ギデオンの介入
「ほら、てめえら散れ! もう勝負はついた!」
ラスティは広場に集まった小鬼たちに向け、大声を張り上げた。
金属の外套をすり抜け、中のトバルを『苦痛の腕』で一撫でしてやるだけで、勝負はつく。これまでもずっとそうだった。
トバルの操るガーゴイルは、まともに戦えばとても勝ち目のない相手なのだろう。しかし、この魔法の前では、どんなに大きくどんなに硬い身体の持ち主でも膝を折ることになる。
苦痛を知らない生物など存在しないからだ。
「どうだい、シェリー? 言ってたとおり、一瞬で終わっただろ?」
得意になったラスティは振り返り、そこで待たせていたシェリーに声をかけた。
「ええ、そうみたいねえ……あなたが何をしたのかわからないけど……」
「俺の力は誰にも見えねえ。でも、何よりも強力なのさ」
「スカーの力でしょ?」
ラスティは眉をひそめた。スカーが言いふらしているせいか、ラスティがスカーの魔法をコピーしていることは、ペッカトリアの囚人たちの間で周知のこととなっている。
「……そうかもしれねえけど、俺が強いことに変わりはねえだろ? 俺はスカーの兄貴と同じくらい強いってことさ」
「ま、それはそうよねえ」
シェリーはラスティに近づき、腕を組んでくる。
「結構、見直しちゃったわあ。あんなに大きな魔法器械をやっつけるなんてね?」
「今回だけじゃねえ。もう十回以上やってるんだぜ。あのジジイ、てんで凝りやがらねえ」
そう言いながら、いまやラスティはトバルに感謝し始めていた。
初めはデートの邪魔になる最悪のタイミングだと思ったが、これだけ聴衆のいるところで惚れた女に頼りがいのある姿を見せられたのだから、ラッキーだったのかもしれない。
「おいてめえら、これは見世物じゃねえんだぜ! とっとと帰れよ!」
もう一度これ見よがしに大声を出し、シェリーと歩く自分の姿を小鬼どもに見せつける。
ラスティは得意の絶頂にいた。
――そのときだった。
周りの小鬼がどよめきの声を上げ、ラスティは何事かと振り向いた。
「……は?」
空から妙な植物が降ってきている。
それが植物だと思ったのは、幾重にも重なった細い蔓と、大きな緑色の葉が見えたからだ。
しかもよくよく見ると、その植物の中心には、蔓に縛り上げられた人間がいるではないか。
「――ギデオン!?」
シェリーが叫んだ。
自分を捕えた植物ごと、広場の石畳にふわりと着地したその男は、ラスティとシェリーの方に気まずそうな笑顔を向けた。
「やあ、邪魔してすまない」
「だ、大丈夫なの? 妙な植物に巻きつかれているけど……」
「ああ、これは大丈夫。俺が必要のために呼び出しただけだから」
「必要のためって……」
「こいつで空の散歩をしてたところだ。よくやるんだよ」
シェリーはそのとき、何かを思い出したかのように、ラスティからパッと離れた。
「そう言えば、あなたは植物使いだったわよねえ。そんなに獰猛そうな植物も扱えるなんてすごいわ!」
「お、おい、シェリー!」
「……デートは終わりよ、ラスティ。ギデオンに変な誤解を与えちゃいけないじゃない?」
シェリーはひそひそと囁いた。
シェリーが、このギデオンという新入りに興味を持っているのは知っていた。苛立ったラスティはシェリーをぐいと押しのけ、ギデオンの前へと進み出た。
「てめえ、なんの用だ、新入り……」
ラスティは、突然空から降ってきたその生意気な新入りに敵意をむき出しにした。
「ここにいるゴブリンたちと同じだ」
「……何だと?」
「ガーゴイルのファンだ。あんなものは初めて見た」
そう言って、ギデオンはトバルの操る彫像に視線を送る。
「そいつはガラクタさ。たったいま俺にやられちまったところだ」
「空から見ていた。まだ勝負はついていないと思うが」
「生意気を言うじゃねえか……てめえは一度締め上げてやらないといけねえと思ってたんだ!」
ラスティは『苦痛の腕』の一本を伸ばし、ギデオンの腕に触れた。
しかし、彼はくるりとラスティに背を向け、何事も起こっていないかのように、ガーゴイルの方へと歩いて行く。
「あ、あれ?」
ラスティは戸惑った。
なぜ痛がらない? 『苦痛の腕』に触れられているってのに……。
「お前の戦う相手は俺じゃないだろ? 腕をひっこめろ」
そのときギデオンがこちらを見ずにそう言い、ラスティはギクリとした。
「……腕? 腕だと? 何を言ってやがる……」
「お前の腕が俺に触れているのはわかるぞ。痛みはないが、痛覚が刺激されているのはわかるからな」
まさか、この新入りには『苦痛の腕』が見えているのか? しかも、苦痛の力を作用させることができない……?
こんなことは初めてだったので、ラスティはどうすればいいのかわからないまま、ぽかんと呆気に取られて、事態の行く末を見守るに努めた。
「――すばらしい彫像だ! こんなものが動くとは信じられない!」
ギデオンはガーゴイルをペタペタと触り、どこか芝居じみた声を出す。
「どうやって動くんだ! 誰か知っている者はいないか!」
「トバルさまが中で動かしているのでございやんす!」
集まった小鬼の一匹が、彫像に触るギデオンに羨望の眼差しを向けながら答えた。
「何だと! 囚人技師トバルが!」
そう叫ぶが早いか、ギデオンは彫像をガンガンと叩き始める。
「おい、トバル! ちょっと顔を見せてくれ! おーい、トバル!」
「うう、ギデオン……」
彫像の胸部が開き、中からトバルが現れた。瞬間、また広場にどよめきが上がる。
「ガーゴイルの中はああなっているんだあ!」
「すごい、初めて見た!」
「今日帰ったやつは馬鹿だぜ!」
何に熱中しているのかわかりかねるが、小鬼たちは彫像の新たな一面を発見し、口々に喜びの声を上げる。
そのせいで、ラスティはギデオンとトバルが何やらぼそぼそと会話していた内容を、聞き逃してしまった。そして、それからギデオンがトバルの口元に触れたように見えた……。
「ラスティ、邪魔して悪かった!」
振り返ったギデオンは、小鬼たちの歓声に負けない大声でそう言った。
ほどなくして、ふわりと彼の身体が浮かび上がる。
「じゃあ続きを頑張ってくれ。俺は空の散歩を続ける」
「てめえ、何しにきた!?」
「言っただろ? ガーゴイルが気になってきた。もう堪能したから帰る」
大きな植物に巻きつかれた青年が飛び去り――その向こうにあった彫像が、一歩前に踏み出した。
「……ラスティ。勝負はこれからじゃ」
「ちっ、あの新入りのせいで、回復の時間を与えちまったみてえだな……」
いまだに、ギデオンに『苦痛の腕』の力が効かなかったことで当惑していたものの、ラスティは気持ちを切り替え、喫緊の要事であるガーゴイルに意識を集中した。
「けど何度やっても同じさ、ジジイ。てめえが俺に勝つなんて夢物語だ」
「……そう言えば、スカーに許可をもらったことを伝え忘れておった。あやつは、ワシが勝てばお前さんを解放してもいいと言っておったぞ」
「はあ?」
「ワシの魔法の凄さ! いまこそ思い知らせてやるぞ、ラスティ!」
巨大な彫像がものすごい速さで迫り、ラスティは咄嗟に身をかわした。
いまのいままで自分のいた場所に拳が振り下ろされ、石畳が大きな音とともに砕け散る。
「――ワシの勝利を夢物語と言いおったか! チッチッチ! ならば、お前さんを夢の世界に招待してやろう! 力こそパワー!!」
「わけのわからねえことを言ってるんじゃねえ!」
ラスティは叫び、彫像に向けて『苦痛の腕』を伸ばした。
それで、再びこのジジイの勢いは止まるはずだった。




