ファーストコンタクトの人物特定
日野は離脱研に戻ろうとして、このニュースを地球上のどこにも伝えていないのを思い出した。
連絡を受けてから今まで、それどころではなかったのだ。
だが、そろそろ第一報を入れないと、後日文句が出る。
「高橋くん。首相官邸に通信を繋いでくれないか」
高橋はじっと日野を見て首を傾げた。
「それをしたら、マナさんのところと同じになりそうですけど、大丈夫ですか?」
「それでも、そろそろ報告を上げないとまずい」
「じゃあ、繋ぎますね」
高橋がコンソールに向かい、ちょいちょいと何かをいじる。
極秘通信回路で、ハッキングやジャックの対策を三重ほどにも施してあるそうだ。
「日野大臣から緊急報告です。総理にお繋ぎください」
いつもと違う柔らかい声と口調で、高橋が用件を伝えた。
そのまま五分ほど待ったころ、モニタが明るく光り、総理の顔が映った。
「やあ、日野くん。緊急だってね。何かあった?」
軽い調子で聞かれて、イラついた日野は、わざとらしい笑顔で総理に報告した。
「本日午前、離脱実験中に被験者が離脱しました。それが銀河連合側の実験場に現れ、ファーストコンタクトの本人だと実証されました」
総理はポカンと口を開けたままでいる。
「私は連絡を受け離脱研に向かいました。所長に確認したところ、離脱が確認された、との報告を受けました。銀河連合側は大騒ぎになっているようで、すぐに本部に呼び戻され、今まで交渉団のマナ特使と話し合っておりました」
「それで⋯⋯どうなるんだ」
「ファーストコンタクトの人物が特定できたので、フェーズが先に進みます。本格的な加盟についての交渉が始まります」
「エッ! 交渉。それは誰が」
「交渉はファーストコンタクトをした人物。彼を代表に立てて、交渉団を作ることになるでしょう。地球の代表組織を立ち上げる必要もあります」
「これは、また、急な。しかも事が大きすぎる」
総理は冷や汗をかいている。ハンカチで汗を拭い、不安げに周囲を見回す。
「指示系統はどうなる」
日野はニコっと笑顔を向けてから言った。
「連絡をお待ちしますので、具体的なことが決まれば秘書に伝えてください。私は、離脱研で、詳細の聞き取りをします」
「エッ、待ってくれ。もう少し情報をくれ。これじゃあ、何が何だか分からないよ」
「私もです。だから、まず何があったのかを聞きに向かいます。ところでマナさんに聞いたのですが、離脱できる種族は初めてで、銀河中でもレアな能力だそうです。情報は極秘でお願いします」
日野は離脱研に戻ることにした。
ファーストコンタクトの人物を特定したこの時点から、関係各所に対し、全てを極秘扱いにし、事情を知る者を増やさないよう申し渡した。
離脱研に車が着く直前に、日野の携帯が鳴り始めた。米国の大使からだ。
「はい。日野ですが」
「日本政府から連絡があった。人物を特定したって?」
日野は横を向いてチッと舌打ちをする。
(早すぎる。あの馬鹿総理、何も分かってない状態で連絡をいれたか)
「それは勇み足ですな。私は今から離脱研に向かうところです。確認が取れたら、すぐにご連絡しますよ。いやあ、これが本当ならいいのですがねえ。ぜひ、良いご報告をしたいものです」
笑いながら言って、さっさと切った。
「馬鹿野郎。使えねえ!」
「あれ、まあ。乱暴な口調。珍しいですね」
高橋が笑う。
思わず江戸前の言葉が飛び出した。普段は優しい物言いをする日野だが、キレやすくもある。
少しして、また携帯が鳴った。
総理からだ。
「君、大使から不確かな情報を流すなと叱られたぞ。あの話は確かなんだろう? どっちなんだ」
「どっちにしろ、今頭を張っているのは日本です。あなたはそのトップですよ。だからあなたに一番に連絡した。詳細は今からと言いましたよね。極秘とも」
「だが米国には一番に連絡しないと」
「連絡して何になるんですか。銀河連合との窓口は日本だ。それは今から一個人に移りますが、彼に交代するまではあなたが地球代表ですよ」
この電話をブチッと切って、日野はフウーっと息を吐いた。
マナは実験中に飛翔体が現れたせいで、情報の拡散を止められなかった。さぞ、苦労しているだろう。
シートにもたれて目を瞑った。
今からは時間勝負だ。方向性をザックリとでも決めないと、グッチャグチャになるだろう。
高橋が離脱研での受付をしている最中に、また電話が鳴った。今度は防衛大臣だ。
「総理から聞いたが⋯⋯」
日野はそれを遮った。
「極秘、だと総理に言い含めたが、それはどこまで拡散している。君の知っている範囲を答えろ」
「閣僚の間には回っているんじゃないか? 取り次いだ者や、秘書たちとか。うちのところは、他に誰か聞いていたかな?」
そう、近くにいる誰かに問いかけている。
(ガバガバだ)
しばらく携帯を見つめて日野は考えた。自分がどれだけの情報を与えたか。
人物を特定した。
宇宙人側も認定した。
本日の午前中、離脱研にて発生。
その三点だ。
それ以外は何も話していない。
「それはまだ未確認だよ。とんだ早とちりだね。付き合いきれねえや」
「エッ、未確認なのか?」
「柳の影に驚いて、桶持って風呂屋から飛び出すってか。ハハハ」
「あれ? 緊急って聞いたんだが」
「俺は今日一日忙しい。君、代わりに周囲に言っておいてくれないか。電話が煩わしいからね。それから総理に、黙れ、と伝言頼む」
日野は携帯の電源を落とした。
離脱研に入ると、所長を呼び出して状況を説明した。
そして門を閉め、守衛室も無人にした。誰が来ても、一切取り合わない構えだ。
門前には、本日休みのカードを吊った。
研究所の職員も、実験にかかわった者を残し、今日は退社させた。
所長は実験の報告を受けた後から、すぐに箝口令を敷いていた。
これでやっと、突っ込んだ話ができるし、考えることができると、日野はほっとした。
そして高橋も含めて、会議室に全員を集めた。
「使節団特使のマナさんと話してきた。あちらは大騒ぎだそうだ。半信半疑だった離脱が実証され、しかも目の前に突然現れたのだから」
見回すと、全員が真剣な顔つきでこちらを見ている。中でも山田は表情が硬い。
それも頷ける。これから彼は、地球代表として、82億人の一番先頭に立たなければならない。
「銀河連合側に情報を伏せることができない今、我々はさっさと方針を決めなくてはならない」
所長が動揺した。
「あの、我々というのは、一体どのあたりの組織を指して⋯⋯」
「我々だ」
「嘘でしょ」
思わずというように、研究員の松井が呟いた。
「山田君を地球代表として紹介する前に、決めないといけないことがある」
「なぜ、我々なのでしょう」
「それが山田君だと知っているのは我々だけだから」
日野は今日の出来事と、マナから聞いた連合側の空気感について説明した。
その後、日野は山田に向かい合った。
「山田君。この仕事を引き受けてくれますね?」
「僕には無理です」
思わず頷きかけ、日野はぐっと自制した。
「君にしか出来ない仕事だよ」
黙って俯いた山田だが、しばらくしてから顔をあげた。
「何の取り柄もない僕にできたのです。出来る人は、もっといるはずです。僕自身は氷山の一角。たまたま、一番に目についただけです」
「おお、そうかも」
納得しそうになり、日野はじっと山田を眺めた。
思い掛けないことに弁が立つ。
それに言っている内容に、日野の勘が反応した。可能性を感じたのだ。
見た目も、おどおどとした雰囲気がなくなり、記憶していたより遥かに良くなっている。
日野は腕を組んでしばらく考えた。




