(11)
『ぎゃー、ヒトゴロシィ』
「騒ぐな、“幻操針”」
後頭部に刺突剣を突き刺すと、髑髏仮面はびくんと身体を震わせて、やがておとなしくなった。
魔物を全滅させたとはいえ、“宵闇の剣”の戦力も壊滅状態である。
周囲を警戒しつつ尋問することになったが、残念ながら、有益な情報を聞き出すことはできなかった。
ユイカが迷宮主――タイロス竜の現在位置や、種族、基本能力、ギフトなどについて質問したところ、突然、髑髏仮面が苦しみ出したのである。
『マ、主は……マ、主は……がが、ぎぎぎ……』
“幻操針”に縛られ、何とか言葉を紡ぎだそうとするが、声どころか全身ががたがたと震え、うまく言葉を発することができないようだ。
やがて、髑髏仮面の身体から、黒い煙のようなものが噴き出した。
『あ、あれ? 何だこれ?』
魔核を抜き取られた魔物が消滅するときの現象である。
手足がぼろぼろと崩れ、霧散していく。
『おいおい、終わりかよ。……あ、分かった』
消滅の過程にありながら、髑髏仮面は場違いなくらい平坦な口調で言った。
『これが、死にたくないってことだ。そうだろ?』
そして、髑髏仮面は消え去った。
残されたものは、魔核と装備品と髪の毛のみ。
髑髏仮面が持つ情報に期待をしていただけに、ユイカも眉をひそめざるを得なかった。
「ダーリン。どういうことか、分かるか?」
ロウは首を振った。
「あくまでも想像になりますが、迷宮主は迷宮核を守る守護者ですから、その情報を漏らすことは、魔物たちにとって禁忌に触れる行為だったのかもしれません」
「だとすると、質問の順番を間違えたか」
迷宮学という学問が成り立つくらい、迷宮は謎に包まれている。その真理に迫れるかもしれなかった貴重な魔物を、不注意な尋問で失ってしまったのかもしれない。
だが、“宵闇の剣”の目的は、迷宮の謎を解き明かすことではなく、迷宮を踏破することにある。
頭の中を切り替えると、ユイカは魔工房内の品物の鑑定をマジカンに命じた。
「――使えそうなのは、これくらいかの」
そう言ってマジカンが手にしたのは、腕輪がふたつ、そして仮面だった。
いずれも骸骨仮面の持ち物である。
魔工房には通路とは別の小部屋――のような洞穴があり、そこには武器や防具、その他の道具類が、所狭しと並べられていた。
そのほとんどが必要筋力四十以上の超重量級であり、比較的軽いものであっても、強力な呪いのギフトが“封緘”されていて、やはり使い物にならなかった。
呪いの一例を挙げるならば、“封緘”されたギフトを使用しただけで、昏睡したり、麻痺したり、正気値を越える精神ダメージを受けたり、装備しているだけで体力や魔力が減り続けたり、あるいは寿命が削られたり――と、ろくなものではない。
超がつくほどの希少品物である転移の長靴に至っては、複雑な発動条件がある上に、必要魔力――人間の限界を超えている――を満たしていない場合、無作為転移になるという。気がつけば、石の中ということになりかねない。
マジカンの説明によると、腕輪には、“索敵”と“追跡”のギフトが“封緘”されているという。それぞれ、人間の神気と魔物の魔気を感知するもので、有用性は高いが、一回使うごとに中級魔法一発分の魔力が必要らしい。やや使い勝手に問題があるようだ。
髑髏の仮面には、“剛力”のパッシブギフトが“封緘”されていた。
その効果は高く、使用者の筋力を三割ほど高めることができるという。
「じゃがもうひとつ、残念な呪いがついておっての」
“落運”――
装備者が持つギフトの発動確率が、極端に下がる。
かなりの高確率でアクティブギフトが空砲し、魔法ギフトにいたっては、ほぼ確実に崩陣するらしい。
「あの奇妙な魔鍛冶士は、ギフトを持っておらんかったからの。この仮面をつけていても、影響がなかったというわけじゃな」
「何よそれ。使えないじゃない……」
げんなりしたようにため息をつくベリィ。
「こいつは、シェルパ用じゃ」
そう言ってマジカンは、髑髏の仮面をロウに渡した。
「……俺、ですか?」
「お前さんも、あの魔鍛冶士と似たようなもんじゃろ」
ひどい言われようだが、確かにロウはアクティブギフトや魔法ギフトを持っていない。
それに、重い荷物を担ぐシェルパは、筋力を使う仕事でもある。
ロウは受け取った仮面の裏側を見つめた。
つい先ほどまで、紫色の肌をした下級魔物が装備していた仮面である。そのまま付けるのは、さすがに抵抗があった。
ロウは荷物の中から布を出すと、水に濡らしてから、丁寧に仮面の裏側を拭き取った。
仮面には紐がついておらず、どうやって装着するのか分からない。
とりあえず顔に当ててみると、表面に皮膚が吸い付くような感触があった。
「……」
手を放しても落ちない。
視界は良好である。
そして、確かに力が沸いてくるような感覚がある。
「……どうですか、ユイカ?」
隣にいたユイカに聞いてみると、黒髪の美しい冒険者は、少し考えるような素振りを見せてから、奇妙な提案をしてきた。
「外套に頭巾がついていただろう。ちょっと被ってみようか」
「はぁ」
言われたとおりに頭巾を被ってみる。
「――ぷっ」
一瞬の間を置いて、たまりかねたように噴き出したのは、ベリィである。
「あ、あんた。それ――どこの死神よっ!」
ひいひいと苦しげな息をつきながら、ベリィが笑い転げる。
ロウが身につけている長外套は、死霊魔王の成果品である“暗黒骸布”を加工したものである。光沢のない漆黒で、表面にはかすかに黒い霧のようなものが揺らめいている。
頭巾を被り、髑髏の仮面を組み合わせれば、不吉極まりない死神の完成だった。
細身の体格のせいか、ひょろりとした弱そうな死神でもある。
「ベリィ。どこかおかしいですか?」
「く、首を、傾げないでよ!」
ベリィは身体をくの字に曲げて、げらげらと笑っている。
見れば、マジカンは空中で仰向けになって奇声を上げており、ヌークはしかめ面で顔に手を当てていたが……口元には白い歯が見えていた。
自分の姿を見ることができないロウは、何がそんなに受けたのかさっぱり分からない。外套にしろ仮面にしろ、素晴らしい性能がそろったことに、感心していたくらいである。
仮面をつかんで力を入れると、少し抵抗はあったものの、外すことができた。
「ユイカ?」
婚約者はロウに背中を向けていた。
「……笑ってないぞ」
「……?」
「私は、ダーリンのことを、笑ったりしないからなっ!」
両手の拳をぎゅっと握り、両肩がかすかに震えているので、かなり無理をしているのだろう。
メンバー全員が落ち着くのを待ってから、出発の準備を整えた。
ロウに関しては、仮面のおかげで筋力が飛躍的に上がったこともあり、魔工房に保管されていた超重量級の武器を持ち歩くことになった。もちろん呪いのギフトが“封緘”されていないことは確認済みである。
「あくまでも、念のためだ」
ユイカはロウに言い聞かせた。
「ダーリンの冒険者レベルは、七に過ぎない。体力や瞬発力に関しては、深階層の魔物と渡り合えるものではないんだ。だから、あのときのように――無茶はしないで欲しい」
「分かっています」
守るべき家族がいるロウには、自己犠牲の精神はない。
必要がなければ、自ら戦うつもりはなかった。
巨大な背負袋を背負い、必要筋力が四十五もある大剣を肩にかつぐ。
マジカンが「ひょほほ」と笑い、からかった。
「シェルパよ。見てくれだけなら、わしらの中で一番強そうじゃの」
「魔物にはったりがきけば、いいんですけどね」
一度地下五十階層の迷宮泉へと戻り、休憩とポーションで体力や魔力を回復させてから、再び迷宮探索を開始する。
使役している魔物がいないこともあり、ヌークの“索敵”を使って慎重に敵の数を見定め、戦闘を行う。
一日をかけて再び魔工房に戻ってきたときには、魔物の数は二十体まで回復していた。
魔工房にある武器を魔物たちに装備させ、奥の通路に入る。
その先には螺旋道があり、地下五十三階層へと続いていた。
光苔の色が変化する。
淡い紫色から、静謐な雰囲気を醸し出す淡い青石色へと。
音を伴わない、緩やかな空気の流れ。
濃密な魔素が、肌を粟立たせる。
「ダーリン。ここが――」
確信を持ったように、ユイカが断言した。
「最下層だ」




