山田、引退宣言
会議の次の日、山田が突然ジェイの引退について切り出した。
山田自身にとって、それは非常に単純なお願いらしく、とても軽い感じで。
三人が離脱を経験し、その後の訓練で、ある程度の再現性を持つ様になった。
その中で一番強く、人格も太鼓判をおせる立花に今の位置を譲り、自分は引退する。
別に離脱の能力が何かに必要なわけではないのだから、強弱は実際の所関係ない。
単に、珍しい。
それだけの事だ。
簡単に言われて日野は一気にパニックになった。その場の山田以外全員が同じだろう。
必死で止めようとしたが、結局、山田の意思が通った。
通ってしまった。
なにせ、最初に約束していたことだし、引き留める理由が有りそうでいて、無いのだ。
そして引退のタイミングの相談になった。
「調印までは山田君でないとだめだよ。ファーストコンタクトの人物が、地球の代表として調印しないと無効だからね」
日野は仏頂面のまま言った。それに関しては山田も理解しているので、黙ったまま頷く。
「調印式はアルファケンタウリAか。二カ月の猶予があるけど、それでも大変だよ、山田君。宇宙局の体制作りは揉めること必至、しかもジェイが降りる事が前提なんてさ」
小森は仏教教団の高僧なので、教団運営と照らして、この先のゴタゴタが見えているようだ。
「その前に、宇宙局とKカルテットのお披露目があります。まずは、そこに注力しましょう」
立花はいつも通り優しいまなざしで山田を見ている。
山田は寂しそうな顔付きだ。
山田と付き合う暇など、その後の立花には無いに決まっている。
高橋や佐伯たちは、こういった話に口を挟まない。ブレインは日野とKカルテットの四名だった。
日頃文句の多い水野は、めんどくさいと言ってKカルテットの活動に関しては口を挟まずにきた。
だが今回は口を開いた。
「お披露目はこの宇宙局から中継で行うのでしょ。私たち、それまでどうしていたらいいの? 私にはイタコの仕事があるのよ。もう戻ってもいいかしら」
小森が、「私もだな」と同意した。
二人共このところ、本業を休んでいる。
日野が渋々認めた。
「離脱研や宇宙局のことは絶対に秘密。全員、しばらくはボディガードを付けさせて貰うから、よろしく」
この先は、宇宙局特使の仕事と、今までの仕事を掛け持ちすることになる。
宇宙局にはKカルテット宛に多方面から依頼が舞い込んでいるが、それを厳選していかなければならない。
Kカルテットをサポートするための事務局が必要だ。
元の仕事をする余裕が残るか心もとないが、水野と小森なら、きっちりと自分の時間をもぎ取るだろう。
立花は何も言わない。
だが、師匠から依頼がたくさん入っていると聞いている。
立花に祈祷を頼んだ者は、リピート率が高いらしい。彼に惹かれる人間は、とても多いのだ。
「山田さん。ジェイを辞めても、山田さんとしてここの仕事を続ける気はありませんか。例えば僕の付き人の一人とか」
その立花が思いがけない提案をした。
皆がバッと振り向く。
「それいいわね。どっちにしろ山田さん自身、離脱研改め、宇宙局への出向職員じゃない」
「あ、そうか。水野君、いい所に気がついたね。そうだよ、今のままでいいじゃないか。変えないほうが疑われないよ」
「そうだな、そうしよう、山田くん。週三でいいからさ。どうだ」
水野、小森の話の流れに、日野は急いで乗っかった。
山田は久しぶりに口ごもっている。
困ったようでいて、嬉しそうな複雑な表情をしている。
立花にニコっと笑いかけられたあたりで、負けたようだ。
「週二でお願いします」
「うーん、まあいいか。それで行こう」
日野は即決した。とにかく山田を身近に置いておけることになり、ほっとした。
ガードマンは政府要人用のSPが付く。
それは立花、水野、小森の三人だけで、山田にはSPは不要だ。
変装は非常に便利で、これに関しては、立花に大感謝だった。
日野はパンパンと手を叩き、皆の注意を集めた。
「じゃあ、今後のスケジュールに移ろう。ジェイの引退宣言は、調印式が終わった後だ。先にしたら、どうなるか想像もできないからな。皆どうだ?」
賛成の声が揃った。
「通信室が仕事できなくなりますからね。ジェイの引退発表前に、別回線を用意した方がいいだろうな。多分、そこまで使用していた回線はパンクして使えないでしょう」
高橋が応答例として、
『◆ ジェイの引退は事実です。銀河機密に抵触するため、質問にはお答えいたしかねます ◆』
というのはどうかと言い出す。
「そうだな。その後の大騒ぎが収まるまでの対策も立てないと。今後二か月で、それも進めていこう」
研究所長が手を上げた。
「私たちは研究結果を周囲に共有していかないといけません。調印まではそれを極秘にするが、その後は公開すると公にしていただけませんか。やっかみや文句が凄くて苦労しています」
「わかった。とにかく現在の体制は調印式が節目だ。そう周囲に公言する」
調印式までは、今の体制を保てる。二か月間という短い期間だから、ごり押しで通せるのだ。本番はその後、という雰囲気があるから。
「今後、私は日本政府代表兼宇宙局特別顧問になる。その位置付けが、どのあたりに落ち着くかは、始まってみないとわからない。だが、新しい組織から、日本とKカルテットを外すことは不可能だ。まあ、あるべき位置に落ち着くと思う」
日野は一拍置いて言った。
「Kカルテットの四名は全員、宇宙局の組織に加わることになるから、そのつもりでいてくれ。ジェイは首席交渉官として、他三名はジェイの下で交渉官として動いてもらう。」
もしジェイが望めば、というより望まなくとも、ジェイは本来、宇宙局のトップに近い位置に収まるはずだ。
だが、ジェイが自ら退くと言えば、それを引き留めるすべはないのだった。




