第二十八章
レグニエ侯爵家の応接室には、重苦しい沈黙が満ちていた。
レイモンド侯爵とエドワルドが去った後も、セレナはその場に崩れ落ちたまま動けずにいた。泣き崩れる娘を見て、侯爵夫人は狼狽しながら彼女を抱き起こした。
「セレナ、大丈夫よ……まだ何か方法があるはずよ……!」
「そんなわけないでしょう!」
セレナは夫人の手を振り払い、涙を拭いながら叫んだ。
「エドワルド様が……私を捨てるなんて……そんなの、ありえないわ……!」
侯爵は椅子に深く座り込み、疲れ切ったように顔を覆った。
「もはや手の打ちようがない……貴族社会から完全に見放された以上、我が家の未来はない……。」
その言葉に、夫人とセレナの顔が凍りついた。
「そんな……! 何とかしてちょうだい、お父様! あなたは侯爵でしょう!? こんなことで終わるわけにはいかないのよ!」
「終わるわけにはいかない?……何をどうしろというのだ。これまでの振る舞いのツケが回ってきただけだ。私がどうにかできる問題ではない。」
侯爵の声は自嘲に満ちていた。
「アルメリアさえいなければ……! あの女が戻ってきたから、こんなことになったのよ!」
セレナは悔しさに震えながら叫んだ。しかし、その言葉に侯爵は呆れたようにため息をついた。
「まだそんなことを言っているのか。お前の軽率な言動が招いた結果だというのに。」
「そ、そんな……!」
侯爵夫人は必死に夫をなだめるように言葉を継いだ。
「まだ、他の家との縁談を探せば……セレナは美しいのだから、どこかの家が——」
「その『どこかの家』が見つかるとでも?」
侯爵の冷たい言葉が夫人の希望を打ち砕く。
「社交界ではすでにセレナと我が家の悪評が広まっている。どの家も、我が家と縁を結ぶなど考えもしないだろう。ましてや、今回の件で完全に信用を失ったのだ。婚約どころか、貴族社会での立場すら危うい。」
「そ、そんな……。」
夫人は蒼白になり、セレナは絶望の表情を浮かべた。
「何とかして……! お父様!」
「何度も言わせるな。」
侯爵は厳しい目でセレナを見つめた。
「もはや我が家には何の力も残されていない。貴族社会の中で孤立するのも時間の問題だ……。」
その時、執事がそっと部屋の扉を開け、躊躇いがちに告げた。
「旦那様……屋敷の使用人たちが、賃金未払いを理由に次々と辞めております。」
その言葉に、侯爵はぐっと拳を握った。
「……もういい。全員、好きにさせろ。」
執事は深く頭を下げ、静かに部屋を去った。
セレナの体が震えた。
「嘘……私が、こんな目に遭うなんて……!」
夫人もまた、椅子に崩れ落ち、頭を抱えた。
レグニエ侯爵家の崩壊は、いよいよ現実のものとなろうとしていた。




