新しい朝
死体置き場の裏手にある火葬場にて、囚人奴隷たちの火葬が終わった。普段なら何日か死体は保管されるのだが、その日に出た死体はすぐに処理するようにとの命令だった。
この場所の管轄者を務めるスカーは残忍さで知られており、そこで働くゴブリンや囚人奴隷、奴隷たちみんなから恐れられている。
ゴブリンのブーファも、スカーを敬い、恐れる一匹だ。スカーの命令は絶対であり、それに背くことは死を意味すると、周りの者たちには徹底的に教育してきた。
囚人奴隷たちの骨を教会墓地へと運ぶ時間になると、ブーファは骨の入った木箱と、運搬役の奴隷を竜車の荷台に乗せた。
「運搬の仕事があるまで、出てくるな。わかったな」
「……はい、ブーファさま」
弱々しい声を出すその奴隷は、女のようだった。フードを被り、マスクで顔を隠しているため性別が判らなかったが、声を聞けば流石にわかる。
通り過ぎていく街の風景にぼんやり目をやっていると、ブーファは背後に何者かの気配を感じて振り返った。
運搬の仕事があるまで荷台から出てくるなと、奴隷にはしっかりと伝えたのに。もしその命令を破ったのなら、罰を与えなければならない。
「……よお、仕事は順調か?」
しかしそこにいたのは、スカーだった。相変わらず大きな傷を顔に抱くその男は、荷台から御者席にやってくると、難儀そうな態度でブーファの隣に腰を下ろす。
「ス、スカーさま!? なぜこの竜車に!?」
「てめえがちゃんと仕事をしてるか気になったのさ。抜き打ちチェックってやつだ」
「と、とんでもございやせん! わたくしめはいついかなるときも、スカーさまの忠実な手足でございやんす!」
「冗談だよ……今朝、オレの女を焼いちまっただろ? あれがいい女でな……何か形見になるようなもんが焼け残ってねえかと思って、荷台に潜り込んで箱の中を色々と物色してたのさ」
「に、荷台の中には奴隷がおりやせんでしたか?」
「あのフードを被った奴隷女か? 降りてもらったよ」
「降ろした? い、いつでございやんすか?」
「出発する前さ。あいつらは辛気臭くていけねえな。顔をこそこそ隠して、誰が誰なのかわかりゃしねえ。お前もそう思うだろ、ブーファ?」
奴隷の顔についた傷やそれを隠すマスクは、主に拷問好きなスカーのせいであることが多いのだが、ブーファはそんなことを指摘するほど馬鹿ではなかった。
「も、もちろんでございやんす。あいつらには、身体に管理番号でも刻んでやればいいのでやんす。ところでスカーさま、お目当てのものは見つかりやんしたか……?」
「いや。何も見つけられなかったよ。こんなオレは女々しいやつだと思うか?」
「い、いえ……決してそのようなことは」
「なあ、ブーファ、焼かれても死なない生物っていると思うか?」
スカーは、突然そんなことを言い出す。
「そのような生物はいないと思いやんすが……」
リルパを生物に含めていいのならば、話は別だけれども。ブーファがそんなことを考えていると、スカーは大声で笑い出した。
「ハッハッハ! そりゃそうだわな! いるわけねえ!」
「ただ、スカーさまは焼かれても生きておられそうでやんすね」
それはお世辞のつもりだったが、スカーが眉をひそめ、ブーファは慌てて言い繕った。
「も、もちろん、それだけ強大なお力をお持ちということでありやんす……炎に負けず、風にも負けず!」
「あたりめえだろ。……まあ、そのことはいいさ。教会で骨箱を下ろしたら、この竜車をボスの宮殿に向けろ」
スカーが話を変えたので、ブーファはホッと息を吐いた。
「ドグマさまの宮殿へ? そう言えば、あの方も今朝スカーさまを探しておりやんした」
「昨日、囚人が二人死んだ。ラーゾンとアルビスだ」
「なんと! 敬愛すべき囚人さまがお二人も……」
「それ自体はどうでもいい。だが、やつらの管轄地を振り分けなきゃならねえ。教会と墓地はオレがもらってもいいな。面倒くさいだろ? 死体置き場と火葬場がオレの管轄で、埋葬先が他のやつの管轄なんてよ」
「おっしゃられるとおりでございやんす!」
「他の囚人どもが欲をかく前に、オレがボスに意見を通す。急げよ」
その朝ブーファは、仕事中ずっと隣から重圧を感じたまま過ごすことになり、普段よりもどっと疲れ果ててしまった。
※
ギデオンが病院のベッドで目覚めると、そこにリルパはいなかった。
ゴブリンのキリンキによると、リルパは自由奔放で、ひとところにじっとしていられない性格らしい。
「そんなにやきもきされずとも、どうせすぐ現れてくださいやんす。ギデオンさまはリルパに舌鼓を打たせやんした、数少ないお方でやんすから」
「会いたいわけじゃない。可能なら、二度と目の前に現れて欲しくもない」
「リルパに血を捧げられる幸運を、ご理解しておられやせんね。それはリルパ……ひいてはその父であるリルと一体になれるということでやんす。ゴブリンたちの見果てぬ夢でございやんすが……」
壮大な文化の違いに、ギデオンは大きく戸惑った。うっとりと中空を眺めて固まるキリンキの意識を、別の質問で引き戻す。
「ここにハウルがいたはずだ。他に五人のけが人も。会わせてくれ」
「もうおりやせん」
「いない? では、どこに行った?」
「そのことについては、ドグマさまに直接聞いて欲しいでございやんす。我々は、命令を果たしただけでございやんして……」
嫌な予感がむくむくと鎌首をもたげてくる。昨日ギデオンがアルビスに襲われたように、他の新入りたちの身にも何かあったのかもしれない。
「病院の前に竜車を用意しておりやんす。それで宮殿に向かわれるとよろしいかと」
「すまない。世話になった」
ギデオンはベッドから飛び起きると、すぐに白亜の建物から出て竜車へ向かった。
竜車の中には、女が一人乗っている。青痣だらけの女は、ギデオンを見ると口笛を吹いた。
「あらあ、いい男じゃない。あなたがギデオン?」
「そうだ。あんたは?」
「シェリーよ。一級身分の囚人で、この病院を管轄しているわ」
「あんたもいまから、ドグマのところに行くのか?」
言いながら竜車の座席に腰を下ろすと、向かいに座っていた女はわざわざギデオンの方に座り直して腕を組んでくる。甘ったるい匂いがした。
「そう。大規模な囚人会議があるのよお。昨日、二人も囚人が死んじゃったからね。二人ともあなたが殺したそうね、ギデオン?」
「ラーゾンとアルビスのことか? 不可抗力だ」
「怖いわあ。あなたの担当にならなくてよかった」
「何だと?」
「あなたがこの病院にいたままなら、私があなたに殺されていたかもしれないわね。私にも、新入り殺しの依頼がきたんだから」
それを聞き、ギデオンは女の腕を振り払った。
「……ハウルたちはどうした?」
「ちゃんと私の無残な成りを見なさいよお。あの坊やに手痛い反撃をもらってこの様ってわけ。あの子は化け物ね。私の代わりに五人を殺したあと、私も痛めつけてどこかに行っちゃったわ」
「五人を殺した? ハウルが?」
「そうよお。あの子は人の皮を被った悪魔! 恐ろしい化け物! 私も、いま生命があるだけでも感謝しないといけないわね……」
「嘘を吐くな!」
ギデオンは女の胸ぐらを掴み、ぐっと締め上げた。
「あ、あなたはあの坊やの何を知ってるっていうのよ、ギデオン! あれは人間じゃないわ! きっとこの街の脅威になる! 私は今日、ボスにあの化け物の駆除を頼もうと思っているんだから!」
「勝手なことを言うな! お前たちから仕掛けたから、ハウルは反撃した! そうだろ!」
「あなたも早く、ここでのルールを理解しなきゃいけないわ。この街では個人的な恨みつらみよりも、命令で人は動くもの……そうしないと自分の身を守れないのよ。敵も味方もないわ。あるのは、そのときどきの都合ってだけ……」
「じゃあ俺は俺の都合で、いまお前を殺してもいいわけだ?」
「ま、待って! 少しは落ち着いて、ギデオン! あなたがあの坊やにそんなに肩入れする理由は何なの? あの子の本当の姿を見たことがあるの?」
「……本当の姿?」
「と、とにかくこの手を離しなさい!」
顔を真っ赤にして叫ぶシェリーを睨みつけたまま、ギデオンはようやく彼女の胸ぐらから手を離した。
「……あの子はキメラよ。それも、変貌するキメラ。あんな生き物、見たことがないわ……」
「あいつは獣人だ」
「そう見えるかもね。でも月夜の下では違うわ。とんでもない狼の化け物! ……ひょっとしたらあなたも、あの場に居合わせなくて命拾いしたのかもしれないのよ」
それを聞いて、ギデオンは眉をひそめた。
月夜の下? 変貌?
ハウルとは、この監獄に入ってからの短いつき合いだが、彼が口の悪さほど性根の悪いやつでないことぐらいわかる。とはいえ、それは彼が人間に見えていたときだけだ。人間とまったく異質なものに変貌してしまうとしたら……。
ハウルはおそらく成人していない。にもかかわらず、この監獄に入れられたのにはよほどの理由があるのだろう。その理由が、彼の本性にあるとしたらどうだろうか。
「……あいつには、きちんと事情を聞いておくべきだったかもしれない」
「そんなにあの子が気になるなら、ボスに相談してみるといいわあ。ボスは昨日のことに関して、私たちの間にあったことを全て水に流すって言ってるの。私もしくじったから、きっと罰を受けると思ってたのに、寛大よねえ」
「ドグマが寛大だと?」
「そうよお。あなたも今日から、私たちと同じ一級身分の囚人なんだから、寛大なボスには絶対逆らわないことね。ここでは何かが起こっても、それが命令によるものなら恨みっこなし。あなたもそのうち、誰かを殺すように命令されるかもしれないわ」
「命令に背いたら?」
「もちろん、ボスに殺されることになるでしょうね。彼には力がある。その力が及ばない者に対処する方法も持ってる。この世界を治める秩序の化身をね」
「……リルパか」
「あら、もう知ってた?」
シェリーはそう言うと、もう一度ギデオンの腕に自分の腕を巻きつけた。
「仲良くやりましょう。ここでは、私たちの生命は平等よお。高い山も低い山も、遥か空の上から見下ろせば変わらないわ。あなたと私は同じなの。わかる?」
その言葉で昨夜体験した圧倒的な力を思い出し、ギデオンはゴクリと喉を鳴らした。




