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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
恋するリルパ
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『最愛の人』

「ミレニア」


 スカーとの密談が終わったあと、彼に連れられて教会から出て行こうとするミレニアを、ギデオンは咄嗟に呼び止めた。


 振り向いたミレニアの顔には、もうその美しさの大半を覆い隠すマスクが被せられている。


「あんな約束をしておいて、君に不自由をかけてすまない。スカーに何か不満があれば、俺に言ってくれ」

「ありがとう。ギデオン、あなたは優しい人ですね」


 ミレニアに言われると、ギデオンは何だか照れ臭くなった。


「俺は罪人だ。優しくなんてない」

「この監獄に入ったのはわざとでしょう? 犯すつもりもなかった罪を意図的に作って」

「いや、俺は本当に国家をひっくり返そうとしたんだよ」

「……()()()()


 ミレニアの目に、悲しそうな色が宿る。


「ではフォレースはあなたにとって、満足の行く国家ではなかったということですね……」

「不平等が蔓延し、上でのさばる貴族たちのやり方に民は怒りを覚えている。王は弱く、かつての威信を示せない。いつか、誰かがやらなくてはいけなかった」


 もちろん、その誰かはギデオンではなかったが。


 師とフォレースを歩き回り、国への不満はいたるところで聞いた。

 しかし、実際のところギデオンは国のことを憂う余裕などなかった。妹のオラシルのことで頭がいっぱいだったからだ。


「俺には叶わなかったが、誰かがフォレースを変えてくれることを願うよ」

「あなたが象牙で救いたいという人は、東国カエイルラの姫君でしょう?」

「カエイルラ? いや」


 突然、ミレニアが思わぬ言葉を発し、ギデオンは戸惑った。


「どうしたんだ、急に?」

「カエイルラの姫はいま呪いに冒されているという噂です。あなたは彼女のために象牙が必要なのではないのですか?」

「その国に姫がいるということ自体を知らなかったが」


 本心だった。ギデオンがカエイルラで知っていることと言えば、確か瞳術師のキャロルの出身国がそういう名前ではなかったか、ということくらいだ。


「カエイルラとフォレースはいまでこそ同盟国の体裁を取っていますが、昔から国境をめぐって紛争が絶えない間柄でした。フォレースを打倒するために、あなたがカエイルラの君主を主人に選んだのかと思ったのです」

「残念ながら違う。俺はそこがどんな国であるかも知らない」

「……そうですか」

「行くぞ、リーシア。十分だ」


 そのとき、スカーが二人の会話に割って入った。


「そう残念そうな顔をするな。ギデオンにはまた会わせてやるさ」

「い、いえ私は……」

「必ず会わせろ。お前がミレニアを連れてこれなくなったときが、俺たちの縁の切れ目だ」

「お前の騎士さまは随分と勇敢なことだな」


 顔を赤くするミレニアを連れ、スカーは教会から去っていった。


 もう日は暮れかかっている。

 今日一日歩き回っていたため、夜を明かす場所すら探していなかったギデオンは、スカーの許可を得て、教会の一室に泊めてもらえることになっていた。


 別に野宿でもよかったが、石化したハウルを道端に置いたまま眠りこけるのは、どうも性に合わなかった。


 昨夜も会った教会長の老ゴブリンは、ギデオンに暖かい食事を用意すると、それからしばらく話し相手になってくれた。


「わたくしめは、トフィッグと申しやんす。紹介が遅れやんした」

「俺はギデオンという。不便をかけてすまないな」

「不便などとはとんでもございやせん! 囚人さまのお世話をさせていただけるのでございやんすから、身に余る光栄にございやんす!」

「いや、昨日と今日で仕える主が変わってしまっただろ? アルビスを殺したのは俺だ」

「アルビスさまももちろん偉大な方でございやんしたが、スカーさまもそれはそれは立派な方でございやんす。不便などとは、決して……」


 トフィッグは恐れ多いとばかりに頭を下げる。


「あなた方が本当に仕えたい相手は、囚人ではなくリルパだ。そうだろ?」


 するとトフィッグは顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。

 その名前を聞くだけで嬉しいといった様子だ。


「リルパは信仰の対象であって、主人というわけではございやせんよ。彼女を主人と呼んでいいのは、彼女の城で働く女中の小鬼だけでございやんす」

「城だと? リルパは城に住んでいるのか?」

「そうでございやんす。ぐるりと都市壁に覆われたこの街からでは見えませんが、確かいまの時期は……西のアウィス大門から出て少し行ったところに、フルールさまの動く居城が建っているはずでございやんす。リルパはいま、そこに住んでいるのでございやんす」

「ちょっと待ってくれ。その言い方だと……その城は移動するのか?」

「もちろん。動く居城でございやんすからね」


 いまトフィッグは、それをフルールの城と言っていた。

 

 魔法が当たり前になった現代においても、フルールは『魔女』と呼ばれるぐらいだし、おそらくよほど巨大な力を持っていたのだろう。城を動かすくらいはわけないのかもしれない……。


「となるとフルール亡きあと、リルパがそれを押収して使ってるというわけか」

「亡きあと?」


 トフィッグはきょとんと目を丸くする。


「フルールさまはご存命でございやんすよ?」

「……え?」


 今度驚いたのはギデオンの方だった。


「フルールが死んで、ドグマの時代がきたんじゃないのか? 俺はてっきりそういうものだと思っていたが……」

「いえ、いえ、まさか! フルールさまが死ぬことなど、他の誰が望もうとも――たとえフルールさまご本人がお望みになられようとも、不可能でございやんす。彼女は他ならぬリルパのフレイヤでございやんすから!」

「……フレイヤ?」

「ああ、もうしわけございやせん。リルパが彼女をそう呼ぶので、ついうっかりと! 『フレイヤ』とは、我々卑しい小鬼たちの言葉で、『最愛の人』を指す言葉なのでございやんす」


 それを聞いて、ギデオンはハッと息を呑んだ。

 スカーが言っていたことを思い出したからだ。


 ――あいつは生き物の血を主食にしてて、とりわけ人間の血が好きでな。リルパにとって大事な人間というのは、『美味しい人間』と同義ってことだ。その中でも、もっとも気に入ってる味を持つ人間……その泉を枯れさせないようにと、リルパはその人間を生きながらえさせてる。


 美味しい人間。

 最愛の人。


 リルパがカルボファントの象牙を使い、その身体から呪いを取り除き続けてでも生かしたいと考える存在。


 それこそが、魔女フルールだったのだ。


 ギデオンは青ざめた。


「なんてこった……魔女フルールでさえ、リルパの餌か……?」

「餌と言うと少し語弊がございやんすが、リルパは生まれてからこの方ずっとフルールさまの血が大好きなのでございやんす。フルールさまの身体は、すばらしく魔力に溢れておられやんすからね」

「フルールはいまどこにいる?」

「もちろん、フルールさまのお城に決まっておりやんす。そこはいま、リルパの愛の巣でございやんすから」


 怪物の餌として自分の居城に囚われ、生かされ続けているフルール。

 彼女の境遇を思うと、ギデオンは背筋が凍りつく思いだった。



「噂、世間話? 陰口かも……人のいないところで、何か二人がこそこそ言ってる……」



 そのとき部屋の入り口の方から、二度と聞きたくもないあの舌っ足らずな声が響き、ギデオンは心臓が口から飛び出すかと思うほど驚いた。


「ああ、リルパ!」


 トフィッグが、嬉々とした叫び声を上げた。

 彼の視線を追うと、そこにリルパの姿を見つけることができる。


 彼女は入り口から顔の半分だけを出し、こっそりと部屋を覗き込んでいた。


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