に教えてもらったリュウキさんが臥せっている村まで全速力で進む。

 やっぱりなんだかんだ息子さんの一大事ということで、セキさんは少しピリピリしていた。

 そこまで距離が離れていない場所だったので、思ったよりも早くその村に到着して、村の状況に思わず顔をしかめる。

 畑は荒れ果てて、家は朽ちている。人は見当たらない。

 これは……と、嫌な想像をしそうだったけれど、案内人の騎士の人が薄汚れた建物に私たちを案内すると、床の板をめくる。

 そこには、階段があった。地下への隠し通路みたいなものか……。

 今まで見てきた村の隠れ家は、手作り感とかがすごかったけれど、今回はしっかり加工されている感じだ。おそらく魔法で作られている。リュウキさんあたりが整備をしたのかもしれない。


 地下への階段を降りて奥に進んでいくと、扉があった。軽くノックをすると扉の向こうで「だ、誰だ……」という警戒するような声が聞こえてきた。


「センブリだ! 聞いて驚けよ、セキ様をお連れしてきたぞ!」

「ほ、本当か!」


 そう、驚嘆の声が聞こえるやいなや、扉は開かれた。

 そして、門番らしき人がセンブリさんの顔とセキ様の顔をみて、目を輝かせた。


「ああ! セキ様! お戻りありがとうございます! センブリさんも、よくやってくれました!」


 そう言って、センブリさんと扉の門番的な人は抱き合って、無事を喜びあった。


 門番の人に地下室の奥へと案内されながら、険しい顔をしたセキさんが「リュウキの様子はどうだ?」と問いかけると、門番の人は苦々しく首を横に振る。

「未だ意識が定まっていません。傷口も荒れてきて、熱も下がらない状態で……。もしかしたら、もう……」


 セキさんがそれを聞いて体をこわばらせたのがわかった。口では何も言っていないけれど、心配に違いない。大切な息子さんのことだもんね……。


 私たちが奥の部屋に入ると、中は思ったよりも広く、たくさんの人がいた。セキさんが来てくれたことを知ると、みな痩せこけた顔を笑顔に変えてくれる。


 そして、そのまままっすぐリュウキさんがいるという場所に向かう。

 リュウキさんだけじゃなく、怪我した人は何人もいて、ここよりも奥の部屋に集められているらしい。


 その部屋に入ると、たくさんのうめき声が聞こえて、それに異臭がした。

 吐瀉物の匂い、血の匂い……何かが腐ったような匂い……。

 目を背けたくなるような状態の部屋の中で、比較的清潔そうな場所に、見たことのある金髪が目に入る。

 セキさんがその場所に駆け寄って、声をかけた。


「リュウキ!」

 名前を読んでも、返事はない。

 苦しそうに息をするリュウキさんが、横たわっている。


 リュウキさんの体を見ると、小さな擦り傷と、太ももに大きな怪我があるようだった。そこに布が巻かれて、その布が赤黒く変色していた。


「すみません。本当は、薬を塗らなければならないのに……けが人が多く、リュウキさんが怪我をしてしまったときには、すでに薬を切らしてしまったのです。新たに薬草を取りに行くにも……魔物が多く……」

 ここまで案内してくれた男性が、申し訳なさそうに、セキさんに説明をした。


 私は、改めて、部屋の中にいる人たちの様子を見た。 

 みんな……ひどいケガをしている。

 ここまで案内してきてくれた男性だって、脚を引きずって歩いていた。

 もう、この村には、元気に動ける人がほぼいない。そう言い切ってもいいぐらいだ。

 痛みや熱でうなされる声がそこら中から聞こえてくる。


 そのうめき声の中に「ウヨーリ様、ウヨーリ様」となんのご利益もない偽りの天上の御使いの名前を呼んでいる声が聞こえてきた。


 声のした方をみると、台のような木箱が目に入った。

 その木箱に向かって、比較的軽傷の人が、膝をおって、手を合わせて祈るようにしていた。中には額を地面にすり付けている人もいる。

 その木箱の上には枯れたたんぽぽが飾られていた。


 たんぽぽに向かって、「ウヨーリ様、お助けください」、「セキ様が来てくれたのも、ウヨーリ様の導き……」というような声も聞こえてくる。


 私はつばを飲んだ。足が震える。

 そんなものに祈ったって、なんにもならない。なんにもならないのに。


 でも……今の私なら、この危機を、この悲惨な現状を、苦しみの中にいる村人達を、助けるためのすべがある。

 魔法が、ある……。



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