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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
ノズフェッカと水の竜
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メニオールの調査

 ペッカトリアの北東部にある露店溜まりの広場では、毎朝市が開かれる。

 そこには新鮮な野菜や肉などの食材が並ぶが、それらはどちらかというと庶民的な小鬼たちというよりは、大規模な仕入れ業者向けだった。


 この露店広場から一本裏に行った通りの一画に、土中魚業を営むその商会はあった。

 商会主を務める小鬼のクグラニは、いまスカーに扮するメニオールに、ニコニコと愛想のいい笑顔を向けている。


「トバルさまにお作りいただいた録音器でございやんすね? ああ、あれはトバルさまの最高の発明品でございやんす!」

「……最近、その魔法器械(アーティファクト)を使って漁はしたか?」


 訊きながら、メニオールはクグラニをじっと観察していた。


 このクグラニがカルボファントの象牙の密輸にかかわっていたとしたら、土中魚の動きをコントロールできる録音器に関する質問に、何か反応を見せるはずだと思ったからだ。


「もちろん、漁に出かける者には必ず持たせておりやんす。とはいえ、三頭引きの竜車でしか運べないほどの大きさですから、もっぱら近土漁専門でして」

「近土漁? 何だそれは?」

「ペッカトリア近郊で行う漁のことでございやんす」


 普通の魚類の漁でいう近海漁業のようなものか。確かに、土中魚が住むのは海ではなく土の中だが。


「いまの時期、土中魚たちは湿地を嫌って南の砂漠付近に移動しておりやんす。そこまで録音器を運べれば、もっと効率的に彼らを捕えることもできやんすがねえ」

「ともかくとして、その器械を日常的に動かしているということだな?」

「もちろん、そのとおりでございやんす」

「トバルの作った録音器は一つか?」

「ええ。『もっと改良したものを作ってやる!』とあの方がおっしゃられておりやんすように、いまは試作品を使わせていただいておりやんす。しかし、それでも十分すばらしい力を発揮しておりやんす」


 そう答えるクグラニの態度に、怪しいところは見受けられない。


(こいつは密輸に関係してねえのか? まあ、こいつの部下が、象牙を盗んだユナグナと通じてただけって可能性もあるわけだしな……)


 シェリーの管轄地である病院に、あの象牙を飲み込んだ小鬼が運び込まれたのが、確か数日前だという話だった。密輸が行われたのは、その日のさらに数日前だろう。象牙の密輸が行われた日に、録音器がどこにあったのかを知る必要がある。


「いまから一週間前くらいまで遡って、それぞれどの辺まで漁に行ったか教えてくれねえか? 俺もちょっと、野性の土中魚ってやつを見てみたくてよ」

「ああ、あの可愛い魔物に取りつかれるのは、仕方のないことでございやんす! わたくしめも、朝も夜もずっとあの魚のことばかりを考えておりやんす!」

「……可愛い? 最終的には、捌いて肉にして売るんだろ?」

「それとこれとはまた話が別でございやんすよ」


 屈託のない笑みを浮かべながら、クグラニは帳簿を開いて、そこに記載された文字を指でなぞった。


「ここ一週間だと、北東へ一回、南東に一回、南西に一回ほど漁に出向いておりやんすね」

「合計で三回か」

「ええ、一回の漁には最低でも二日がかりでございやんす」

「よし。それぞれ漁を行った場所を、地図に印をつけて示してくれ。こういうのは、プロのやり方をなぞるのが成功への近道だ……あと、漁に向かうときに竜車がペッカトリアのどこを通ったかを教えてくれ」

「それはなぜでございやんすか?」


 甘いトバルの管理している商会の小鬼であるせいか、クグラニは命令に盲目的に従うという感じではなかった。

 こういう商会主の気質が、あの象牙を飲み込んだ小鬼の中に、ついにドグマの圧政に反旗を翻したユナグナの仲間に入らんとする決意を、醸成させるきっかけになったのかもしれない。


「なに、ちょっとした興味さ。その魔法器械(アーティファクト)は大きいんだろ? どうやって外まで運んだのかってよ」

「ああ、なるほど。あれは大通りを通ってしか運搬できやせん。何せ、三頭引きの竜車でございやんすからね! どこに行くにしても、ペットリアにある四本の主要通りを通っておりやんす。そして都市門を出てから、方向転換するというわけでして」


 クグラニは今度、ペッカトリアの地図を取り出した。そして、東西南北に走る大きな道の一つを指でなぞり、一点でピタリと止める。


「……この場所に我々の商会は倉庫を借りておりやんす。そこにある巨大な魔法器械(アーティファクト)を載せたら、まず都市の中央に運び、あとは大通りを通って北のムース大門、東のレプス大門、南のエクウス大門へと向かうのでございやんす。西のアウィス大門の先にはいまフルールさまのお城があるので、お目汚しになるのを避けた方がよいだろうと考えて使っておりやせん」

「なるほど。勉強になった」

「……まさかとは思いやんすが」


 そのときクグラニはハッと何かに気づいた顔になり、訝しげな目をメニオールに向けてくる。


「何だ?」

「まさか、スカーさまは他の小鬼たちを使って土中魚業を始めようとお考えなのでは……? わたくしめはもしや、未来の競争相手のためにペラペラとお話をしてしまったのでは……」

「違う、違う。オレはトバルに頭を下げるなんてまっぴら御免さ。だが、それじゃあ録音器は手に入らねえ。お前たちに録音器なしで競争を挑んでも敵いっこねえだろ?」

「ああ、それを聞いて安心しやんした!」


 クグラニはまたパッと顔を明るくする。


「今日も漁に出かけやんす。スカーさまのご都合さえよければ、漁の様子を見学していただけると、それに勝る喜びはございやせんが」

「いつ出発だ?」

「わたくしめの支度が整い次第でございやんす。つまり、スカーさまとのお話が終わり次第ということでございやんすが」


 メニオールは一瞬だけ考え、すぐに決断した。


「……よし、いますぐ出発だ。オレも漁に同行する」


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