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(13)

 どうやらタイロスドラゴンは、植物系の魔物のようだ。

 迷宮ではおもにトラップ的な役割を果たす存在であり、明確な意思を持って攻撃してくることはない。

 ――はずであった。

 しかしそこは、迷宮の最後の守護者である。

 世界葉呪シャンブラーと名乗った魔物は、数十本もの青色のつたを自在に操り、まるで鞭のように攻撃してきた。

 蔦の太さは人間の腕ほどもある。だが、一本や二本が絡みついたとしても、先陣の怪力鬼オーガたちを止めることはできない。

 超重量級の武器を強引に振り回して、蔦をなぎ払う。

 

『……愚かな我が子よ。母に仇なす苦しみより、解き放ってくれようぞ』

 

 それでも世界葉呪シャンブラーは、しつこく青色の蔦を伸ばして、一体の怪力鬼オーガの足を絡めとった。

 すると今度は、円柱状の本体から別の蔦が生まれた。

 太さは同じだが、色は赤色。その先端には釣鐘つりがね型のさやがついている。

 甲高い破裂音とともにさやから何かが飛び出し、怪力鬼オーガの胸を打ち据えた。

 それは、人間の拳ほどもある球状の物体――種だった。

 “打”属性の、遠距離攻撃。

 怪力鬼オーガの巨体を仰け反らせ、片膝をつかせるほどの威力がある。

 

『虫けらが二匹。あなこざかしや』


 本体から別の赤い蔦が生まれ、その先についているさやが、壁際を走っているベリィとヌークに向けられる。

 再び種が“投擲とうてき”された。

 幸いなことに狙いはそれほど正確ではなく、ふたりは地面を転がるようにして攻撃を避けた。

 種は壁にめり込み、ずしりと重い音を立てる。


「あっぶな……」


 当たり所がわるければ、一撃で意識を刈り取られてしまうだろう。

 ベリィは冷や汗を流したが、ユイカの警告によりすぐさま気を取り直した。


「動きをとめるな! 次がくるぞ!」


 世界葉呪シャンブラーの本体からさらなる赤色の蔦が生まれる。

 その数、約十本。

 釣鐘型のさやは全方位に向けられ、一斉に種が“投擲”された。

 迷宮主を取り囲んでいた怪力鬼オーガが吹き飛ばされ、倒れたところを青色の蔦に絡めとられていく。

 

「ほう。遠距離攻撃を得意とする魔物だったか。意外だな」


 流れ弾を警戒しつつ、ユイカは冷静に相手を観察していた。


「ダーリン。剣を地面に刺して、盾代わりにするといい」

「分かりました」


 ロウの持つ巨大剣グレートソードの刀身は、完全に身を隠せるほどの幅がある。

 次いでユイカは、マジカンに語りかけた。


「どうやらやつは、地面から離れられないらしいぞ。絶好の的だな」

「そのようじゃの」


 手始めとばかりに、魔牛闘士の頭上から、マジカンが光属性の攻撃魔法“光刃こうじん”を放った。

 鮮烈な輝きを秘めた光の刃は、青色と赤色の蔦をまとめて刈り取り、本体をも斜めに切り裂いた。

 葉のついた本体上部が分離し、ぽとりと地面に落ちた。

 あまりにもあっけない結末。

 が、しかし――


『ふ……ふふ……』


 残された下半分が伸びて、天頂部より葉が生い茂る。

 再び、魔物の本体が形成されたのだ。


「“再生”、か?」

「やっかいじゃの」


 それは、粘液スライム系の魔物が持つことが多いパッシブギフトであった。

 生命力の高いこの手の魔物を倒すには、火系の魔法で焼き尽くすか、魔核を破壊するのが定石である。

 しかし、宵闇の剣のメンバーの中で火属性の魔法ギフトを持っている者はいないし、そもそも迷宮主に魔核は存在しない。


「ふむ。久しぶりに、使ってみるかの。ちと魔力の消費は大きいが」


 マジカンが描く魔方陣は複雑かつ、虫が地面を這いずり回ったような、おどろおどろしい文様の組み合わせだった。

 

「――“咳毒門がいどくもん”」

 

 マジカンの職種は、三種類以上の属性の魔法ギフトを取得した賢者である。

 通常は光属性と土属性の魔法のみを使っており、第三の属性については滅多に使うことはない。

 それは、魔物の身体を蝕む毒属性の魔法だった。


『……む? なんぞえ』


 世界葉呪シャンブラーの正面に魔方陣が展開し、その中から濃密な気配を持つ触手のようなものが伸びる。

 色は濃い紫で、その濃淡が様々に変化していく。

 触手が絡みつくと、紫色の何かが魔物の本体に移り――


『ぎゅあああああっ!』


 世界葉呪シャンブラーが身をよじるようにして苦しみだした。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの、それはむごたらしい絶叫だった。

 周囲の地面から突き出ている青色の蔦、そして本体から生えている赤色の蔦が、その色彩を失い、ぼろぼろと崩れ落ちてゆく。

 ついで、本体にひびが入り、表皮がぼろぼろと崩れ落ちた。

 

『あ、ふふふ……くくく――』


 ばらばらの破片となって崩れ落ちる世界葉呪シャンブラー

 本体が完全に消失するとほぼ同時に、別の地面から同じような円柱状の物体が生えてきた。


『く――はっはっは。虫けらにしては、気の利いた術を使うではないかえ?』


 ふたつの窪みに光が宿り、青色の触手と赤色の触手も復活する。


『ふっふっふ』

「“再生”……いや、“復活”か?」


 ユイカの視線がさらに険しくなる。

 “復活”は、ごく一部の死霊アンデット系の魔物が所有しているパッシブギフトであり、倒すには魔核を破壊するしかないと言われている。

 しかし、その魔核がない場合はどうすればいいのか。

 ロウは考えを巡らせた。


「タイロスドラゴンが植物の特性を持つと仮定するならば、あるいは根のようなものが地中に張り巡らされているのかもしれません。その好きな部分から、本体を“復活”することができるのだとすれば――」

「いくら倒しても、きりがないということか」

「いえ。パッシブギフトとはいえ、魔力は消費するはずです。それが“復活”ともなれば、通常のものよりも、消費量は大きいでしょう。敵の魔力が枯渇すれば、あるいは……」

「気の遠くなるような話だな」


 ユイカは嘆息したが、現状では他に方法がないと判断したようだ。


「間断なく攻める。それしかない」


 怪力鬼オーガ魔牛闘士ミノタウロスに青色の蔦の直接攻撃と、赤色の触手からの“投擲とうてき”を防御ガードさせ、やや距離を置いたところから小悪魔インプが魔法攻撃を仕掛ける。

 世界葉呪シャンブラーの本体はそれほど硬くない。再生速度を上回る攻撃力で討ち果たし、すぐさま警戒する。

 

『我は、不滅の世界葉呪シャンブラー。虫よ。早々に諦めるがよかろうて』


 ユイカの使役する魔物たちは、少しずつ体力と持久力、そして魔力を消耗していった。

 特に、種の砲弾による“投擲とうてき”は、再使用可能時間クールタイムが短く、ひと呼吸に一発撃てるほどの連射速度がある。

 狙いが正確でなく、目標が逸れて壁を粉砕するものが多いとはいえ、破壊力は馬鹿にならなかった。

 青色の蔦で全身を絡めとられてから、一斉砲撃を受けると、さすがの怪力鬼オーガ魔牛闘士ミノタウロスであっても、ついには体力の限界がきて動かなくなり、魔素に分解されていく。

 ベリィとヌークも隙を見て、世界葉呪シャンブラーにクラッチを仕掛ける。

 また、“石化”の種族固有ギフトを持つ蛇鳥王バジリクスが本体に噛り付き、世界葉呪シャンブラーを石化させていく。

 

『くっふっふ、無駄なことを。学習すらせんのかえ?』


 ――が、すべての攻撃をあざ笑うかのように、別の地面から新たなる本体が生まれた。

 マジカンは土属性の防御魔法“土塊櫓つちくれやぐら”を使って防御壁を築き、同じく土属性の“地雷砲じらいほう”を行使した。

 地面ごと抉りとるこの魔法が効果が高いと想定したからである。

 その考えは間違っていなかった。

 確かに、世界葉呪シャンブラーを倒すことはできた。

 強さだけ比較するならば、通常の深階層の魔物とそれほど変わらないだろう。

 しかし、いくら倒しても、“復活”する。

 際限のない泥沼の戦いに、宵闇の剣は引きずり込まれていった。






「……これで、十七回目か」


 ユイカの黒髪は乱れ、肩を大きく上下させていた。

 すでに彼女が使役する魔物たちは、最後の一体を残すのみとなっている。

 ベリィはまだ戦闘体勢を維持しているが、種の砲弾によって武器を破壊され、予備の短刀ナイフを構えている。

 ヌークは腹部に砲弾を受け、気を失っているようだ。

 マジカンの魔法攻撃が途絶えてから、ずいぶんと時間がたつ。マナポーションによる魔力の回復が追いつかないのだろうか。

 ちらりと後方を確認すると、“土塊櫓つちくれやぐら”の防御壁は穴だらけで、今にも崩れそうだった。

 そして、その影から、伏したマジカンの手が見えた。

 魔力枯渇により、意識を失ったのかもしれない。

 

『ふふふ……。我は無敵、不死、そして不滅。何度でも蘇るぞよ」


 再び、地面から世界葉呪シャンブラーの本体が顔を出す。

 しかし、本人が口にしているほど余裕はないはずだと、ユイカは確信していた。

 再生のスピードが、少しずつ遅くなっているからだ。

 特に今回などは、持久力を回復させるキュアポーションを飲めるほど、時間的に余裕があった。

 

「では、何度でも倒すまでだ。私は、決して諦めない」

『――むっ』


 戦力はすでに激減している。

 敵の魔力残量は、不明。

 もちろん、撤退の道はない。

 少しでも、この手と足が動く限り、ダメージを与え続けるしかない。


「ベリィ! いくぞ!」

「……」


 すでに返事をする余裕すらないのか、ベリィはこくりと頷くのみ。

 

「“跳兎とびうさ”」


 襲い掛かってくる青色の触手をかわして、ユイカは世界葉呪シャンブラーに突撃した。

 それは、蝋燭が消える直前の、鮮烈な炎のような攻撃だった。

 感覚的に攻撃と回避行動を行いながら、同時に最後に残った魔物――魔眼球イビルアイに細かな命令を下す。

 この魔物は“魔眼まがん”と呼ばれる種族固有のアクティブギフトを持っている。

 目から怪奇光線を出し、その光を浴びた者は、ほんの短い時間身体が硬直するのだ。

 再使用可能時間クールタイムの長さが欠点ではあるが、砂金よりも貴重な時間を稼ぐことができる。

 ユイカとベリィは魔眼球イビルアイの力を借りて攻撃を続け、さらに二回、世界葉呪シャンブラーを打ち倒した。


『……どうした? もはや足が動かんかえ?』


 子供のような声で、世界葉呪シャンブラーが高らかに笑う。

 ユイカとベリィの足は、止まっていた。

 膨大な体力を誇る魔物を人間の力で削っていくには、極度の集中力と持久力が必要となる。すでに最後の気力を使い果たし、呼吸をするのもやっとの状態だったのだ。

 一瞬の隙をつかれて、ベリィが青色の蔦に絡みとられた。

 手足の自由を失い、空中に持ち上げられる。


「ッ――ぐぐっ」


 口を大きく開けて空気を貪ろうとするが、蔦が首に絡まり、呼吸ができない。

 さらに蔦が締まり、みしみしと軋むような音を立てる。

 ぼきりと、腕の骨が折れる音が響いた

 

「がっ――はっ!」

『ふふふっ、小気味のよいよい音よのう?』

「“ギョロン”! “魔眼”だ!」

 

 魔眼球イビルアイが巨大なひとつ目を見開き、蔦に絡まれたベリィに向かって怪奇光線を放出する。

 動きが止まったところで、ユイカが袖口から取り出した短刀ナイフを投げつける。短刀ナイフはベリィを拘束している蔦に突き刺さった。


『なんぞえ? このようなもの、かほどにも堪えん……』


 その瞬間、短刀ナイフが刺さった部分に魔方陣が浮かび上がり、弾けた。

 無数の風の刃が発生し、弧を描きながら蔦をずたずたに切断していく。

 風属性の攻撃魔法が“封陣ふうじん”された遺物アーティファクト。ただし使えるのは一回のみ。ユイカの最後の切り札であった。

 蔦の拘束から逃れたベリィだったが、受身も取れず地面に叩きつけられて、動かなくなった。


「ベリィ! しっかりしろ!」


 駆け寄ろうとしたユイカは、足をもつれさせ倒れ込んでしまう。たび重なる“跳兎とびうさ”の連続行使で、足の疲労が限界を超えていたのだ。

 そのとき、後方から甲高い破裂音が響いた。

 振り返れば、最後の魔物である魔眼球イビルアイの目に種の砲弾が食い込み、吹き飛ばされるところだった。


「う――」


 刺突剣エストックを杖代わりにして、ユイカは震える足で立ち上がる。


「ああああああっ!」


 玉砕覚悟の突撃。

 長い刀身が、世界葉呪シャンブラーの本体に突き刺さるも、逆に抜けなくなり、青色の蔦によって弾き飛ばされた。

 何度か地面をバウンドし、止まる。


『……ようやく、終わりかえ? わずらわしい虫よ』


 世界葉呪シャンブラーは青色の蔦を伸ばし、ユイカの首に撒きつけた。それから無理やり顔を上げさせると、赤色の蔦の先端を向けた。

 ユイカは目を逸らすことなく、釣鐘型のさやを睨みつけた。

 頭も身体も使い、死力を尽くした結果、それでも及ばなかった。

 この魔物をあと何回倒せば、勝てたのだろうか。

 種の砲弾を頭部に受ければ、おそらくそれで終わる。

 顔面にめり込むか、頭が破裂するか――どちらにしろ惨たらしい死に方となるだろう。

 荒い息をつきながら、ユイカは最後の攻撃を待ったが、何故か種の砲弾は発射されなかった。


『……』


 世界葉呪シャンブラーもまた、沈黙している。

 ユイカの視界の先に、黒色の長外套ロングコートと髑髏の仮面をつけた男が立っていた。

 こちらを見ている。


「ダ、ダーリン……」


 胸が締めつけられるような想いとともに湧き出てきたのは、ただただ、申し訳ないという気持ちだった。

 ロウには守るべき家族がいる。 

 こんなところで、朽ち果ててよい身ではない。

 それなのに、私のせいで――本当に、申し訳ない。

 そして。


「ダーリン……」


 もっといっしょに、いたかった――

 いつまでもそばに、いて欲しかった。

 

「ごめん、ダーリン」


 種の砲弾は発射されず、青色の蔦がユイカを打ち据えた。

 その瞬間、ユイカは意識を失った。

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