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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
世界の大穴
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懐柔策

 ギデオンが去り、ハーロッドはおろおろしながら、これからどうすべきか考えていた。


 そのとき大広間の向こうから、先ほどのフレドゥと、一際貫録のある老小鬼がこちらに向かってくるのがわかった。


「ああ、ハーロッドさま! 勝手に入城されては困りんす!」


 フレドゥは、ハーロッドとその老小鬼の顔の間で視線を行ったり来たりさせながら言った。


「ここは特別な場合を除いて、男性の入城を禁止しておりんす。お引き取りを」


 老小鬼は威厳たっぷりに口を開くと、大広間の入り口を指差した。そこから出て行けというのだろう。


(こいつはまずいことになった! せめてギデオンがいなくなったことについて、リルパに何か言い訳をしとかないと、のちのち面倒なことになるに違いねえ……)


 ハーロッドは内面で焦燥しつつも、和やかな笑みを浮かべた。


「ひょっとして、あなたがペリドラか?」

「そうでありんす」

「一度、お目にかかりたいと思っていた。こんなかたちの挨拶になって申し訳ないが、会えて光栄だよ」

「わっちも嬉しく思いなんすよ。さあ、お引き取りを」


 ペリドラは、取り付く島もない。

 そこでハーロッドはやり方を変えることにした。


「ギデオンに話があってきたんだよ。リルパの旦那さんにな」

「旦那さまに……」


 そう言うとき、ペリドラの厳格そうな顔が一瞬緩んだ気がした。


「そうとも! 実はさっきの囚人会議で決定があったんだが、彼の意向を確認しないわけにはいかないだろ? リルパの結婚相手となれば、もうギデオンはペッカトリアで一番重要な囚人と言ってもいいわけだし」


 ハーロッドは、指をパチリと打ち鳴らして続けた。


「そうだ、結婚だ! ああ、俺としたことが、仕事に夢中になるあまりすっかりお祝いの言葉を忘れていたよ! ペリドラ、リルパの結婚おめでとう! あなたが手塩にかけて育てたリルパも、これでついには一人前というわけだ!」


 すると、急にペリドラの目じりが下がる。


「いえ、いえ、一人前などと。まだまだリルパは子どもでありんすよ」

「そうかい? 彼女はとても美しくなった。それに顔つきもぐっと大人っぽくなって、知的な感じがする。きっと、あなたの教育の賜物だろう……できれば、コツを教えてもらいたいね。将来のために」

「将来のため?」

「俺だってきっと将来、ここで子どもをつくるだろう。そのとき、リルパのように優れた存在に育て上げるには、何よりも教育が重要だ。となれば、優れた教育者に話を聞くのが一番じゃないか」


 優れた教育者と言われ、ペリドラはまんざらでもない様子だった。


「わっちのしたことは、あくまでもこの世界の女王になるための教育でありんすよ。なので、他の者にも通用するとは……」

「それでもいいんだ。頼むよ、ペリドラ」


 ハーロッドは熱っぽい目で、ペリドラの手を取った。


「そうでありんすか? うーん、そこまで言われてしまっては、断るのも野暮というものでありんすね。えー、では……まず、甘やかせてはいけなさんす。この世界を統べる女王として、リルパには相応しい態度を身につけていただく必要がありんすからね」

「あなたを見ていると、それが上手くいっているのがわかる。リルパは身体だけでなく、内面にも変化がでてきたんだろう。つまりあなたが教育として日々撒き続けた種が、リルパの中で自覚となって芽吹いたわけだ」

「そうであれば、どれだけ嬉しいことか!」

「ぜひ、ゆっくりと話をうかがいたいものだ。俺たちは、ペッカトリアにやってくるリルパしか知らない。彼女がここでどのような生活をしているのか、そしてどのようにいまの崇高な精神を身につけたのか。ここが男禁制だというのなら、また他の場所で……」


 ペリドラは誇らしげな顔のまま、ちらりとハーロッドの方を一瞥した。


「まあ、わっちはこの城を離れられなさんすから……特別に――あくまで、特別にでありんすよ? 滞在を許可しなんしょうか。旦那さまとも、お話がおありということでありんすからね?」

「ああ、そうだ。ありがとう、感謝するよペリドラ」


 ハーロッドはその場にひざまずき、ペリドラの手を取ってその甲にそっと口づけした。


「そう言えば、旦那さまの姿が見えなさんすね。いったい、どこに行きなんしたか?」

「どこだろう? さっきまで一緒に話していたんだが。俺が少し目を離した隙に、どこかに行ってしまったようだ。ここには綺麗どころが集まっているから、目移りしたんじゃないか」


「それ、どういうこと?」


 そのとき、突然背後からリルパの声が響き、ハーロッドは飛び上がって驚いた。


「――り、リルパ!」

「目移りって、どういうこと?」


 いつの間にか近づいて来ていたリルパは、無表情でじっとハーロッドを見つめている。

 場には危険な空気が張り詰めつつあった。


 空気を読むのだけは得意なハーロッドは、いま自分が危険な地雷を踏み抜きそうになっていることを悟って、すぐさま方向転換することにした。


「俺の話さ、もちろん! 俺が可愛い子に気を取られているうちに、ギデオンがどこかへ行ってしまったって話だよ!」

「ああ、そういうこと。ギデオンが、他の女の子のことを気にしたって話じゃないんだ?」

「そりゃあそうさ! こんなに可愛いパートナーがいて、そんな馬鹿なことをする男がいるはずがねえだろ……」

「まあ、それはいいや。それより、さっきギデオンをすぐ返すって言ったでしょ? わたしのギデオンはどこ?」

「さあ……トイレとかじゃないか」

「ハーロッド?」


 リルパは、すっと目を細めた。彼女の赤い目が、さらに危険な輝きを帯びている気がした。


「約束したでしょ? はやく返して」

「――リルパ! 君のやっていることはナンセンスだぜ!」


 ハーロッドが慌ててそう言うと、リルパはきょとんと目を丸くする。


「ナンセンス?」

「全部俺に言わせちまう気かい? ギデオンのことを、もっと考えてやるべきだ。あいつは後悔していたよ。こんなに可愛いパートナーを得たのに、自分はこれまで君のために何もしてやれてないってな。あいつが、君にプレゼントの一つでもしたことがあるかい?」


 それは口からのでまかせだったが、あのトウヘンボクなギデオンが、そんな気の利いたものを女に用意しているはずがないという確信が、ハーロッドにはあった。


「どういうこと?」

「正直を言うと、ギデオンはペッカトリアに行ってる。君のために」

「わたしのため……?」

「君へのプレゼントを買いに行ったのさ。あいつには、あとで俺が話したって言わないでくれよ。さっき、そう約束したんだ。あいつは、君の驚く顔が見たいって張り切ってた。なのに俺が前もってしゃべっていたら、台無しになっちまうだろ?」


 ハーロッドが観念したように言うと、リルパはさっと頬を染めた。


「……そうだったの? だったら、話したらダメじゃん……」

「君が俺を殺しそうな目で見るからだ。俺だって、話したくなかったよ……」

「殺すわけないでしょ!」

「いいか、リルパ。こうなってしまった以上、君は知らないふりをするんだよ。俺と話したことなんて一切感じさせず、何食わぬ顔でギデオンを出迎えてやるんだ。そうすれば、誰も傷つかない」

「……そうだね。それが一番いい。でも、ギデオンは何を買ってくるの? それは聞いた?」


 リルパは辛抱できない様子で、今度はそんなことを聞いてくる。

 ハーロッドは冷や汗をかきながらも、一時的とはいえ危機を乗り切ったことにほっと安堵の息を漏らした。


 ペリドラが一歩前に踏み出し、リルパをたしなめるようにして言う。


「野暮なことを聞いてはいけなさんすよ、リルパ。旦那さまは、きっとリルパの喜ぶものを用意して帰ってきなんす」

「……うん。まあ、ギデオンにもらえるものだったら、わたしは何だって嬉しいし」


 もじもじとそう言うリルパの表情は、典型的な恋する乙女のそれだった。しかし、いまのハーロッドには、そんな彼女が「可愛らしい」とか「いじらしい」とか感じられるだけの精神的な余裕はなかった。


 窮地を乗り切るためとはいえ、いま自分はリルパに対して大きな嘘をついてしまったのだ……こうなってしまった以上、何とかギデオンに帳尻を合わせてもらう他ない。


 ハーロッドは上着の内ポケットを漁り、そこに最近口説いている雌の小鬼のために用意した指輪があるのを確かめた。


(くそっ……こいつは腕のいい彫刻師に頼んだ逸品なんだぞ! でも、命には代えられねえしな……)


「ではハーロッドさま。旦那さまがお帰りになるまで、あのテーブルで話していなんしょう。リルパも一緒に来なんし」


 ペリドラのその言葉に、ハーロッドは大人しく従った。

 自分はずっと空気を読む力と咄嗟の機転、あとははったりで生き抜いてきたのだ。


 そんなことを思っているうちに、焦燥感が薄まっていく。ハーロッドには、この危機さえも乗り越えられるだろうという根拠のない自信があった。

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