8男の子を助ける
「マベル、大変なの。子供が言いがかりをつけられてて‥ねぇ、僕大丈夫?」
私は急いで食堂の中に男の子を連れて入った。
腕の中にいる男の子を見て驚いた。
年の頃なら5~6歳くらいだろうか真っ青な顔色で銀色の髪をしている。
「あ、あなた人間じゃないのね?」
そして頭には黒曜石のような角があった。でも、その角は両方とも折れている。
マニール国には竜人や獣人はあまり住んではいないが隣国には獣人の国もあるし何よりこの世界の一番の大国はピュタール国と言って竜人の国なので知識はあった。
とにかく、こんなに小さな子供を放っておくことは出来ない。
抱いていた男の子を下ろすとまず怪我がないか聞いた。
「どこか痛いところはない?」
男の子は力なく首を振った。
私はその子の顔や手を見る。
「ここ痛いよね?」
咄嗟にその子の手を握り締めて魔力を流した。
私でもこれくらいの傷なら治せるから。
男の子はハッとした顔で私を見た。
「ごめんね。驚かせた?ほら、傷はもう無くなったわ。安心して、でも、どうしてあんなところに?そうだ。お父さんやお母さんは?もしかして迷子になったの?」
そう尋ねると、またも首を弱々しく振った。
困ったわ。どこかの宿で両親が心配しているかもしれない。
こんな時は騎士団の詰め所に連れて行くべき?それとも‥庶務課はもう終わって誰もいないだろうし養護院に連れて行くにしても今からでは‥
その時男の子のお腹が盛大に鳴った。
「ミルフィ、一体何があったんです?」
マベルがキッチンから顔を出した。
「外で困ってたの。きっと迷子よ。でもお腹を空かしてるみたいなの」
私は簡単に説明する。
「とにかく何か食べさせた方がいいでしょう。ほら、ここに座って。外は寒かったでしょう?今、温かいシチューを持って来るから」
さすが乳母をしていただけあるマベル、子供の扱いがうまい。
男の子はこくんと頷いて椅子に座った。
見ると頬に泥が付いていて私はつい弟にしていたようにハンカチに唾を付けてその汚れを落とした。
男の子が驚いた顔をしたので「あっ、ごめんなさい。じゃあ、これで」唾を付けてしまったのが嫌だったのかと思いすぐにコップの水で吹き直そうとしたが男の子はそれを嫌がったのでそのままにした。
もう食堂はおしまいなのでお客さんは誰もいない。隣の席にはこれから私達が食べるためのグラタンがあった。
男の子はそれをじっと見つめる。
「ああ、あれが欲しい?」
男の子はまたこくんと頷く。
「マベル。グラタンがいいんだって、ここのを食べさせるからマベラもこっちで食べましょう」
私はマベラに声をかけた。
「まあ、よほど美味しそうに見えたんですね。ミルフィのグラタン」
マベルは嬉しそうに取り分ける皿を持って来た。
私はグラタンをその取り皿に取り分けて男の子の前に置いた。
「さあ、どうぞ。熱いからゆっくり食べてね」
よく見ると男の子は私と同じ緋色の瞳をしていた。真っ赤なガーネットのように美しい瞳だと思った。
じっとその美しい緋色の瞳に見つめられたままで男の子は食べようとしない。
あれ?どうしてお腹空いてたんじゃないの?ああ‥遠慮してるの?可愛い。
そんな仕草を見て前世の弟を思い出す。湊には良く食べさせてあげてたな。6歳も年が離れてたから小さなころは私はお姉ちゃん気取りで湊の世話をした。
「どうしたの?食べていいよ‥私が食べさせようか?」
思わず尋ねた。
男の子がふわりと笑みを浮かべてうなずいた。
か、可愛い‥
「そうか、熱いって言ったもんね。じゃあ‥ふぅふぅ‥はい、あ~んして」
そう言ってグラタンをすくったスプーンを差し出すと男の子は大きな口を開けた。
ゆっくりその口の中に冷ましたグラタンを入れる。
もぐもぐごっくん。って音がするみたいに男の子がグラタンを咀嚼して飲み込んだ。
「あっん‥」
男の子が口を開いた。
私はまたグラタンをふぅふぅしてスプーンを口の中に入れる。
もぐもぐごっくん。
「あん‥」また男の子の口が開かれる。
「おいしい?熱かったら言ってね。はい、どうぞ」
そうやって大人の半分ほどの量を食べ終えると男の子は大きなあくびをした。
「疲れたんだね。無理ないね。迷子になってあちこち歩きまわったのかな?マベルどうしよう。この子」
「こんな夜遅くじゃ‥私が騎士団の詰め所には伝えに行って来ますから今日はここで休ませましょうか」
「ええ、そうね。じゃあマベルお願いしてもいい?私はこの子を休ませるから」
「えっ?でも、ミルフィの部屋で?私が一緒に連れて寝ますから」
「大丈夫。何だか放っておけなくて朝までくらい平気だから」
「いいんですか?明日も仕事ですよ?」
「だって、もう寝るだけだし。大丈夫。何かあったらお願いするから」
「まあ、一緒に寝るのはいいんですけど、じゃあ、何かあったら呼んで下さいね。私はちょっと騎士団の所まで知らせに行ってきますから」
「ええ、気を付けてねマベル」
そうやって私は男の子をベッドに運んだ。
彼は薄汚れた衣服を身に着けていたが生地はすごくいいものだと分かった。きっとお名金持ちの商人の子どもではないだろうかなどと思った。
それにしても服がかなりサイズが大きい。もしかして盗んだとか?
いや、角が折れてるのは襲われたからだろうか?
もう一度名前や親の事を尋ねたが男の子は何も言ってくれなかった。
まったくわからない状況だったが小さな子が少しでも安心してくれるなら良かったとも思う。
「服だけ着替えさせてね」
服を脱がせて私の半そでシャツを着せた。裾まであるけど寝るだけならいいよね。
弟の世話をした経験がある私に取ったら子供の着替えなど簡単だった。
「取り敢えず今夜はここで休もうね。安心して明日にはあなたのご両親を探してあげるから」
男の子はいうことはきちんと理解したのだろうこくんと頷いて私の手を握った。
これって一緒に寝てほしいって事?まあ、無理もないか。知らない人に家に寝るなんてきっと心細いに決まってる。
「一緒に寝て欲しいの?」
男の子はやっぱり黙ったまま頷いた。
「仕方ない。じゃ、寝るまでお姉さんが一緒にいてあげる」
男の子は私を見上げて嬉しそうに微笑んだ。
ぐっ!かわいい!
私は男の子を抱きしめてベッドに横になった。
そこにマベルの声が聞こえた。迷子の届けは出ていないらしい。
仕方がない。
「今晩はここで我慢してね。きっとあなたのご両親も心配してるわ。明日は絶対に合わせてあげるから安心して」
男の子はにこっと笑って私の胸に顔を埋めた。
小さくて暖かい温もりに私もうとうとし始めたらしく私と男の子はあっという間に眠りについていた。




