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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
ゴルゴンの瞳
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大気の魔法

 自分の力の本質を言い当てられ、ヤヌシスは降参とばかりに両手を上げた。

 

 瞬間、自分を中心に風が巻き起こり、大気中に散布していた花粉を吹き飛ばす。


「お見事デス……やはり、あなたをここに招き入れてよかった」

「そうか?」

「ワタシの力は、誰にも知られてはいけないのデスよ。あなたがあのスギの木に目をつけたとき、万一に備えてここに誘い込んでよかった。力を他の囚人にまで広められてしまうと、後々厄介なことになるかもしれませんからね」

「しかしそうやって、お前にとっての死神を招き入れてしまったわけだが」

「あなたは不遜デスね、自分を神になぞらえるとは」

「メフィストよりはマシだ。あんなものは、ただの低俗な悪魔に過ぎない」

「――ワタシのメフィストに対し、侮辱は絶対に許さない」


 怒りとともに、ヤヌシスは大気を操った。


 途端に、ギデオンが首元を押さえてよろよろと後退する。

 そんな男の無様な様子を見て、ヤヌシスは大いに溜飲を下げた。


「あなたはもうしゃべれない。胸の中に、空気を取り込むことができないからデス。ワタシが愚かなあなたに代わって、先ほどの発言の間違いを正してあげるなら、ワタシの魔法は風ではなく空気。本質を知るには、あまりに身近にあり過ぎるものデスよ」


 顔を真っ赤にして殴りかかってくるギデオンを、ヤヌシスはひょいと躱した。


「ふっふふふ……無呼吸でどこまで戦えますかね? ()()()()()()()()()()()()人間など存在しない」


 舞い上がった風に乗り、ヤヌシスは空中に身を投げ出した。

 ふわりと宙に舞った自分は、まるで神の使いのようだと思った。


「ワタシをイライラさせた罰をあげるのデスよ、ギデオンさん。昔から天気は女の気持ちに喩えられてきたでしょう? ワタシはいま低気圧――いわゆるご機嫌斜めデス!」


 無尽蔵の空気の刃が飛び、ギデオンの身体を切り裂いていく。


 男が膝をついて隙を作ったのを感じた瞬間、ヤヌシスは大気の塊を背に受け、すさまじいスピードで上空から一気に距離を詰めた。


 気圧を乗せた足蹴りが顎にヒットし、男の脳をグラグラと揺らす。


 完全に勝負を決した一撃だ――並みの者が相手なら。

 ヤヌシスはここで手を抜かず、さらなる攻撃を繰り出した。


 上空に飛び上がり、距離が離れたときには空気の刃を放ち、隙ができれば爆発的な加速で距離を詰め、直接攻撃を叩き込む。


 さらにヤヌシスは先ほどから、ギデオンの近くの大気を操作し、彼が呼吸のできない状態を常に維持していた。


 平常時なら十分以上息を止められるような者でも、このように攻撃を受け続け、また気を張り続けた極度の緊張下ではすぐに限界が訪れる。


 ギデオンがうずくまり、ぶるぶると痙攣するのを感じて、ヤヌシスはほくそ笑んだ。


 彼はいま強く発熱しており、死に瀕して身体が防衛本能を働かせているのだと思った。

 悠然と上空から見下ろすと、ギデオンの姿がこれ以上もなくちっぽけな存在に見える。


「本気を出したワタシに、勝てる者などいないのデスよ。いずれはあのリルパもこの神殿に加えて見せましょう。神の子……そして、ああ……本当に『美しい』子……きっとメフィストも喜んでくれるはず」


 リルパの名前にぴくりとギデオンが反応し、ヤヌシスはさらに笑みを浮かべた。


 おもむろに、空気の刃を飛ばして男の身体に直撃させる。

 普通ならきっと苦悶の声が聞けただろう。だが、いまのギデオンは音を完全に失っていた。


「あなたも怖いでしょう? あの秩序の化身が。ワタシも怖いデスとも……しかしそれ以上に愛おしい。いずれ、彼女(・・)()時間(・・)()止めて(・・・)みせます(・・・・)


 ギデオンが顔を上げる。彼がいまどんな表情をしているのか見えないのが、この瞬間だけは残念だった。


「ああ、あなたは何が言いたいのデスかね? 話せないのは面白くありません。ワタシはおしゃべりが好きなんデスよ。子どもたちと一緒に毎日おしゃべりするのは、本当に心が洗われる思いデス。しかし、いまは我慢のとき……あなたが悪いんデスよ、ギデオンさん? あなたがワタシを怒らせるからいけないんデス。結果として、ワタシはさらに不快になる」


 ヤヌシスは指をピンと立て、その先に空気を圧縮し始めた。


 パイロ・クリプトメリアの花粉に頼らなくても、ヤヌシスは大気中に爆発を起こすことができる。極限まで圧縮した空気を、一気に解放することによって。


 その威力は、植物の放つ炎とは比べ物にならないほど強い。


「これはワタシのとっておきデスよ。と言っても、この場所では本気で使わないので安心してくださいね。精々、身体の一部が消し飛ぶくらいデスから!」


 うずくまるギデオンに向け、ヤヌシスは圧縮した空気を放った。

 右腕に着弾した空気の爆弾は、凄まじい轟音を立てて男の腕を吹き飛ばす。


「ふ……ふふふ、いけませんね。ワタシに嗜虐的な趣味はないのデスが、これはこれでいい気分デス。暴かなければよかった力を暴いてしまったばかりに、苦しむはめになる愚か者。これほどザマーミロなやつはいませんよ。滑稽デスね、ギデオンさん! さあ苦しんでください……四肢というくらいだから、あと三回はね!」


 ピット器官がギデオンの体温の変化を伝える。

 吹き飛んだ腕に熱が集中し、他の箇所が急激に冷えていく。


 もう一度獲物の遥か上空で、空気の圧縮を始めたヤヌシスは、またギデオンの身体に起こった体温の変化に気づいて、おやっと思った。


 右腕に集まった熱が、伸びて(・・・)いる(・・)


 千切れ飛んでないはずの箇所に熱が集まっていき、その先が五本に分岐する。その熱のかたちは、手の指のように見えた。


「……は?」


 再生している……? 千切れ飛んだ腕が……?


 ヤヌシスが違和感を覚えたのはそのときだった。

 さらに言えば、ギデオンの体温は全体的に上昇していた。身体の防衛本能としてはあまりに過剰な発熱だ。


 その熱が上昇し――さらに上昇していくのを感じて、ようやくヤヌシスは由々しき事態であることに気づいた。


 ギデオンが立ち上がる。

 その体躯は、依然としてぶるぶると震えている。


 彼の身体に異常が発生していることは間違いない――が、なぜだかヤヌシスには、それが自分の与えたダメージによるものではないという確かな直感があった。


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