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『ぎゃー、ヒトゴロシィ』

「騒ぐな、“幻操針”」


 後頭部に刺突剣エストックを突き刺すと、髑髏どくろ仮面はびくんと身体を震わせて、やがておとなしくなった。

 魔物を全滅させたとはいえ、“宵闇の剣”の戦力も壊滅状態である。

 周囲を警戒しつつ尋問することになったが、残念ながら、有益な情報を聞き出すことはできなかった。

 ユイカが迷宮主――タイロスドラゴンの現在位置や、種族、基本能力ステータス、ギフトなどについて質問したところ、突然、髑髏どくろ仮面が苦しみ出したのである。


『マ、マザーは……マ、マザーは……がが、ぎぎぎ……』


 “幻操針”に縛られ、何とか言葉を紡ぎだそうとするが、声どころか全身ががたがたと震え、うまく言葉を発することができないようだ。

 やがて、髑髏どくろ仮面の身体から、黒い煙のようなものが噴き出した。


『あ、あれ? 何だこれ?』


 魔核を抜き取られた魔物が消滅するときの現象である。

 手足がぼろぼろと崩れ、霧散していく。


『おいおい、終わりかよ。……あ、分かった』


 消滅の過程にありながら、髑髏どくろ仮面は場違いなくらい平坦な口調で言った。


『これが、死にたくないってことだ。そうだろ?』


 そして、髑髏どくろ仮面は消え去った。

 残されたものは、魔核と装備品と髪の毛のみ。

 髑髏どくろ仮面が持つ情報に期待をしていただけに、ユイカも眉をひそめざるを得なかった。


「ダーリン。どういうことか、分かるか?」


 ロウは首を振った。


「あくまでも想像になりますが、迷宮主は迷宮核を守る守護者ですから、その情報を漏らすことは、魔物たちにとって禁忌に触れる行為だったのかもしれません」

「だとすると、質問の順番を間違えたか」


 迷宮学という学問が成り立つくらい、迷宮は謎に包まれている。その真理に迫れるかもしれなかった貴重な魔物サンプルを、不注意な尋問で失ってしまったのかもしれない。

 だが、“宵闇の剣”の目的は、迷宮の謎を解き明かすことではなく、迷宮を踏破クリアすることにある。

 頭の中を切り替えると、ユイカは魔工房アトリエ内の品物アイテムの鑑定をマジカンに命じた。






「――使えそうなのは、これくらいかの」


 そう言ってマジカンが手にしたのは、腕輪がふたつ、そして仮面マスクだった。

 いずれも骸骨どくろ仮面の持ち物である。

 魔工房アトリエには通路アイルとは別の小部屋――のような洞穴があり、そこには武器や防具、その他の道具類が、所狭しと並べられていた。

 そのほとんどが必要筋力四十以上の超重量級であり、比較的軽いものであっても、強力な呪いのギフトが“封緘”されていて、やはり使い物にならなかった。

 呪いの一例を挙げるならば、“封緘”されたギフトを使用しただけで、昏睡したり、麻痺したり、正気サン値を越える精神ダメージを受けたり、装備しているだけで体力や魔力が減り続けたり、あるいは寿命が削られたり――と、ろくなものではない。

 超がつくほどの希少品物レアアイテムである転移てんい長靴ブーツに至っては、複雑な発動条件がある上に、必要魔力――人間の限界を超えている――を満たしていない場合、無作為ランダム転移になるという。気がつけば、石の中ということになりかねない。

 マジカンの説明によると、腕輪には、“索敵”と“追跡”のギフトが“封緘”されているという。それぞれ、人間の神気と魔物の魔気を感知するもので、有用性は高いが、一回使うごとに中級魔法一発分の魔力が必要らしい。やや使い勝手に問題があるようだ。

 髑髏どくろの仮面には、“剛力ごうりき”のパッシブギフトが“封緘”されていた。

 その効果は高く、使用者の筋力を三割ほど高めることができるという。


「じゃがもうひとつ、残念な呪いがついておっての」


 “落運らくうん”――


 装備者が持つギフトの発動確率が、極端に下がる。

 かなりの高確率でアクティブギフトが空砲フェイルし、魔法ギフトにいたっては、ほぼ確実に崩陣スラッグするらしい。


「あの奇妙な魔鍛冶士ダークスミスは、ギフトを持っておらんかったからの。この仮面マスクをつけていても、影響がなかったというわけじゃな」

「何よそれ。使えないじゃない……」


 げんなりしたようにため息をつくベリィ。


「こいつは、シェルパ用じゃ」


 そう言ってマジカンは、髑髏どくろの仮面をロウに渡した。


「……俺、ですか?」

「お前さんも、あの魔鍛冶士ダークスミスと似たようなもんじゃろ」


 ひどい言われようだが、確かにロウはアクティブギフトや魔法ギフトを持っていない。

 それに、重い荷物を担ぐシェルパは、筋力を使う仕事でもある。

 ロウは受け取った仮面マスクの裏側を見つめた。

 つい先ほどまで、紫色の肌をした下級魔物レッサーデーモンが装備していた仮面マスクである。そのまま付けるのは、さすがに抵抗があった。

 ロウは荷物の中から布を出すと、水に濡らしてから、丁寧に仮面マスクの裏側を拭き取った。

 仮面マスクには紐がついておらず、どうやって装着するのか分からない。

 とりあえず顔に当ててみると、表面に皮膚が吸い付くような感触があった。


「……」


 手を放しても落ちない。

 視界は良好である。

 そして、確かに力が沸いてくるような感覚がある。


「……どうですか、ユイカ?」


 隣にいたユイカに聞いてみると、黒髪の美しい冒険者は、少し考えるような素振りを見せてから、奇妙な提案をしてきた。


外套コート頭巾フードがついていただろう。ちょっと被ってみようか」

「はぁ」


 言われたとおりに頭巾フードを被ってみる。


「――ぷっ」


 一瞬の間を置いて、たまりかねたように噴き出したのは、ベリィである。


「あ、あんた。それ――どこの死神よっ!」


 ひいひいと苦しげな息をつきながら、ベリィが笑い転げる。

 ロウが身につけている長外套ロングコートは、死霊魔王リッチ成果品ドロップアイテムである“暗黒骸布あんこくがいふ”を加工したものである。光沢のない漆黒で、表面にはかすかに黒い霧のようなものが揺らめいている。

 頭巾フードを被り、髑髏どくろの仮面を組み合わせれば、不吉極まりない死神の完成だった。

 細身の体格のせいか、ひょろりとした弱そうな死神でもある。


「ベリィ。どこかおかしいですか?」

「く、首を、傾げないでよ!」


 ベリィは身体をくの字に曲げて、げらげらと笑っている。

 見れば、マジカンは空中で仰向けになって奇声を上げており、ヌークはしかめ面で顔に手を当てていたが……口元には白い歯が見えていた。

 自分の姿を見ることができないロウは、何がそんなに受けたのかさっぱり分からない。外套コートにしろ仮面マスクにしろ、素晴らしい性能がそろったことに、感心していたくらいである。

 仮面マスクをつかんで力を入れると、少し抵抗はあったものの、外すことができた。


「ユイカ?」


 婚約者はロウに背中を向けていた。


「……笑ってないぞ」

「……?」

「私は、ダーリンのことを、笑ったりしないからなっ!」


 両手の拳をぎゅっと握り、両肩がかすかに震えているので、かなり無理をしているのだろう。

 メンバー全員が落ち着くのを待ってから、出発の準備を整えた。

 ロウに関しては、仮面マスクのおかげで筋力が飛躍的に上がったこともあり、魔工房アトリエに保管されていた超重量級の武器を持ち歩くことになった。もちろん呪いのギフトが“封緘”されていないことは確認済みである。


「あくまでも、念のためだ」


 ユイカはロウに言い聞かせた。


「ダーリンの冒険者レベルは、七に過ぎない。体力や瞬発力に関しては、深階層の魔物と渡り合えるものではないんだ。だから、あのときのように――無茶はしないで欲しい」

「分かっています」


 守るべき家族がいるロウには、自己犠牲の精神はない。

 必要がなければ、自ら戦うつもりはなかった。

 巨大な背負袋リュックを背負い、必要筋力が四十五もある大剣グレートソードを肩にかつぐ。

 マジカンが「ひょほほ」と笑い、からかった。


「シェルパよ。見てくれだけなら、わしらの中で一番強そうじゃの」

「魔物にはったりがきけば、いいんですけどね」


 一度地下五十階層の迷宮泉オアシスへと戻り、休憩とポーションで体力や魔力を回復させてから、再び迷宮探索を開始する。

 使役している魔物がいないこともあり、ヌークの“索敵”を使って慎重に敵の数を見定め、戦闘を行う。

 一日をかけて再び魔工房アトリエに戻ってきたときには、魔物の数は二十体まで回復していた。

 魔工房アトリエにある武器を魔物たちに装備させ、奥の通路アイルに入る。

 その先には螺旋道スネークがあり、地下五十三階層へと続いていた。

 光苔ひかりごけの色が変化する。

 淡い紫色から、静謐せいひつな雰囲気を醸し出す淡い青石色サファイア・ブルーへと。

 音を伴わない、緩やかな空気の流れ。

 濃密な魔素が、肌を粟立たせる。


「ダーリン。ここが――」


 確信を持ったように、ユイカが断言した。


「最下層だ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 漫画から入ったから展開違くてびっくり 髑髏仮面好きだったのに
[一言] この辺りコミックスとは展開が異なりますね。 髑髏仮面(魔鍛冶士)がロウと会話して気を許してアイテムを渡すことなく、迷宮主についての尋問をされたことにより禁忌に触れ死亡、と。
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