象牙の行方
スカーに扮するメニオールはシェリーの屋敷で、カルボファントの象牙を飲み込んでいたという小鬼の情報を聞いていた。
「キリンキが残してくれてた医療調書を見たわあ。その小鬼は土中魚の捕獲や養殖をしてる商会に所属していて、商会主の名前はクグラニっていうみたい」
「土中魚か……打ち上げられたやつを見たことあるが、あれは魚というよりイルカとかアザラシとか、あの辺に近い気もするが」
「フルールが地面から呼び出した魔物よねえ? この世界じゃ縁起物だわ」
土中魚は文字通り地面の中を泳ぐ魚であり、昔から死体が地中より掘り起こされるくらいで、生きた姿はほとんどお目にかかれず、この世界では幻の魚と呼ばれていたらしい。
ただ、ペッカトリアに大きな食糧難があったとき、フルールが大地の魔法を使ってその魚たちを地表に引きずり出し、小鬼たちの飢餓を救った。
そのときの出来事があまりに衝撃的だったせいか、小鬼たちはまだ名のなかった『幻の魚』にフルールをもじった名前をつけ、縁起物としていまもありがたがっているという話だった。
「大地の中を泳ぎ回る魔物……知能はどれくらいある?」
「きちんと調教すれば、犬並みにはなるらしいわねえ。人にもよくなつくって」
「犬並みね……そいつは危険だな」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
事態が危惧していた展開を迎えつつあり、メニオールは顔をしかめた。
高い知能を持つ魔物。しかも、普通では手が出せない領域に隠れることができる。
もっと言えば、きちんと調教を施したその魔物に禁制品を飲み込ませ、門のチェックを通らずに都市壁を抜けることも……。
要するに、密輸だ。
物事が段々と繋がってきた気がした。
とはいえ、なぜ土中魚ではなく小鬼が象牙を飲み込んでいたのかは依然として謎だ。
メニオールは、三つの象牙のたどった道を考えてみた……。
ユナグナの着服した象牙は、彼の手を離れて土中魚業者に渡った。魚の腹に隠して、その禁制品をどこかに運ぶためだ。
調教を施せば、という条件がつくくらいだから、おそらくこの密輸には高度に訓練された三匹の土中魚が用意されたはずだ。
しかし、密輸の当日に不測の事態が生じ、三つのうち一つを自分自身が隠さなければならない事態が生じたとしたら……。
「……そう言えば、小鬼はよく口の中に物を隠すな」
「あの子たちの口は大きいもの。『しゃべらないやつは信用するな』。小鬼たちのことわざですってねえ。そういうとき、小鬼は口に何かを隠してるって」
「パンだってひと飲みだ。あいつらはあまり食に対する楽しみがないみてえだ。ペロッと食ってすぐ仕事に取り掛かる。勤労なやつらと言えば聞こえはいいが」
まあ、いまそんなことはどうでもいい。
どういう事情があったかわからないものの、とにかく一つは馬鹿な小鬼が飲み込んだ。
そしてその小鬼は病院に運び込まれ、その腹に入っていた象牙が、シェリーを経由してメニオールの手の内までやってきた……おおむね、こんなとこだろう。
では残りの二つの象牙は、すでに土中魚によってどこかに移動されたあとだろうか?
あるいは計画自体が失敗し、他の小鬼が同じように象牙を隠さないといけない事態になったのか……?
「……シェリー。お前はこれから毎日病院に顔を出して、似たような症状のやつらが運ばれてこねえか確認しろ」
「どうして? カルボファントの象牙を飲み込むなんてイレギュラーが、他でも起こる可能性があるっていうの?」
「万が一のためさ。それに、いまはやることがあった方がお前も落ち着くだろ?」
そう言うと、シェリーはさっと顔色を悪くした。自分の陥ってしまった境遇を思い出したからだろう。
「オレはそのクグラニってやつの商会をあたる。商会を管轄してる囚人は誰だ?」
「トバルよ。技師トバル」
「あの偏屈ジジイか」
メニオールは、器械だらけの身体を持つ小人の囚人を思い浮かべ、少し安堵した。
実のところ、メニオールはこの一連の象牙の事件について、小鬼たちを手引きする囚人がいるのではないかと思っていた。
しかし、トバルはあまりそういう謀略に向かない。
というよりも、興味がないと言った方がいいだろう。彼は何か目的のために器械を作るのではなく、やりたいことをやっていると器械が出来上がっていたという、よくあるタイプの技術者だ。
彼がこの監獄に入れられた話を無貌種のゴスペルから聞いたとき、メニオールは思わず吹き出してしまったことを覚えている。
あの老小人は、裏表のない憎めないやつだ。
とはいえ、彼がはっきり白と決まったわけではない。
こんな狂った世界にいれば、何かしらの野心を抱く可能性もある。
「管轄する商会を調べる以上、トバルにも話を通しておかねえとな。ま、馬鹿なことを考えてりゃ、そのときの対応でわかるはずだ」
「あら、もう帰るの?」
部屋を出て行こうとするメニオールを、シェリーの甘い声が追いかけてくる。メニオールはその声色を不快に思いながら、振り返った。
「……おい、オレには色仕掛けは通用しねえって言ったろ?」
「へえ、そんなに新しいあの子がいいわけ?」
メニオールは、別室にミレニアを待たせていた。彼女をゴスペルのところに戻す前に、この屋敷に立ち寄ったからだ。
「別に? あいつはいい声で泣く。それだけは確かだがな」
甘えるような仕草で胸を指で突いてこようとするシェリーの腕を、メニオールは掴んで止めた。そして、そこに思い切り握力を込める。
「い、痛い!」
「……だろ? で、今夜はてめえがオレの趣味に付きあってくれるってのか?」
「じょ、冗談よ。そんなに怒ることないでしょ……?」
メニオールは、男にすり寄り、彼らを利用して生きる女が、同じ女として嫌いだった。
「……場と相手をわきまえろよ、シェリー。そんなに盛ってるなら、いまからラスティでも呼んでやりな」
メニオールは脅すようにそう言うと、ひきつった笑顔で固まるシェリーをそのままにして、彼女の屋敷を去った。




