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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
最終章 遥かなる旅路
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神々の戦い

 リルパの身体に、赤い紋様が浮かび上がってくる。

 マナの座が開かれ、未現なるマナの世界から、膨大なマナが溢れこんでくる。


 土煙の舞う空間には、いま二柱の神によるマナの流出点があった。


 一つはメフィスト。もう一つは、リルパだ。


 その身にメフィストを宿らせたことで、フェレシスはこれまでに覚えたことのない圧倒的な全能感を味わっていた。

 あれほど恐ろしい存在だったリルパが放つプレッシャーも、いまでは平然と受け流すことができる。


 フェレシスは大気に力を込めた。一瞬にして竜巻が起こり、リルパに向かってゆっくりと進んで行く。


「さあ、リルパ! あなたが『意膜』に頼らずにどこまでやれるか、見せてもらいましょうか!」


 彼女を破壊し尽くし、その身に宿るマナの座を奪う。そうすることで、二つのマナ流出点は混じり合ってより大きな穴になり、「メフィスト」という組織は安定するようになる。


 それこそが、メフィストの巫女である自分の役目だ。メフィストのマナの座を安定させれば、今後は、贄など必要としなくてもその門を開くことができるようになるだろう。


 リルパは迫りくる竜巻に向け、拳を突き出した。

 途端に空間に衝撃が走り、竜巻が二つに分かれて消滅する。


「……あなたはとてもおいしそう。ヤヌシス、わたしはあなたのことも好きになっちゃったかもしれないね」


 リルパは舌なめずりして、そんなことを言う。


「あなたが『美しく』あり続けていれば、その言葉も嬉しく感じたでしょうがね! いまの醜悪になったあなたに言われても、わたしの心は動きませんよ!」


 圧縮した空気を、フェレシスは連続で放った。


 リルパはそれを躱しながら、盛り上がる大地に乗って上昇する。

 もはや空中であろうと、彼女から逃げる術はない。


 フェレシスはリルパを迎え撃った。

 接近したリルパの拳がフェレシスの頬を捉え、目の前がチカチカと光る。

 しかし、お返しにとばかりにフェレシスの繰り出した足蹴りが、リルパの脇腹にめり込んでいた。


 やはり意膜は発動しない。同じ位にいるもの同士、攻撃はきちんと通る。

 フェレシスは体勢を立て直すと、身体をくの字に曲げたままのリルパの首筋に、肘を落とした。


 空高く盛り上がった地面に、リルパが勢いよくめり込む。


「空高く塔を建てようとした人間は、神の怒りを受けてバラバラに散らばる。とても面白い寓話だと思いませんか? こうして立場が逆転してしまうと、特に」


 フェレシスは、再び竜巻を巻き起こした。土の塔が細切れになり、粒子となって上昇する空気の渦の中に巻き込まれる。

 塔の中にめり込んでいたリルパも同様に、空高く舞い上がった。


 フェレシスは風を背に受けてリルパを追いかけると、隙だらけになった彼女を両手で上から思い切り殴りつけた。


 リルパはきりもみして、大地に落下する。

 リルパの落下点に、すかさずフェレシスは圧縮された空気を打ち込んだ。


 着弾の瞬間、辺りに舞う土煙が一瞬消し飛ぶほどの衝撃が起こる。

 以前までのフェレシスでは、到底この威力の攻撃を繰り出すことはできなかったはず。全て、メフィスト生み出す圧倒的なマナと、ヤヌシスの導きのおかげだ。


「手応えはありましたが、さて……」


 フェレシスがそう言ったとき、大地が液体のように波打ち、先ほどと同じ土の塔が恐ろしい勢いで方々に建立されていく。


「おお、何という……」

「……うふふ」


 その笑い声が聞こえたのは背後だった。


 ハッと振り向いたフェレシスは、いつの間にかそこにリルパがいるのを見て、ぎょっと目を剥いた。盛り上がる土の塔とともに、一気にまた空まで駆け上がってきたのか――あれほどの攻撃を受けて、まったくひるむことなく反撃に転じようとするとは!


 そんなことを考えている間に、リルパの拳が、フェレシスの腹部を捉える。


「ぐぅっ……!!」

「へえ、ほんとに頑丈だね」


 リルパは笑みを浮かべながら、フェレシスの首を掴み、近くの土の塔に叩きつけた。

 それから、連続して拳を見舞ってくる。


 一撃一撃が、大砲を彷彿とさせる凄まじい威力。背を預けていた土の塔が砕け、フェレシスはリルパとともに大地に落下していった。


 咄嗟に風を呼んで空に逃げようとしたものの、リルパが強引にフェレシスの身体を振り回し、それもできない。


「逃がすわけないでしょ? わたしのご飯」


 結局そのまま、フェレシスは地面に激突してしまう。


 落下の衝撃によるダメージは、そこまで大きくない。問題は、目に殺気を漂わせた怪物が、自分の身体にのしかかっていることだった。


 大地に身体を接着させたリルパは、いまだに成熟し切っていない少女といえるほどの外見であるにもかかわらず、とてつもない重量を備えているように感じた。


 両足でフェレシスをがっちりと捉えたまま、リルパはゆっくり上半身を起こす。


 それから拳を持ち上げ、一気に振り下ろした。

 頭蓋の中で、ゴン、と重い音が響き、また目の前がチカチカと光る。


 必死になってもがいても、リルパは決して振りほどくことができない。


 そしてまた、ゴン、という音。


 ――強すぎる。


 まさかここまで力の差があったとは……。



 フェレシスは思わず、笑みを浮かべた。



「……あなたと一つになれるのは、メフィストにとって最大の喜びでしょう」

「何を言っているの?」

「ああ、きっとヤヌシスも喜んでくれますよね? わたしたちを永遠にするために、あなたほど力ある存在を迎えることができたのは幸いでした、リルパ……」


 それからフェレシスは咳き込んだ。先ほど腹部に受けた攻撃で内臓が損傷してしまったのか、口から血が溢れてくる。

 リルパはそれを見て目を輝かせると、フェレシスの血を指ですくって舐め取った。


「うーん、やっぱりおいし」

「……それはよかったですね。よければ、もっといかがです? あなたにとって、最後の晩餐となるのですからね……」

「よくわからないけど、もらえるって言うならもらうね」


 リルパはフェレシスの首に顔を寄せ、歯を突き立てた。

 一瞬チクリと痛みが走ったあと、自分の血が体外に流れ出ていくのがわかる。


「……リルパ。あなたは寂しくありませんでしたか? あなたはずっと孤独でした。周りにいる存在とはあまりに異質過ぎる。常に加減して生きているような状況ですからね……」

「別に? フレイヤもいるし、城のゴブリンはみんな面白いし。それにわたしには、ギデオンがいる」

「わたしたちと一つになりましょう。あなたの孤独を癒して差し上げます……」


「あなたの血、ギデオンのほどおいしくないね」


 その言葉を聞き、フェレシスは思わず顔をしかめた。

 リルパの言う「おいしさ」とは、結局のところ血液に混じるマナの量だ。それが、ペッカトリアの囚人たちの考えだった。


 それならば、いまこうしてメフィストのマナの座を身につけ、無限とも言えるマナを体内に循環させるフェレシスの血は、これまでリルパが味わったことがないほど「美味な」味になるはずではないか。


「メフィストに対する侮辱は許しませんよ……メフィストのマナを、あんなたかが人間如きのマナと比較する時点で不敬に値するというのに……」

「でも、実際ギデオンの血の方がおいしいし」


 リルパはうっとりと目を細めた。彼女の口の端から、赤い血が垂れる。


「ああ、ギデオンの血が飲みたいな……わたしのギデオン……」

「残念ながら、あなたにその機会は一生訪れませんよ、リルパ。あなたという存在は、いまここで終わる。そしてわたしたちと一つになるのです……」


 フェレシスは、瞳に光を輝かせ、宣言するようにそう言い切った。


 背中の奥――遥か地面の底に、突如として出現した第三(・・)()マナ(・・)流出点(・・・)から、途方もない「力」が溢れ出してくるを感じながら。


 フェレシスの役目は、最初から餌だ。


 この場にリルパをおびき出すための。

 そしてマナの座を身につけ、フェノムの作り出したその()に大量のマナを吸わせるための。


「……わたしは、役割を果たしました。賢者の石は、この世界に大穴を開けましたよ」


 フェレシスは目の前のリルパを見つめながら、じきに訪れる永遠の瞬間に思いをはせ、にこりと微笑んだ。


「――さあ、ソラ。今度は、あなたが役割を果たす番です」


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