(11)
名前変更
メルモ→ミルモ
ぼんやりと明るい地下室に、ぶつぶつと陰気な呟きが響いている。
部屋の隅っこで、膝を抱えながら座っているのは、赤毛の少女ティアナだった。
持久力を使い果たし正気を取り戻してからというもの、彼女は自分の世界に閉じこもり、自分は弱いだの価値がないだのと、陰鬱な言葉を垂れ流し続けていた。
心配そうに様子を窺っていたメルモだったが、もはやどうしようもないとばかりに、少し離れた位置で座っている三人、マリエーテ、カトレノア、トワのところに戻ってきた。
その他のメンバーたちはこの場にはいない。
すでに、真夜中近くの時間帯だった。
「ところでメルモさん、あれはなんですの?」
カトレノアの問いに、メルモはもう一度ティアナの方を振り返る。
本人があの状態の上、皆に迷惑をかけたとあっては致し方がないと判断したのだろう。メルモは三人の前に座ると、少しずつ事情を話し始めた。
ティアナの生家、リィズ家は特殊な貴族だった。とりわけ大地母神に対する信仰が厚く、スメラキ迷宮の踏破を、家の存在意義として掲げていた。
「先日も申し上げましたが、スメラキの街には冒険者ギルドも案内人ギルドもありません。リィズ家の血を受け継ぐお方がパーティリーダーとなり、冒険者を雇って迷宮攻略にあたります」
直系傍系を問わず、リィズ家の者には厳しい訓練が課せられる。
ティアナは現当主の末の娘として生を受けたが、生まれつき身体が弱かった。
「主治医さまから、十歳まで生きられぬと診断されたそうです」
衝撃的な事実だったが、ティアナは長身で身体つきもしっかりしており、見るからに健康的――というよりも“やんちゃ”という表現がぴったりくる少女である。
「医士の診断が、外れたということですわね?」
「違います」
慎重に口にしたカトレノアの意見を否定して、メルモはしばし沈黙した。
「リィズ家では、基本能力とギフトがすべてなんです」
年齢や血の濃さなど意味をなさない。血族の中でも厳しい身分階層があり、ベッドから出ることもままならなかったティアナは、奴隷階級並みの扱いを受けた。食事も、住処も、身につけるものでさえも。
使用人さえ近寄ることを拒み、一番年少であり年も近かったメルモが、世話役を押しつけられたのである。
「当然のことながら、強制レベリング用の魔核すらも与えられませんでした」
リィズ家にとって魔核は貴重かつ重要なもの。ひと欠片たりとも無駄にすることはできないというのだ。
そんな環境の中、唯一ティアナに良くしてくれたのは、とある中年の雇われ冒険者だった。
「私たちは“眼帯”さんと呼んでいました。その方は、時おりこっそりやってきて、ティアナさまに強い冒険者のお話や強い魔物のお話を語ってくださったのです」
外の世界のことを何も知らなかった赤毛の少女は、“眼帯”の話にいたく感激し、感化されて、
「そのせいで、ティアナさまの言葉遣いが……少々、粗野なものになってしまわれたのですが」
食も細く病気がちで、いよいよ生きる気力も失いつつあったティアナだったが、十歳の誕生日の日に転機が訪れる。
誕生日のお祝いにと、“眼帯”がスメラキ迷宮からこっそりと持ち帰った魔核をプレゼントしてくれたのだ。
「小さな魔核で、ちょうど一レベル分でした」
リィズ家の敷地内には、“祝福の間”があった。家の者が寝静まった真夜中にその場へ赴いたティアナは、レベルアップを果たして、大地母神からとあるギフトを授かった。
「それは、“恵体”というパッシブギフトでした」
効果は、病気や怪我に強くなる上に、身体の成長に補正がつくというもの。このギフトのことを、ティアナは秘匿した。魔核の入手経路を聞かれると都合が悪いと考えたからである。
以来、ティアナは健康を回復し、成長期に入ると一気に身長も伸びた。
メルモも協力した。
ティアナに与えられる粗末な食事では栄養が足りない。自分の食事を隠し持って――もちろんその分はお代わりをしたが――ティアナに分け与えたのだ。
家族らはティアナの変化に気づかなかった。病弱な赤毛の少女のことを気にかける者など、誰もいなかったからである。
「ティアナさまが十三歳になられると、旦那さま――ティアナさまのお父さまから呼び出しがかかりました」
主治医から十年と生きられないと宣言されていた娘のことをふと思い出し、確認をとろうとしたようだ。
堂々と風を切るようにして現れたティアナを見て、父親は驚き、大いに喜んだという。
「それでは、待遇が改善されたのですね?」
固唾を飲んで話を聞いていたカトレノアが、ほっとしたように確認した。
メルモは首を振った。
「十三歳という年齢から冒険者としての訓練をするのでは遅すぎます。少なくとも、リィズ家ではそうでした」
「そんな」
基本能力が高くても、迷宮探索や魔物との戦闘で有用なギフトを所有できなかった者は、冒険者の道を諦め、別の道を進むことになる。
それは他の優秀な基本能力を持つ冒険者との間に、次世代の冒険者を――つまり、子を成すことだった。
「ティアナさまのお相手は、さる親戚筋に当たるお方でした。その、六十歳くらいの」
多感な年頃である。マリエーテとカトレノアが嫌悪感に顔を歪ませた。
「そんなの、断ればいい」
「いえ。家の格や規模が大きくなればなるほど、そういった縁談を断ることは難しくなりますわ。貴族の家ともなれば、なおさらでしょう」
ボルテック商会の令嬢であるカトレノアには、お家のためにという古風な結婚観が多少なりともあるようだ。
物心ついた頃から奴隷同然の暮らしを強要させられ、まっとうな家族もいない家。やっとの思いで手に入れた希望すら容赦なく撃ち壊す家。
ティアナの絶望は、どれほどのものだっただろう。
気遣わしげにカトレノアが聞いた。
「ですが、今ここにいらっしゃるということは、リィズ家から逃げ出したということでしょう?」
「はい」
家出の手助けをしてくれたのも、やはり“眼帯”だった。彼は事情を聞くとすぐに、ティアナとメルモの身分証を用意してくれたのである。
王都では十五歳にならないと冒険者ギルドに登録できないからと、ティアナの年齢を偽装して。
「え? ではあの子は今、何歳ですの?」
「実は、十四歳です」
「お身体のわりに、少々言動が幼いとは思いましたけれど、まさかの歳下でしたのね」
「その冒険者のひと、“眼帯”さんは? いっしょにくればよかったのに」
マリエーテの問いに、メルモは悲しげに目を伏せた。
「実は、私たちが出発するひと月ほど前に、迷宮で」
「……そう」
旅行馬車に乗り込み、右も左も分からないままに王都にたどり着いたティアナとメルモは、とりあえず冒険者ギルドへと向かい、そこで親切な新人冒険者、タニスと出会うことになる。
「ティアナさまは、そのっ」
必死の表情と口調で、メルモは自分の主人を弁護した。
「リィズ家の“呪い”に、囚われてらっしゃるんです!」
存在の格づけも、生活の待遇も、そして運命すらも、“強さ”という指標によって決まってしまう歪な環境。
ゆえに“強さ”に憧れ、“強さ”に怯える。
「トワさんを襲おうとしたのも、たぶん、一番下になっちゃうと、ここで酷い扱いをされると勘違いしたから」
一番下でなくても酷い扱いは待っていると、マリエーテとカトレノアは思った。
「本当に、ごめんなさい!」
頭を下げた先で、トワは鼻歌混じりに絵を描いていた。胡座をかき、膝の上にスケッチブックを載せて、上機嫌で筆を走らせている。
「けひひっ」
「……あの、トワさん?」
「その子のことは、気にしなくていいから」
「まったく。大切な話ですのよ?」
事情は分かったが、何も解決はしていない。
珍しく考え込んでいたマリエーテが、ひとつため息をつくと、意を決したように立ち上がった。
「マリンさん?」
「お節介は、これが最後」
地下室の隅で座っているティアナのもとへ歩み寄ると、その胸ぐらを掴み、ぐいっと引き寄せる。
「おい、起きろ」
――負けた。
黄金巻羊にも仮面道士にも、そして灰色針鼠にも。
剣や弓ならばまだいい。
勝負は時の運、という言葉もあるのだから。
だが、シェルパの尾長砂猫にまで負けた。
単純な力勝負で。
すべての力を使い果たした上で。
おっちゃん。
“眼帯”のおっちゃん。
やっぱりオレは――
弱かった。
頭の中がぐるぐると回る。
脈絡もなく浮かんでは消えていく。
それは、幼い頃の記憶だった。
リィズ家ではたとえ兄弟姉妹といえども、激しい競争に晒される。だからいつも苛々している兄や姉たちは、うさを晴らすために病室にやってくる。
『まったく、いい気なもんだな、こんなところで寝ていて』
『少しは女神さまのお役に立ったらどうなの?』
『リィズ家に、こんなやつが生まれてくるとは。お前なんか、いてもいなくても同じなんだよ』
『くたばるなら早くしてよね。時間の無駄だから』
しかし、主治医から冒険者になるどころか十歳まで生きられないだろうという診断が下されると、誰も来なくなった。
その後、病室から移された部屋の様子は、鮮明に覚えている。鉄格子の窓、ひび割れた壁、シミのついた天井、暗くて息苦しいほどに狭い四角い部屋。
食事は粗末なもので、硬いパンにはカビが生えていることもあった。
咳が止まらない。熱で目が霞む。
ベッドの中で、ただ一日が過ぎることだけを願う毎日。
『よう嬢ちゃん。元気ねぇな』
ある日、おっちゃんはふらりと現れた。酒を飲んで酔っ払い、迷い込んできたらしい。
禿頭で、眼帯をつけていて、いつも酒臭い息を吐く。それは、冴えない中年の雇われ冒険者だった。
“眼帯”のおっちゃんは色々な話をしてくれた。
冒険者のこと、迷宮のこと、魔物のこと。
オレは憧れた。
強い冒険者に、強い魔物に。
だが、枯れ枝のように細い自分の手足を見るたびに、自分とはあまりにもかけ離れた話だと、思い知らされた。
オレは、弱い。
弱いからここにいる。
どこにもいけない。
もうすぐ死ぬ。
意味が――ない。
十歳になった時、大地母神さまが、そんなオレの弱さを帳消しにしてくれるギフトをくれた。
“恵体”。
咳は止まり、熱も出ず、食欲も湧く。
オレは、眠る以外にも出来ることを考え始めた。
部屋の中でも身体を鍛えることはできると、おっちゃんは言った。腕立て伏せや腹筋背筋といった運動だ。
『それをやったら、強くなれるのか?』
『まあ、やらねぇよりはな』
少しずつ手足が膨らみ、腹の肉がでこぼこして、いつの間にか背も高くなった。
これならば、弱くない。
いつか、おっちゃんのような冒険者になって、つえぇ魔物と――
十三歳の時、父親だという男から呼び出しがあり、会いにいった。
『まさか、ここまで育っていようとはな。これは存外のことだ。よかろう、我が家のために貢献せよ。子を成し、スメラキ迷宮に捧げるのだ』
結婚相手は見知らぬじいさんだった。
生まれてはじめて、オレは絶望以外の激しい感情を知った。
これも、オレが弱いからか?
何かが、おかしくはないか。
こんな家が、迷宮があるから――
『おっちゃん、オレ、どうすりゃいいんだ?』
『結婚が嫌なら、まあ、ここを出るしかねぇだろ。スメラキの街はリィズ家のものだし、隠れ住むのは無理っつうもんだ。……でもよぅ、別のところに住むには、とにかく金がかかる。手に職を持たねぇと』
それならば簡単だ。冒険者になればいい。
『一番つえぇ冒険者と、一番つえぇ魔物がいる場所は?』
『そりゃあお前、王都だろう』
『王都?』
『無限迷宮っつってな。一番古くて深い迷宮って言われてるらしい。つえぇ冒険者たちも、わんさかいるぜ』
強いやつと戦えば、きっと強くなれる。
強くなれば――
きっと、良いことがある。
『嬢ちゃん、餞別だ。こいつを使いな』
おっちゃんはオレたちの身分証を用意してくれた。王都でまともに生活するためには、これが必要なのだという。
『王都の冒険者ギルドじゃ、十五歳にならねぇと冒険者の登録ができねぇんだ。だから偽造屋に頼んでそうしてもらった。まあ、お前さんはガタイもいいし、疑われることはないだろう。メイドの嬢ちゃんは、ちょっと無理があるけどな』
それからしばらくして、おっちゃんは死んだ。
スメラキ迷宮で喪失したのだ。
歳のわりに、おっちゃんはレベルが低かった。“探索”という迷宮攻略に重要なギフトを持っていたので、パーティを組むのに不自由はしなかったようだが、戦闘能力はそれほどでもなかったらしい。
おっちゃんは弱かった。
だから、死んだ。
弱いやつは意味がない。
だから、死ぬ。
『……ティアナさま。とうとう、来ちゃいましたね』
『ティアナじゃねぇ』
旅行馬車から降りて王都の風景に感動しているメイドの少女に、オレは宣言した。
『竜だ』
『へ?』
『今日からオレの名前は、竜にする』
『何を世迷言を』
おっちゃんから聞いた、迷宮で――この世で一番強い存在。
迷宮の最深部にいるという最強の魔物。
『オレは竜だからな。お前もそう呼ぶんだぞ、妖魔精』
『なんですか、それ』
王都に来てからは、オレは自分の弱さを忘れることができた。年上の冒険者たちも大したことはなかった。翼竜も、怪力鬼も、黒曜狼も、切裂兎も、模擬戦でオレに勝てるやつは誰もいなかった。
魔物たちもたくさん倒した。
オレは、強くなった。
これからもっともっと強くなる。
――その、はずだったのに。
忘れていたことを、思い出した。
そう。もともとオレは、ちっこくて、細くて、ひ弱で、暗くて小さな四角いあの部屋で、硬くて冷たいベッドで、ひとり咳をしながら眠っていて。
頭の中がぐるぐると回る。
幼い頃の記憶が、浮かんでは消えていく
「オレは、弱い。未来がない。価値がない。何故なら、弱いから。弱いやつは意味がない。すぐにあの四角い部屋に戻される。何故なら、弱いから。弱い。オレは弱い……」
「おい、起きろ」
ふいに、身体が前後に揺さぶられた。
左右の頬に痛みが走る。
「……あ」
ふと気づけば、そこは小さな四角い部屋ではなく、ぼんやりと光り輝く広い地下室だった。
そして、やや癖のある薄茶色の髪の無表情な少女、仮面道士が、オレの胸ぐらを掴ながら、好き勝手に頬を叩いていた。
わけもわからず呆然としていると、仮面道士は無表情のまま頭突きをかましてきた。
「――でっ」
額を合わせたまま、燃えるような瞳で睨んでくる。
「あなたも、“奇跡”を手に入れた。絶望を、どうにもならない運命をぶち壊すための、すごい力を」
“恵体”。
あれからすべてが変わった。
それだけじゃない。強敵を倒すための“爆裂拳”も、切り札である“魔花狂咲”も、生きるために必要な力だった。
「なのに、あなたは何をしてるの?」
「な、何をって」
「何のために、強くなるの?」
「……」
何のために?
弱いやつには、意味がない。
強いやつには、意味がある。
意味とは、なんだ?
とっさに答えられずにいると、静かに怒れる仮面道士はオレの胸ぐらを離し、力なく座り込むオレに刃物のような言葉を突きつけた。
「強さは手段に過ぎない。何かを成し遂げるための」
「なし、とげる?」
「強くなったら、あなたは何をしたい?」
「……」
強くなって、オレは。
もっと強いやつと戦いたい。今よりも強くなるために。
だがそうして得た強さは、いったい何のためのものなのか。
これまでオレは、生きるだけで精一杯だった。
成し遂げたいことなど、何もなかった。
いや、違う。ひとつだけ――
『まさか、ここまで育っていようとはな』
父親だという男に呼ばれて、会いにいった時。絶望を生き抜き、ようやく芽吹き始めたオレの希望を、あの男は粉々に打ち砕いた。
だが、何も残らなかったわけではない。
絶望の欠片から滲み出てきた、激しい感情。
――憎悪。
あの家さえなければ。
あの家の血筋がすべてを注ぎ込む迷宮さえなくなれば。
無意識のうちに、オレは立ち上がっていた。
「……する」
答えはすでに見つけていた。
「スメラキ迷宮を、オレが攻略する」
口に出した瞬間、頭の中に渦巻いていた闇が吹き飛ばされたような気がした。ふわふわとした気持ちが固まり、しっかりとした土台に着地する。
「あの家に、復讐してやる」
「分かった。なら協力する」
あっさり認められて、オレは拍子抜けした。
「そ、そんな、ティアナさま。復讐だなんて。せっかく自由になれたのに」
心配そうなメルモに続いて立ち上がったのは、金髪の少女黄金巻羊だった。
「あら、よろしいのではありませんこと? 理由もなく迷宮に潜行するよりは、よほど健全ですわ」
そう言いながらも、黄金巻羊は少し悔しそうだった。わたくしの時には、ぜんぜん構ってくれませんでしたのに、などと呟いている。
「とにかく、わたくしも貴方に協力いたしますわ。わたくしもまた、己の為すべきことのために強さを求める者なのですから」
「お、お前ら……」
協力する? ともに強くなる?
強さとは、自分ひとりのものではなかったのか。
弱っちいと思っていたのに、オレを打ち負かした三人の仲間。こいつらがいれば、オレは――
「でけたっ!」
突然大声を出してこちらに駆け寄ってきたのは、灰色の長い髪を持つちんちくりんの少女、灰色針鼠だった。
得意げな笑みで言い放つ。
「光栄に思えよ、モデル君。本来ボクは、魔物しか描かないんだぜ。今回は特別だ」
ばんと眼前に突き出されたのは、スケッチブックに描かれた無気味な絵だった。
ぐるぐると渦巻く闇の中で、ひとりの赤い髪をした少女が膝を抱えて座っている。少女の目は節穴のような黒い丸で、まるで死神に魂を吸い取られた死霊のようだった。
「うがぁああああ!」
全身に悪寒が駆け巡り、オレはスケッチブックを破り捨てた。
「ああっ、なにすんじゃー!」
「うるせぇ! 勝手に変なもん描くんじゃねぇ!」
ぜいぜいと肩で息をつく。
周囲から注がれる視線に気まずさを感じて、オレはひとつ咳払いをした。
「あー、なんだ。その」
自分を打ち負かした少女たちが、協力してくれるというのだ。こちらからも、感謝の言葉――というか、意気込みを伝えるべきだろうと思った。
「仮面道士、黄金巻羊、 灰色針鼠。さっきはかっこわりぃとこ見せちまったけど、オレはもうだいじょうぶだ。これから、よろしくな!」
期待した反応は返って来なかった。
訝しげに黄金巻羊が聞いてくる。
「何ですの、その呼び名は?」
「オレがつけたんだ。強そうだろ?」
「却下ですわ!」
翼竜たちと同じ反応を見せる。
違うのは、オレの立場だった。
「今、決めましたわ。先ほどの勝負の賭け、覚えてらっしゃいますわよね?」
負けた方が、勝った方の言うことをひとつ聞く。
黄金巻羊は、スカートの裾を掴んで優雅に一礼した。
「わたくしはカトレノア。これからは、カレンと呼んでいただきますわ」
「じゃあ、私はマリンでいい」
仮面道士が続く。
あの賭けは、すべての勝負に適用されるらしい。
ばらばらになったスケッチブックをかき集めながら、灰色針鼠が涙目で吐き捨てた。
「ふん、ボクのことは、トワさまとでも呼ぶんだね! 野蛮な赤猫め!」
「トワ。代表さんに報告いたしますわよ?」
「シズお姉ちゃん、怒ると思う。ご褒美も没収」
さらに涙目になった灰色針鼠が、ぼそりと言った。
「やっぱり、トワでいい、です」
「ああ、それから――」
黄金巻羊は勝手に宣言した。
「貴方のことは、ティと呼ばせていただきますわ。昨夜、みんなで決めましたの」
反対する権利は、どうやらオレにはないらしい。




