表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/101

(3)

 あれ? おかしくない?


 ベリィが最初にそう感じたのは、遠征に同行して欲しいという冒険者ギルドからの依頼に対して、ロウが積極的に参加を勧めた、そのときである。

 部屋に戻ってひとり、胸のもやもやについて考えていると、疑念は明確な形を持つようになった。

 冒険者ギルドと案内人ギルドの双方が、“宵闇の剣”の迷宮攻略を妨害しようとしていることは、分かっているはず。

 ならば、他の冒険者やシェルパたちを、遠ざけるべきではないか。

 どうして遠征への参加を勧めたのだろう。

 まさかとは思うが、ロウはあの依頼を――

 受けたのではないか。

 タイロスの町、冒険者ギルド、案内人ギルドの三者から要請された“宵闇の剣”への妨害工作。当然ロウが断るはずとベリィが考えたのは、危険が大きく、実現性に乏しく、心情的にもありえないと思ったからだ。

 確かに、迷宮探索中にシェルパが冒険者を害することなど考えにくい。いくら莫大な報酬を約束されていたとしても、地上へ帰還できなければ意味がないからだ。

 しかし、ここに遠征チームが参加するとなると、話が変わってくる。

 今回遠征に参加している冒険者の数は、三十三名。ひとりやふたりが欠けたとしても、パーティ間の連携さえとれていれば、帰還することはできるだろう。

 この遠征自体が、ロウを無事地上に帰還させるために冒険者ギルドが仕組んだもの。そして、ユイカの負担を軽減するためという理屈をつけて、ロウがみなを誘導した。

 そう考えると、どうだろうか。

 つじつまは合う。

 次に“宵闇の剣”の迷宮攻略を妨害する手段だが、対象の性質を見抜くマジカンのギフト“鑑定”と、状態異常を回復させるユイカの闇属性の魔法“闇雫やみしずく”がある限り問題はないと、ベリィは考えていた。

 だがしかし、果たしてそうだろうか。

 マジカンの“鑑定”は、彼が直接触れたものにしか作用しない。そしてユイカの“闇雫やみしずく”は、彼女自身に使うことはできないのだ。

 ロウには、薬学の知識がある。ロウのことを全面的に信頼しているユイカだから、彼が出すものであれば、少々怪しげな食べ物でも、疑いもせずに口にするだろう。


『消耗品の管理や食事なども、それぞれで行うことにしませんか?』


 ロウの発言を思い出して、ベリィはぞっとした。

 遠征では効率を考えて、食糧などは共有するものである。料理もシェルパたちが作り、遠征メンバー全員が同じものを食べる。

 しかし、他のシェルパたちがいるところで、たとえば調理中に何かを混ぜるなど、怪しげな行動をとることは難しい。

 もしかするとロウは、自分の仕事がやりやすいように、あのような条件を付け加えたのではないだろうか。

 もし自分の仮説が正しく、ロウが裏切っているのだとすれば、“宵闇の剣”には防ぐ手立ても回復する手段もないことになる。

 標的ターゲットは、ユイカだろうか。

 ここまで考えてから、先走り過ぎてはいけないと、ベリィは自戒した。

 すべては、仮定に仮定を重ねた話だ。

 ユイカはロウのことを恋人だと言った。

 金のために恋人に手をかけるなど、常識的には考えられない。


『ようするに――金さ』


 ――違う。


『……ロウ君。君は、お金のためならば、自分の名声を汚すこともいとわない。違うかね?』


 あの会合の中で、冒険者ギルド長が口にした言葉。


 違う!

 全部、私の勝手な妄想だ。

 あいつは私の命の恩人。ユイカの命も救った。

 信じなくてどうする。

 何度も自分の考えを否定しつつ、しかしベリィは、ロウの言動に注視せざるを得なかった。

 休憩キャンプも別行動という条件をつけたはずなのに、迷宮へ向かう道すがら、ロウは他のシェルパたちと仲良く談笑していた。

 さらに、迷宮内で他の冒険者たちに呼ばれたとき、ロウは彼らに何かを吹き込んだようだ。

 冒険者たちの“宵闇の剣”に対する敵対心が、明らかに増したような気がする。

 もともと“宵闇の剣”と遠征チームとは何の繋がりもない。

 双方の関係が悪化すれば、迷宮攻略の障害にもなりかねないだろう。





 

 迷宮探索二日目。

 中階層に入り、いよいよ魔物たちの攻撃も激しくなってきた。

 “宵闇の剣”の強引な進行は相変わらず。しかし、他のパーティは文句を言わず、殺気を撒き散らしながら着いてくる。

 戦闘に入っても、連携など一切しない。


「邪魔すんじゃねぇ、幽玄ゆうげん!」

「お前らもだ! 引っ込んでろ、このくそ蜥蜴とかげ!」

「なんだとぉ!」


 罵声を浴びせ合いながら、それぞれのパーティが個別に戦っていく。前線の連携が乱れて、魔物たちに突破されると、後衛の魔術師たちも魔法を温存することはできない。


「“輪炎りんえん”!」

「“圧風壁あっぷうへき”!」


 数に頼んで戦闘を優位に進めてはいるものの、明らかに効率がわるい。

 休憩中キャンプも会話は一切なく、互いに睨みを効かせながら、黙々と魔核の“収受”を行う。


「ちょっと、ちょっと。ロウちゃん」


 ときおりロウが呼ばれては、冒険者たちに何やら報告をしている。


「……ねえ、姫。あいつ、何やってんだろ?」

「さてな」


 ベリィが遠まわしに注意を向けさせようとするのだが、ユイカは他の冒険者たちの動向に興味を示さなかった。


「ダーリンに任せておけば、だいじょうぶだろう」


 それでは困るのである。

 漠然とした不安を溜め込むベリィをよそに、迷宮攻略は進んでいった。

 地下三十八階層の迷宮泉オアシスにて二日目の探索を終え、いよいよ深階層入り。三日目に重要な拠点である四十三階層の迷宮泉オアシスにたどり着いた。

 “宵闇の剣”にとっては、予定通りの行程だが、他の遠征パーティにしてみれば、信じられないほどの攻略速度だった。

 疲労も蓄積しており、うなだれるように身体を休めている。


「……あのぅ、宵闇よいやみさん」


 あまりの雰囲気のわるさに耐えかねたのか、シェルパのガメオが提案してきた。


「お芋のスープを作ったの。いっしょに食事でもどうかしら?」


 ロウを除く六人のシェルパたちは、迷宮泉オアシスのほとりで火を焚いていた。

 燃料にしているのは、秘黒檀ひこくたんである。柳刃ウイローカッターと呼ばれる植物系魔物の成果物ドロップアイテムで、通常のすみよりも火力が強く、長時間燃える。

 持ち込む荷物の量が限定される迷宮内では、火を使った料理を作るのことは、贅沢な行為だった。

 ただの芋スープでも、ありがたい。

 

 しかし――


「ガメ先輩。休憩キャンプ中の食事は、別々にとるという取り決めですよ」


 ユイカが答える前に拒絶したのは、ロウである。

 丁寧な口調ではあるが、これまで聞いたこともない冷たい声だった。


「そ、それは分かってるんだけど……」


 木の深皿に盛ったスープに視線を落とすガメオ。


「みんなで一緒に食事をしたら、少しは仲良くなれるんじゃないかなって」


 確かにその通りである。ロウのことを気にするあまり食欲のわかなかったベリィは、困り果てているオカマに手を差し出した。


「いいじゃん別に。せっかく作ってくれたんだから――」


 ほっと息をついてガメオが皿を差し出す。


 ――と。


 その手が払われ、芋のスープが地面に飛び散った。


「……えっ?」

「余計なお世話ですよ、ガメ先輩」


 手を払ったロウは、微笑を浮かべていた。

 貴重な食糧を無駄にしたことを謝りもせず、ガメオを無視して、ロウはひとり食事の準備にとりかかる。

 この言動には、さすがのユイカも、そしてヌークとマジカンも驚いたようだ。


「ロウちゃん。あなた……まさか」


 濃いアイシャドウをつけた目をぱちくりとさせて、ガメオは呆然と呟いた。

 後輩に冷たくあしらわれて立ち尽くす大男の姿に、何故かいたたまれない気持ちになったベリィは、こっそりガメオに謝ることにした。


「別にいいのよ。ロウちゃんが神経質になるのも分かるわ。ここは、深階層――ちょっとした油断が命にかかわる魔の領域なんだもの」


 ベリィの疑念が確信に変わったのは、それから二日後のことである。

 地下四十八階層の迷宮泉オアシス爆弾蔓ボムバインの罠に引っかかり、ユイカを命の危険に晒してしまった、ベリィにとってはあまり思い出したくない場所である。

 しかし他の冒険者たちにとっては未知の階層であり、彼らはまるで子供のようにはしゃいでいた。

 少しだけ、雰囲気も和んだような気がする。


「ちっとばかし早いが、今日はここまでにしようや。ゆっくり休んで、明日から――地下五十階層に向けて挑戦だ」


 “幽玄結社ゆうげんけっしゃ”のリーダーである猿顔の男が宣言すると、他の冒険者たちから賛同の声が上がった。

 その決定にユイカは少々不満そうだったが、焦っても仕方がないと納得し、本日の魔物たちを処分した。

 この迷宮泉オアシスには、マナポーションの原料になる虹草がまだ残っていた。

 歓声を上げながら、冒険者やシェルパたちが虹草に群がっていく。

 まるでピクニックのような騒ぎになったが、いつの間にかロウの姿が消えていることにベリィは気づいた。

 周囲を見渡すと、ロウと体格のよい男――オカマのシェルパが、通路アイルへと向かっていた。

 螺旋道スネークへと繋がるほうなので、一応は安全が確認されている。

 ふたりが通路アイルの奥に消えるのを待ってから、ベリィはこっそりと魔法を使った。


「……“ささやき”」


 対象となる場所のもの音を届ける支援魔法。

 魔方陣を飛ばすと、通路の壁に張り付いて、音も立てずに砕けた。

 残念ながら位置がわるかったようだ。ロウとガメオの話はよく聞き取れない。

 舌打ちをこらえつつ集中していると、突然ガメオの怒声が聞こえた。


『あなた! いったいどういうつもりなの?』

『……』

『あなたは、確かに正しい! でもね――』

『……』


 ロウの声は小さく、聞き取れない。

 やがて、何かを殴るような音が聞こえ、それから沈黙が舞い降りた。


『……かったわ』


 何かを堪えるように、ガメオが呟く。

 足音が聞こえる。どうやら魔方陣のほうに近づいているようだ。

 その足音が、止まった。


『ロウちゃん。私はもう、何も言わない。だから――』


 ガメオは大きく息をつき、優しげな口調に戻る。


『……頑張りなさいな』


 迷宮泉オアシスに戻ってきたロウの左の頬は、赤くれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ