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第26話「焚き火、ふたりで」

 失明したジャイアントバットは脅威ではないが、血の臭いを嗅ぎつけた別の魔物が現われる可能性がある。

 レオンたちはマーガレットの灯魔法が照らす夜道を進み、次の広場でようやく休むことができた。


「………………」


 パチパチと燃える焚き火の側で、レオンはひとり座っていた。

 森はどこまでも静かで、ときおり薪がはぜる音、フエミミズクの声が響くばかりだ。

 ふと、背後で音がした。


「レオンさん」


 馬車から降りてきたのは、サラだった。


「見張りの交代にはまだ早いんじゃないのか」

「目が冴えちゃって。一緒に火に当たってもいいですか?」

「もちろん。退屈してたところだ。カードでも持ってこりゃあ良かった」


 サラはレオンの隣に麻のクッションを敷いて座った。


「良い夜ですね」

「命からがら、生き残った夜は何を見ても嬉しいもんさ」

「ほんとうに……」


 もしあのときアイリスの灯魔法がなかったら――。

 いずれ弾丸を使い果たし、マーガレットの魔力も底をついていたことだろう。

 そうなれば、4人はもうここにはいない。


「暖かい焚き火に、星に、お月様」

「……やっぱり退屈だ」


 ふたりして、小さく笑った。


「そういえば見張りの交代、次はマギーだったな。といってもあいつ、起きる気がしないが」


 マーガレットは馬車の中で、アイリスを抱き枕にしてすうすうと眠っている。


「ふたりでこうしていましょう」

「それも悪くない」


 焚き木が割れて、火花が散った。


「アイリスちゃん、これからどうなるんでしょうね」

「結婚できるまで城で暮らして、それから結婚して……あとはお姫様だろう」

「お姫様って女の子の夢ですけれど……」


 サラは少し言い淀む。


「……アイリスちゃん、これから幸せになるんだってふうには、どうしても見えなくて」

「………………」


 レオンは立ち上がって、焚き火に薪をくべた。

 火の粉が夜空に向けて立ち昇る。


「家族から引き離されて、“悪く言ってはいけない”お偉いさんのものになるんだ。今だって心細いだろうよ」

「幸せって、なんなんでしょうね……」


 サラはため息をついた。


「おじいちゃんが言うには……本当の気持ちに従って生きることだ」

「それだと、レオンさんはいま幸せなんですか?」

「サラ。その質問は、難しすぎる」


 レオンは再び麻のクッションに座った。


「アイリスは強い子だ。ジャイアントバットの群れに立ち向かえるくらいに、強い子だ。そして賢い。生活の場としての城がどんな所なのか、田舎者の俺にはさっぱりわからんが……あの子は幸せになる方法を必ず考えつくさ」


 サラは、膝を抱えて頷いた。


「……そうだ。君の魔法について聞きたいことがある」


 レオンが言うと、サラは顔を上げた。


「今まで見せてもらったのは……風と、氷と、火のやつだったな。他にはどんなのがある。知っておきたい」

「そうですね……」


 サラはマーガレットが首にかけていた【わたしはおふろをこわしました】の板の上に小石を並べた。

 腰のベルトから杖を抜いて、端から順番に属性付与(エンチャント)をかけていく。

 色鮮やかな杖のルーン文字が、夜の闇に輝いた。


「いきますね。これが土魔法……いろいろと応用が利きます」


 サラが枝でつくと、小石は人形のような形の土くれに変わった。


「次は水魔法……ほとんど攻撃の役に立たないので、習得する人は少ないです」


 次の石からじわりと水が染み出て、木の板を濡らした。


「飲み水になるんじゃないのか」

「魔力の込められた水は、すぐに排出されちゃうんです。だから飲んでも飲んでも喉が渇く“死の水”なんて言う人もいます」


 サラは立ち上がって、馬車からナガンの実を持ってきた。


「それから、これはちょっと特殊なんですが」


 サラはナガンの実に属性付与(エンチャント)をかけた。

 そうして、枝でつつく。


「……何も変わらないみたいだが」

「触ってみて下さい」


 レオンはナガンの実を持ち上げようとした。



 指が実をすり抜けた。

 何の感触もない。



「これは……」

「霊体化魔法です。これもほとんど誰も習得されていないと思います。私以外に使う方を見たことがありません……といっても、あまり役に立つものじゃないんですが」

「しかし、不思議だ」


 レオンは手のひらを、霊体化したナガンの実に突っ込んで、左右に動かした。

 やはり何の感触もないし、実はぴくりとも動かない。


「あ……そうだ! そろそろ手を離さないと危ないです!」

「ん?」


 ナガンの実に指を突き入れていた、その瞬間、バチンと音がして実が弾けた。


「大丈夫ですか!? すいません、私、霊体化が解けたときのことをすっかり……!」

「問題ない。少し指がじんじんするくらいだ。ちょうどまっぷたつに割れたな」


 レオンはナガンの実の半分を拾って、囓った。


「君もどうだ」


 もうひとつを、サラに差し出す。

 サラはぺこりと頭を下げて受け取った。

 レオンとサラは、ナガンの実を食べ終えると、残った芯を火の中に放り込む。


「……しばらく、寝かせてくれ」


 レオンはカウボーイハットを脱ぐと、麻のクッションを枕にしてその場で横になった。


「馬車に戻らなくていいんですか?」

「ああ、ここで構わない」


 レオンは目をつぶり、カウボーイハットを顔にかぶせた。


「………………」


 その様子を眺めて、サラはふと思った。




(寝ているときのレオンさんって、どんな顔をしているんだろう……)




 普段はあまり愛想がなくて、でも笑うと少しかわいい人。

 そして敵と戦うときの真剣な目、ときどき見せる優しい表情。

 そんな人が眠るとき……どんな顔をしているのだろう。



「レオンさん……」



 気づけば、声に出して名前を呼んでいた。



「……どうした、サラ」


 レオンはカウボーイハットを顔から脇へどけた。

 パチパチと、焚き火がはぜる音。

 ふたりの目が合った。


「………………」


 サラは勇気を出して、ゆっくりと膝を崩した。

 そうして、紺のスカートに包まれた太ももを、ぽんぽんと叩いた。



「その……こっちの方が……クッションよりは寝心地が良いと思います……」



 今が夜でよかった。

 きっと顔は真っ赤になっているに違いない。

 思わずレオンから顔をそむける


 耳がピクピクと動くのが止められない。

 気づけば、しっぽもせわしなく動いている。



(何言ってるんだろう私……断られたら死んじゃうかも……)



 思い切ったことをしておいて、今になって不安になってくる。

 しかし、レオンは少し笑って言った。


「じゃあ、そうさせてもらうよ」


 サラは心からホッとした。

 けれども、胸はどきどきと高鳴っている。


 レオンは立ち上がって、サラの膝を枕にして再び横になった。

 太ももに乗った頭は、思ったよりも重たい。


「これはいい」


 そう言って、レオンは自分の顔にカウボーイハットを被せた。


「じゃあ、悪いがひと眠りするよ。おやすみ」

「おやすみなさい……」


 再び、森は静けさに沈んだ。


「………………」


 しばらく経ってレオンが寝静まった頃、サラはそうっとカウボーイハットをのけてみた。


(レオンさん……こんな顔をして眠るんだ……)


 静かな寝息を立てる、レオンの穏やかな顔を見て、サラは微笑んだ。




………………。

…………。

……。




 翌日の朝。


「爽やかな朝ね!」


 マーガレットは太いしっぽを振って伸びをすると、馬車から飛び降りた。

 焚き木の火はすっかり消えている。

 その側には、サラの膝に頭を乗せたレオンと、そのまま崩れるようにして眠っているサラがいた。


「だらしないわね!」


 マーガレットはカウボーイハットを取り上げて、レオンの顔をぺしぺしと叩いた。


「……起きてるよ」


 レオンはサラの膝の上でまぶたを開いた。


「火の番サボっちゃ駄目じゃない」

「君に言われたくないな」


 マーガレットからカウボーイハットを奪い返すと、ゆっくりと身体を起こした。


「どうして? あ、私見張りをした記憶がないわ! 不思議!」

「一晩ぐっすり寝てたからだ。おかげでこっちは寝不足だよ」

「なるほど、そういうことなのね! ごめんなさい!」


 マーガレットは荷物をごそごそやると、干し肉を取り出した。


「お詫びよ! 私の手から食べさせてあげる!」

「………………」


 レオンはマーガレットが差し出した干し肉をかじり取った。


「美味しい?」

「いつもの味だ」


 そう言って、カウボーイハットを被ると、立ち上がった。

 首をコキコキといわせて、肩を回す。


「マギー、サラを起こしてくれ。そうしたら、馬車の陰に隠れてろ」

「急にどうしたのよ」

「お客さんだ」

「………………!」



 馬が地を蹴立てる音が、マーガレットの耳にはっきりと聞こえた。



「おもてなしするの?」

「そうだ。君はさがっていろ」


 マーガレットはよくわからないままに、サラを起こした。


「お客さんが来るから起きて隠れるんだって」

「……え、どういうことです?」


 サラは寝ぼけまなこをこすりながら言った。


「そろそろ近づいてくる。隠れてるんだ」


 ふたりは言われた通りに、馬車の向こうに身をひそめた。




(とうとうお出ましってわけだ……)




 ただ聞こえるのは馬の駆ける音だ。

 しかしレオンは、その音にピリピリと肌を這う殺気を感じた。



 やがて――街道の曲り角から、馬に乗った男が現われた。

 馬もそれに乗る男も、普通のひとまわりは大きい。

 男は、レオンから10メートルほど離れたところで馬を止めた。



「朝から乗馬とは精が出るな、ドルバック伯爵」

「名前を覚えていてくれたとは恐縮だ、“ウォルポール子爵”」



 低く、よく通る声でドルバック伯爵は答えた。

 マントが馬上でひるがえり、大地に降り立った。



「………………」



 見上げるほど高い背丈、分厚い胸板がマント越しでもはっきりとわかる。

 ただ柔らかい椅子にふんぞり返って生きてきた、貴族の肉体ではない。




「魔物やら化け物魔術師に、アイリスを狙わせたのはあんたか」

「私だと言ったら、どうするつもりだ?」

「そうだな……」



 レオンはポンチョの裾を払った。 

 リッパーウルフの大爪を磨き上げた、黒いグリップが顔を出す。



「そう選択肢は多くない」

「なるほど」



 ドルバック伯爵は紫のマントを脱ぎ捨て、杖に手をかけた。



「同意見だ、“ウォルポール子爵”」

「レオン・クルーガーだ」



 レオンはドルバック伯爵の黒い瞳を睨んで言った。



「覚えておくといい。あんたが最後に目にする男の名だ」



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