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クローバー(2)  作者: ディライト
第3章
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第3章―(2)

 ギフトショップが建ち並ぶストリートを抜けて少し歩くと、スペースゾーンへと入ってくる。先程の西洋風な様子とは打って変わって、未来的な外観へと変貌してきた。どこからか流れてくるBGMも、神々しくかつ冒険的だ。きゅいーんだとかちゅおーんだとか、今の時代では聞くことのできない擬音も聞こえてきて、まるで未来にタイムスリップしたかのように感じる。

「おおお〜すげ〜かっちょえ〜! トラえもんの世界だ〜!」

 どこを見ても感嘆の声しか出ない二葉は、宇宙ステーションのような建物を眺めながら眼を輝かせる。

「えっと〜、ここでもひとつジェットコースターがあるみたいね」

「ああ、テレビでよくやってる?」

「スペースコースターね」

 一葉はガイドマップを広げながら解説する。

「……神秘的な宇宙の星々に囲まれながら、その中心をロケットのように猛スピードで駆け抜けるジェットコースター、だって!」

「猛スピードか! はやいのか!?」

「そりゃ〜もう」

「おおお! 乗りたい乗りたい!」

 二葉は興奮でウキーちゃんのリボンを揺らす。

「んじゃそれ行くか?」

「ミツバは絶叫系大丈夫?」

 一葉は三葉に眼を向けると、何やら青ざめて固まっている。

「へへーミツバってばどうせ恐いんだろ〜!」

「そ、そんなわけないだろ! フタバカタレ!」

「あー!! フタバにバカをくっつけるな〜! っていうかタレを足すなー!」

 こんなところでもぽかぽかと小突き合いが始まる。まぁ三葉も二葉の冷やかしで半ば強引にも乗る気になったようだし、止めても二葉がうるさいからと意地を張ってどっちにしろ乗るだろうから止めないけど。

 そんなわけで、俺達は猛スピードの宇宙旅行へと赴くことになった。

 

「な、長かった……」

 近代的な通路をゆったりと歩き続けること一時間半。ようやくコースターの乗り場が見えてきた。

「これじゃあ、全部の乗り物は無理だね〜」

「そうだなぁ、どうしても乗りたいやつに目星つけて列ぶしかなさそうだもんなぁ」

 あと二、三グループが乗れば、次は俺達の番だ。

「へへー! 絶対にロナウドの方が可愛いもんね〜!」

「バカタレ! ブーさんの方が可愛いに決まってるもん!」

「ぜったいロナウドだよっ! っていうかすぐにバカバカいうなー!」

「ブーさんブーさんブーさんブーさんブーさんー!!」

 相変わらず俺と一葉の前では不毛な戦いが繰り広げられていた。前のカップルも二人を見て可笑しそうに笑っている。まぁ楽しそうで何よりだ。それにしても三葉、ハイテンションである。

「フタバ、ミツバ、もうそろそろだぞ〜」

 声で制してやると、二人は思い出したように手を止める。

「おおお! ついにか!」

 俄然ハイテンションになる二葉を尻目に、三葉のテンションは右肩下がりになる。いや、普段のテンションに戻っただけなのだが、今回ばかりは本当にテンションがた落ちなのだろう。

「ミツバ大丈夫?」

 一葉が震え始めた三葉の顔を覗き込む。三葉は一応頷くものの、視線はただただ床のリノリウムに落としている。徐々に番が近づくに連れて、俺のパーカーの裾を握る力が強まる。

「もう次だけど、ペアどうする?」

 そういえば決めていなかったと思い出して、俺は三人に問い掛ける。

「うーん……、じゃあミツバは誰となら安心して乗れそう?」

 一葉は肩に手を置き、優しく言う。三葉は怯えながらも少し顔を挙げて三人の顔を見比べた後、一人を指差した。

「……俺か?」

 三葉はコクリとひとつ頷いて、俺のパーカーを引っ張る力が更に強まった。伸びちまうよ安物だから。

「じゃあ私は二葉と乗るね」

 通路内で移動して、ペア同士で横に並ぶ。一葉と二葉は前に、俺と三葉はその後ろに。

「ようこそスペースコースターへ!」

 元気なスタッフのお姉さんは俺達を乗り場へ迎え入れる。計八人乗りのロケットを模したコースターで、俺達は三、四番目に乗り込むことになった。

「先頭じゃなくて残念っ」

 一葉が肩を竦める。まぁ三葉にとっては何処でも同じっぽいけどな。

「では安全バーをゆっくりと降ろしてくださーい!」

 前の円いクッションを腹の前に降ろす。スタッフの人がそれぞれ安全バーが安全にロックされているかをチェックしてから、管制塔へOKの合図を送る。電車の発車前のようなベルが鳴ってから、スタッフの元気な「素敵な旅へいってらっしゃーい!」を合図に、ロケットはがくんと振動してから、緩やかに動き始めた。どう考えてもこれから起こる旅は素敵とは程遠いだろうが。

 スタートから左へ直角に曲がり、ロケットはようやく本来の仕事であるテイクオフ体制に入ってきた。ようするに昇ってます、はい。

「きたきたきたきたきたきたああああ!」

「きゃああああすごーーーーい!」

 頭だけ見える前の一葉と二葉は、周りのタイムスリップする時の吸い込まれるような青白い風景にこれでもかという程の超絶ハイテンション。一方こちらはこれから敵陣に特攻しようと決意した兵士のテンションである。

 三葉はパーカーが破けるんじゃないかという程握り締めて、眼を固くつむって震えている。周りの青白い風景に溶け込むほど、顔は青ざめている。

「っていうかミツバ! 握るのは俺のパーカーじゃなくて安全バーだ!」

 まるで聞こえていないのか、その手は更に力が篭る。

 いててて、三葉一体握力何キロあるんだよ!? その間も刻一刻と地獄への階段を昇っている。

「くっそ! つ、強がってたはいたけど……、実は俺も苦手なんだああああ!」

 青白い風景を終え、目の前は真っ暗になった。と同時に身体の体重は一気に下向きへ。

 あ、終わった。

 

 そこから後はもう訳がわからなかった。暗闇の中で錐揉み状態にされたように、気絶して暗いのか、宇宙だから暗いのかもわからず、情けないことに三葉を守るとかそれどころではなかった。まるでどん底に落ちていくような感覚。一葉と二葉がどんな声を挙げていたかとか、宇宙の星々がどうだったとか、そんなものを見る余裕は毛ほどもありゃしなかった。宇宙飛行士ってのはただただ尊敬に値する。こんな状態で風景を見て「地球は青かった」なんて言う余裕があるんだからな。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 地獄の旅を終えて、俺達は無事(?)地上に帰還した。

「おかえりなさーい!」

 スタッフの呑気な声にようやく我を取り戻して、安全バーを外す。定まらない視界のままコースターを降りると足元が覚束ない。頭にも倦怠感を覚える。目の前には宇宙空間で拾ってきてしまったのか、ちかちかとお星さまが飛んでいる。ここで俺はようやく三葉に眼をやった。

「……ってあれ?」

 三葉はもう俺のパーカーの裾を握ってはいなかった。そして視線は堂々に前を向き、瞳に無数の星を吸い込ませてきたように輝かせていた。

「ミツバ……? おまえ大丈夫なのか?」

「……ハルキ」

「ん?」

「……ジェットコースターって、楽しいね!」

 ええええええええええ!?

 そう言って今まで見たことないような満面の笑みをくれて、しっかりとした足取りで地上への出口を踏み締めていく三葉。それはまるで宇宙で一仕事終えて堂々帰還したベテラン乗組員のようだった。

 

 先に出口に出ていた一葉と二葉はベンチに座っていた。

 ……っていうか随分ぐったりしてないか?

「ヒトハ、フタバ……おまえらもまさか……」

「うう……気持ち悪い……」

「ハルキィ……あたまががんがんするよぅ……」

 一葉と二葉はすっかりダウンしていた。先程までの大騒ぎが嘘のように。これじゃあ乗る前とまるで逆じゃないか。まぁでも俺は結構すぐに回復したのだが、ジェットコースターはかなり向き不向きがあるらしいからなぁ。

「おまえら乗ったことなかったのか……。俺はあまりに得手不得手が顔に出てたから、経験済みかとばかり……」

「乗ったことないよぉ……。遊園地さえ初めてきたのに……」

「マジかよ。んじゃなんであんな余裕しゃくしゃくだったんだよ?」

「楽しそうだったから……」

「……」

 正直遊園地に行ったことがないというのは意外ではあった。まぁ俺も昔母親に一度だけ連れて来てもらっただけなんだが。

「……もう一回乗りたいなぁ……」

 三葉が怪我人に立てと言わんばかりに追い打ちをかける。

「ま、まて、ミツバ。とりあえず色々乗らないと勿体ないから、後でまた時間があったら乗ろうな」

「……うん!」

 連続なんて堪ったもんじゃない。夢の国がそのまま夢になりかねんからな。先程とは打って変わって元気な三葉を見て、一葉と二葉はひたすら驚いていた。

 

 十分ほど休憩を挟み、俺達は逃げるようにスペースゾーンを後にした。まだまだスペースゾーンには、激しいものから緩やかなものまでアトラクションがあるが、全て回っていては時間がいくらあっても足りないため、まず各ゾーンの人気アトラクションを全て回ったあと、時間が余ったら残ったアトラクションにも手を付けようということにした。

 というわけで、俺達は次にトゥーンゾーンへと足を運んだ。ウエスタンゾーンも同じ距離だったのだが、そこにも人気のジェットコースターがありやがるので、遠回しに後回しにするように仕向けた。

 トゥーンタウンはおもちゃの街をモチーフに、とにかく可愛い子供らしい雰囲気を醸し出している。先程のスペースゾーンとはもはや別世界である。ここには様々なキャラクター達が、家を構えて暮らしているという設定になっており、ウッキーやウキーちゃんの家、ロナウドドッグの家などに遊びに行けるアトラクションがある。

 だから、ここである問題が発生した。

「ロナウドの家がいいぞー!」

「……ブーさん」

 先程各ゾーン一つずつ回ることにしてしまったため、案の定二葉と三葉が好きなキャラクターの家で揉めている。

「そんな太ったブタの家になんか行きたくないやいっ!」

「……太ってるのが可愛いの! ロナウドこそ、ただうるさいだけじゃん!」

「無邪気なのがいいのだ! そんな物静かなブタのどこがいいんだっ!」

「……フタバはうるさすぎなの!」

「ミツバこそ静かすぎだっ!」

「なにおー!」

 またまた小突き合いが始まる。っていうかいつの間にか途中からロナウドとブーさん関係なくなってるぞ。それに二葉と喧嘩してる三葉は全然静かじゃないけどな。

「まってまって! じゃあ間を取ってウッキーの家いこっ!」

「「やだっ!!」」

 即刻却下されて一葉はひざまづいて落ち込む。

「どうしたもんかね……」

 頭を悩ませる問題に俺は大きくため息をつく。それから俺はマップを見て、トゥーンゾーンのアトラクション一覧に目をやる。

「……これだ!!」

 見つけた。これならお目当てのキャラクターが全員出てくる。

「急げ! もうすぐ始まるぞ!」

「「「え?」」」

 

 三人を引っ張って向かった先は、NSJのキャラクター達による舞台劇だ。これならばお目当てのキャラクターが仲良く勢揃いすることだろう。

「劇かぁ。ハルキ考えたね」

「だろ? これならロナウドもブーさんもきっと出てくるさ」

 二葉も三葉もこれならとお互いに納得したようで、ようやく小突き合いを止めた。開幕時間まであと五分。建物の前で待たされている集団はかなりの量だ。まさか次の回に回されるなんてことはないだろうな。だがそんな心配は杞憂に終わった。すぐにスタッフのお兄さんが誘導し始めて、大多数の客はあっという間に劇場内に収まった。

「すっげー人だな……」

「ほんと、すごいね」

 ぎりぎりで並んだため、最後尾の列に座ることになった。俺達の前に座る大多数の人の頭が目に入る。

「なぁなぁ! どんな劇なんだっ!?」

「えっと、ウッキーたちがトゥーンタウンで大騒ぎ! 歌って踊ってパーティーだ! だってよ」

「じゃあミュージカルな感じかな?」

「そうだな」

 そんなことを話している内に、館内の照明は落とされた。アナウンスの注意を聞いてから、いよいよ幕が開かれる。壮大なBGMとともに、舞台上の風景が姿を現した。

「あ! ロナウドいる!」

「……ブーさんも!」

 舞台の真ん中にスポットライトが当たると、ロナウドとブーさん、ウキーちゃんに他にも愉快な仲間たちが、何やら家の中で相談事をしているシーンからのようだ。

『明日はウッキーの誕生日なの! 皆でサプライズパーティーを開かないかしら!』

 ウキーちゃんが大袈裟な仕草で手を広げながら話しだす。

『そうなんだ! どんなパーティーにしようか?』

 なんだか得体の知れない青い怪物みたいのが大層な動きで案を引き出す。

『ばうばうばううう! ばうばうー!』

 ロナウドドッグは確かにうるさかった。

『ドッキリはどうかだって!』

 ロナウドの通訳をするように、猫みたいな女の子がきびきびした動きで言う。なんで犬の通訳が猫なんだというツッコミはなしか?

『ぼかぁ〜はちみつぱーてぃがいいとおもうなぁ〜』

 キャラクターの中で一際のんびりしているブーさんははちみつパーティーを推奨している。それお前が喜ぶことだろ。

 その後もがやがやと意見が出されたあと、『よーし! これでウッキーも喜んでくれるわ!』みたいな流れになり、ようやくここからウッキーが登場してくる。会場はウッキーが登場すると同時にすごい歓声に包まれた。そこらのアイドルよりすごいのではないだろうか。そしてここにも……、

「きゃあああああああああ! ウッキーィィィイイイィイィ!」

 すごい声を張り上げてハッスルしている一葉の姿があった。その元気をもっと友達の前で使えないものだろうか。

 舞台に登場したウッキーは街中に誰一人といない現状を寂しく思ったらしい。

『みんな! みんなどこへ行ってしまったんだ!』

 そんな喪失感を悲しげなBGMに合わせていきなり歌いだす。しかも超絶上手い。ビブラートとファルセットを上手く使いこなして、頭に響く伸びるような声を出すウッキー。ふと俺の隣を見ると、一葉が眼に涙を溜めていた。

「……」

 見なかったことにして、俺は再び舞台に眼をやる。一日中、街の友の家という家を探したが、誰ひとりとして見つからず、失意のどん底に落とされたウッキー。

『僕はきっと悪い夢を見ているに違いない……! 今日はもう休もう……』

 自分に言い聞かせるように現実逃避を決め込んだウッキーは、肩を落としながら帰途につく。しかし、ドアを開けるとそこには……、

『ウッキー誕生日おめでとう!!!!!』

 いなくなったと思った皆がそこにいたのだ。

『……み、みんな! なんで……?』

『ウッキーが家を出た隙に、みんなで家を装飾してたのよ!』

 ウキーちゃんは呆然と立ち尽くしているウッキーの手を引いて、ウエディングケーキかというほど大きいのケーキの前に連れていく。

『さあウッキー、火を消して!』

『ばうばうばううう!!』

 数え切れないほどの火を少しずつ消していくウッキー。あとロナウドちょっとうるさい。

『みんな、本当にありがとう……! 僕はなんて幸せ者なんだ!』

 神々しい動きを交えて嬉しさを表現するウッキー。

『よーし! みんなで歌って踊ろう!』

 よしきたという感じで、ウッキーを筆頭に定位置につくと、平和の象徴のような明るいBGMに合わせて全員が歌って踊り始めた。ウッキーのやつはソロではブレイクダンスまで魅せていた。随分多才だな。

 

「ご来場ありがとうございました。この後もNSJでの一時をお楽しみください」

 幕が閉まり、場内アナウンスの言葉を聞きながら、館内を後にする。

「うおおおおお! いいおはなしだったなー!」

「ウッキー良かった……本当に、本当に良かったね……!」

「……もう一回みたい……かも……」

 碧原三姉妹で劇の感想を零す。一葉なんかまだ泣いている。俺には茶番にしか見えなかったのだが、そんなことを言ったら三連チョップをお見舞いされそうだったのでぐっと飲み込んだ。

「さてと、次はどこ行くよ?」

「えっとぉ……ここから近いのは……あ、スプラッシャーバレーがあるカントリーゾーンだよ!」

「おおおお! 最後に写真撮れるやつか!」

「……わくわく……」

 カントリーゾーンは大自然をモチーフに、小動物が住む森の中を探検するというゾーンだ。そこにはかなり人気のアトラクションが密集していて、大変混雑するゾーンらしい。

 そんなんじゃ動物たちが逃げちまうだろう。

「そろそろ昼だし、ついでにそこで飯食うか」

「そうだねー。……あれ、スプラッシャーバレー……? 何か忘れてるような……」

「ん、なんかあったっけ?」

「……気のせいかな! いこっ!」


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