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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
ゴルゴンの瞳
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石化の病魔

「ヤヌシスさま! そのお声はヤヌシスさまですね!」

「目を開けてはいけないデスよ、ランプル。いまはお祈りの時間デスからね」


 嬉しそうに声を弾ませるランプルに、その女は愛しげに声をかけた。


 ハウルは、目の前にいる女がヤヌシスと呼ばれたことに、少し驚いていた。

 てっきりその囚人は、男なのだろうと思っていたからだ。


「それじゃあ、ハウルには救いをお与えになったんですか?」


 驚くように、あるいは嫉妬するように、ランプルが甘えた声を出す。


「ずるいわ! ハウルは今日きたばっかりなのに! 私はいつメフィストさまのところに行けるの?」

「あなたの美しさはまだまだ損なわれていないのデスよ、ランプル。デスが、こちらのハウルは、もはや一刻も猶予のない状況……」


 ぞくりとする視線に貫かれたまま、ハウルは立ちつくしていた。

 

 震えが止まらない。

 身体が重い。そしてその感覚は、さらにひどくなっていく。身体が、重くなっていく。


 心臓の鼓動がゆっくりに感じられ、胸が苦しくなってくる。


「て、てめえは……?」

「笑いなさい、ハウル。そんな苦悶に満ちた表情で、永遠への旅へと向かうつもりデスか?」

「な、何だと……?」


 自分の身体を動かせない。もはや指先さえ……。

 こういう現象について、ハウルには一つ心当たりがあった。

 

 ――石化症。


 バジリスクやコカトリスという魔物、あるいはゴルゴン種の人間が持つ瞳に宿るという、病魔の力だ。


「そうか、てめえは……ゴルゴンか……」

「いかにも。そしてあなたの身体から、永遠に『醜さ』を取り除くものデス」


 立ちすくんで固まるハウルに、ヤヌシスはゆっくりと近づいた。


「可愛い子……『美しい』子……間に合ってよかった。あなたの話が、囚人たちの会議で今日議論に出ましたよ。でも、安心して大丈夫デス。あなたはワタシが守ってあげますからね。この場所で、永遠に……」

「く、くそっ……」


 すでに、口が満足に回らなくなっている。

 ハウルの顔を優しげに撫でたあと、ヤヌシスは持っていた布を自分の顔に巻いて、瞳を隠す。


「……さて、ランプル、もう目を開けていいデスよ」


 その言葉を待っていたとばかりに、ランプルはパチリと目を開いた。


「ああ、ハウル、羨ましい……あなた、ヤヌシスさまの瞳を見たのね? ずるいわ! ね、ヤヌシスさま、私はいつ? 私はいつお目にかけてくださるの?」

「もちろんあなたの時間から、美しさが陰り始めたらデス。それまではメフィストではなく、ずっとワタシのそばにいなさい。いいデスね?」


 そう言って少女を抱き締めるヤヌシスの様子を、ハウルは薄れる視界にとらえていた。


 狂っている。


 こいつを中心にできた世界は――いや、こいつが自分を中心にして作り上げた世界は――大きく歪んでいる。


「はい、ヤヌシスさま……」


 うっとりと笑みを浮かべるランプルの顔から視線を動かせないまま、ハウルの意識は闇に落ちて行った。



 ※



 歓楽街のゴブリンに道を教わったギデオンは、ヤヌシスの住まいへとやってきた。


 敷地は高い塀でぐるりと覆われており、その塀の近くでは普通に歓楽宿が営業している。

 こんなところで育つ子どもがいたとしたら、きっと性に対してただれた価値観を持つに違いない、とギデオンはどうでもいい心配をしてしまった。


「さて、どうするか」


 そう一人呟いたものの、取るべき行動は決まっていた。正当な入口である門は右方の遥か先に見えていたが、そこから客として招かれるつもりはなかった。


 腕から蔦を生やし、塀の上部に向けて伸ばしていく。そして塀の飾り細工にしっかりと結びつけると、蔦を頼りに塀をよじ登った。


 塀の上から敷地内に目をやると、庭には木々が雑然と植えられており、屋敷まで身を隠して進むことができそうだった。


(しかし、あの女が言っていた神殿というのはどこだ?)


 最初にメフィストに捧げられた神殿は、地下空洞に造られたという話を思いだし、ざっと辺りを見渡したものの、それらしい入り口は見当たらない。


 となると、やはり屋敷の内部に地下に続く場所があるのだろうか。


 ギデオンは蔦を伸ばして塀をゆっくりと降りると、木々に身を隠して屋敷まで進んだ。


 すばやく勝手口を見つけ出し、どうやって入るべきかと悩んでいると、そこから女性と思われる奴隷が出てきた。こういうとき、身分を現す足輪は便利だ。


 マスクをつけた彼女は、幼いゴブリンと一緒にいた。いや、よくよく見るとそれはゴブリンではなく、外の歓楽街で見たようなゴブリンと人間の混血児のようだった。


 それも、まだまだ幼い。


(そう言えばさっきのゴブリンは、混血児はここで生まれると言っていたな。なんとも可愛いらしいじゃないか……)


 そのとき、混血児の大きい目がギョロっと動き、ギデオンの方を見た。


「先生、アソコニ人イルー」

「え? なんですか、ララ」


 そのあまりの愛くるしさにやられ、少し身を乗り出しすぎたかもしれない。ギデオンは自分が完全に失敗してしまったのを悟り、木の後ろから姿を現した。


「やあ、こんにちは。その子はあなたの子ですか。可愛いですね」

「しゅ、囚人さま……!? な、なぜこのような場所に!?」

「ヤヌシスに招かれたのです。本当は明日来る予定だったのですが、待ちきれなくて」


 ギデオンがララと呼ばれた混血児の頭をなでると、どうやら女の子であるらしいララは、くすぐったそうに目を細めた。


 奴隷女は慌てた様子でララの手を引いて座らせ、その横に勢いよく平伏した。

 そしてしばらくしたあと、かすれ声を出す。


「ヤ、ヤヌシスさまのご客人でしたか……しかし、案内のものは何をやっているのでしょう? 囚人さまをこんなところでお一人にして……」

「庭を見せてもらっていたんですよ。ヤヌシスとは、神殿で待ち合わせています。それがどこにあるか、あなたはご存知ですか?」

「中庭にある祠から行けますが……ヤヌシスさまがいらっしゃらないと、確か先へと進めなかったのでは……いえ、私も祠の先へ進んだことがないのです……」

「そうですか。では、その中庭はどこに?」

「お、お屋敷に入ればすぐおわかりになると思います……お屋敷は中庭をぐるりと囲むように、建てられておりますので……」

「わかりました、ありがとうございます――あ、そうだ、もう一つ」


 ギデオンが言うと、奴隷女は恐る恐るといった様子でマスクを被った顔を上げる。


「な、何でございましょう?」

「犬のような耳を生やした少年を見ませんでしたか? 俺の囚人奴隷なのですが、なかなかの暴れ者で! ……少し、しつけをヤヌシスにお願いしていたのですが」

「はあ……先ほどランプルさまと一緒にいらっしゃいましたが……」


 ギデオンは片眉を上げた。

 スカーの情報は正しかったらしい。やはり、ハウルはここにいるようだ。


 彼が迷い込んだのが昨日の今日だからだろう、まだ戒厳令は敷かれていない様子なのが幸いした。早めに行動して、正解だったということだ。


「……ありがとうございました、では」


 ギデオンは彼女に礼を言い、立ち上がってペコリと微笑ましくお辞儀をするララに手を振ってから、勝手口に向かった。


 入ってしばらく歩くと長い回廊が現れ、確かにいましがたの奴隷女の言葉どおり、そこから中庭が見える。


 ギデオンはそのとき、中庭の祠から出てくるヤヌシスの姿を見つけた。

 もうここまで来て、いまさら姿を隠す必要はないだろう。


「ヤヌシス!」


 吹き抜けになっている場所から中庭に出ると、ギデオンは彼女に呼びかけた。


「――え、ギデオンさん……どうしてここに?」

「あんたに会いたくなって来たんだ。明日も今日も同じだろ?」

「そんな……困りますよ。ワタシにも都合というものがあるのに……」


 頬を赤らめて、ヤヌシスはもじもじと身体を揺らし始める。

 しかしギデオンは、そんな芝居じみた女の態度に付き合わず、祠を指差した。


「そこがメフィストの神殿へ続く入り口だろ?」


 すると、ヤヌシスの動きがピタリと止まった。


「……そうデスが?」

「約束どおり、アダメフィストをやろう。中に案内してくれ」

「それは困りますね……神殿には、一日に何度も足を踏み入れていいものではないのデス。いま、メフィストには参拝を済ませたところデスから」

「硬いこと言うな。ご神木を供えてくれる人間なら、メフィストも歓迎してくれるさ」

「……お帰り下さい、ギデオンさん。そもそも、どうやってここまで入って来たのデス? 今日は客人を通すなと、門番には伝えていたはずデスが」


「ハウルはどこだ? ヤヌシス」


 ギデオンが言うと、ヤヌシスの周りに漂う空気が変わる。


「……何の話です?」

「ここにいるんだろ? ひょっとしてもう石化して、邪神に献上していたりするのか?」


 ゴルゴンたちが邪神に供えるのは、人間だ。メフィスト神殿と思われる遺跡が発掘されるたび、そこから膨大な量の石化した人間が掘り起こされてきた。


 ギデオンはそれからちらりと、中庭に立つ背の高い針葉樹を見上げた。


いい(・・)()()()? アダメフィストの代わりにする気か?」

「……あなたはどこまで知っているのデス?」

「何も? 俺はお前について何も知らない。石化の力を持つゴルゴンと言うだけで、他にどんな力を持っているのか、どんな性格なのか……あとはどんな男が好みなのか、とか?」


 ギデオンはニヤリと笑ってヤヌシスに近寄り、彼女の顎を撫でた。


「……だからこそ興味がある。誰の邪魔も入らないところで、話し合ってみたいものだ」

「……あなたはワタシの好みではありませんよ、ギデオンさん」

「さあ、そいつはどうかな? 意外と気に入るかもしれないぞ」

「……わかりました」


 観念した様子で踵を返すと、ヤヌシスは祠の鍵を開けた。


「……中へと案内しましょう。しかし、何があっても知りませんよ」

「構わない。それにそれは、こちらの台詞でもあるわけだから」


 振り返ったヤヌシスは、依然として両目を隠していたが、ギデオンはそれでも身体中を刺し貫かれるような、強力な殺気を感じた。


「そんなにカッカするな。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ」

「ワタシは『醜い』。同様に、あなたもね……」


 そう言うヤヌシスの身体からは、まるで視覚化された敵意が放たれているようだった。


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