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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
ノズフェッカと水の竜
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英雄の兆し

 都市門のトンネルをくぐり、市街地へと戻ったギデオンたちを待っていたのは、大勢のゴブリンたちだった。

 彼らはリルパの姿を見ると、ワッと歓声を上げた。


「ああ、本当にリルパだ! リルパがこの街に来てくれた!」

「ほら、言っただろう!? あの後ろ姿は、確かにリルパだと思ったんだ!」

「ウィンゼ! お前、リルパを独占するとは何と罰当たりなことをするのだ!」


 口々に騒ぎ立てる彼らは、みんなリルパに目を向けてニコニコと笑っている。


「こ、これは何の騒ぎでありんしか?」


 ロゼオネが、さっとリルパを隠すように一歩前に踏み出す。


「……ああ、きっと噂が広まってしまったのでございやんしょう。リルパがきたと知れば、この街の小鬼たちが黙っているわけもございやせん……」


 ウィンゼは、それが自分の恥であるようにおろおろしていた。


「お、お前たち、これ以上自分たちの価値を下げるようなことはやめろ! ただでさえリルパは、ノズフェッカの問題を情けなく思っているというのに……」

「ノズフェッカの問題だと!? 貴様、話したのか!?」


 クワッと目を剥く一人のゴブリンに、ウィンゼはたじたじと後ずさりした。


「も、もちろんだとも。鉱山の奥に現れたランページ・リキッドは、俺たちの死活問題だ……」

「なんだ、そっちか! 安心したわい! それは貴様の商会だけの問題だ、ウィンゼ!」


 言いながら、彼は屈強なウィンゼを突き飛ばし、リルパに向かって手をこすり合わせた。


「ああ、ありがたや、ありがたや……リルパ、本当に気高く成長しているご様子で、わたくしめらども一同、とても嬉しく思いやんす……」

「そう言えば、昔会ったよね? あなた、都市門でわたしに飴をくれようとしてペリドラに怒られてたゴブリンでしょ?」

「お、おい、聞いたか!? リルパは俺を覚えているぞお!」


 彼は勝ちどきを上げる兵士のように、猛然と両手を上げて吠えた。


「わ、わたくしめは覚えておりやせんか!? リルパを船旅にお誘いした小鬼でございやんす! メイド長さまに却下されやんしたが!」

「わたくしめは!? ほら、以前リルパがお泊りになった温泉宿の主の小鬼でございやんす!」

「わ、わたくしめはその温泉宿の入り口で、ご挨拶を差し上げた小鬼でございやんす!」


 我先にとリルパに殺到するゴブリンたちを諌めようと、ギデオンは地面から蔦植物を生やして彼らを絡め取った。


「う、うわあ! な、何だこれはァ!?」

「俺の魔法だ。いまはこんなことをしている場合ではない」

「魔法だと……貴様っ……!」


 と、そこまで言ったゴブリンは、蔓に拘束されたままギデオンの足元に目をやり、さっと顔を蒼白にした。


「しゅ、囚人さまでございやんしたか! これはとんだ失礼を!」

「いや、別にそれはいいが。取りあえず落ち着いてくれ」


 言いながら、ギデオンは眼下に広がるノズフェッカの街並みを一望した。

 港の先には穏やかな海があり、帆船が静かな波の動きに合わせてゆっくりと揺れている。


「……まだ何事も起きていないようだな」

「まだ? これから、何か起きるのでございやんすか?」

「起きる可能性がある」


 ギデオンは、集まったゴブリンたちに鉱山の奥であったことを伝えた。

 ランページ・リキッド……すなわちウンディーネと、その住処の関係性。


 リルパの力によって湖を失った彼らが、報復行動に出るかもしれないということ。


「警戒が必要だ。特に海近くにいるゴブリンたちには、高地へと移動するよう伝えてくれ」

「リルパのやったことによって、ランページ・リキッドが怒ったのでございやんすか?」

「そうだ……いや、その可能性があるというだけだが」


 すると、ゴブリンたちは顔を見合わせた。それからギデオンに向き直り、肩をすくめて見せた。


「では、警戒は不要でございやんしょう。それがリルパの意思というのならば」

「な、何……?」

「リルパはリルの子でございやんす。リルパのしたことは絶対であり、それで水の精霊とやらが怒ったというのならば、怒る必然性があっただけのことでございやんしょう」

「ま、待て。ウンディーネは海水を利用するかもしれないんだぞ。湖にあった水の量とは話が違う。最悪、ノズフェッカに大災害が起こる可能性さえある……」


 しかしゴブリンたちは怪訝そうな様子で、ギデオンをじろじろと見つめていた。


「失礼な物言いになってしまいやんすが、たとえ囚人さまでも、リルパのやり方に意見するのは筋違いというものでございやんす。この世界はリルパのものでございやんすよ」


 そのときになって、ようやくギデオンはゴブリンたちの中にある信仰心の強さを思い出した。

 彼らを動かすには、リルパを否定してしまっては駄目だと。


「……リルパは、あなた方の安全を確保したいと思っている。彼女の意思を否定するのか?」

「リルパ、この囚人さまの言っていることは本当でございやんすか?」

「もちろん、本当」


 と、そう言うリルパの声には、どこか凛とした力強さがあった。


「ギデオンはわたしのアンタイオだよ。わたしのことは何でもわかってる」


「あ、アンタイオ? 愛する人(アンタイオ)……ま、まさか……」


 途端にゴブリンたちは、目に見えて狼狽し始める。


「わたしが間違ってたの。ウンディーネを怒らせたのはわたし」

「ご、ご自身の間違いをお認めになられやんすとは……絶対なる存在であるリルパが、ああ、そんな……」


 そのゴブリンはよろよろと後ずさって俯き、頭をかきむしった。

 しばらくしてから、ガバッと顔を起こす……そこにある瞳は、キラキラと輝いていた。


「――何と! 何とすばらしいご成長でございやんしょう! 自己批判の態度を身につけられたということでございやんすね! ああ、リルパ、やはりあなたさまは卑しいわたくしめらどもを導く存在でございやんす!」


 ギデオンはガクリと膝を落としそうになった。

 何という手の平返しだ。彼らは結局リルパの言うことには、どこまでも盲目的らしい。


 ゴブリンたちがギデオンに向ける目にも、途端に尊敬の色が混じり始める。


「ああ、この方がリルパの選んだアンタイオ! ええ、実は初めて見たときから、わたくしめも王たる器だと思っておりやんした!」

「さよう。お二人の関係は、フルールさまから全権を預かる城主代行、ペリドラも認めることでありんす。ノズフェッカの民たちよ、リルパの『旦那さま』であるギデオンさまの命令に従いなんし?」


 ロゼオネの言葉に反応したゴブリンたちが、直立不動の姿勢を取る。


「すぐさま避難勧告を出しやんす! これはノズフェッカの危機でございやんす!」


 その言葉を即座に行動に移さんと、彼らはくるりと踵を返して走り出した。



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