魂の在処
「……ソラの死人戦争を止める方法はいくつかある」
ギデオンは窓辺に近寄り、ヤヌシスの涙の入ったフラスコを摘み上げた。日に照らすと、無色の液体が光をキラキラと反射する。
「俺は囚人会議とやらに参加する気はないから、いまのうちに俺の考えをお前に話しておく。必要なら、ペッカトリアで共有してくれ」
「なぜ参加しないのデス?」
「ドグマとはそりが合わない。あの巨人の顔を見るだけで反吐が出る」
「デスが、囚人会議は囚人の義務デスよ……?」
「俺の知ったことじゃない。気に入らなければ、勝手に囚人を差し向けてくればいいさ。そのとき、お前が指名されなければいいな」
ギデオンがそう言うと、ヤヌシスはゴクリと喉を鳴らした。
「あはは……ギデオンさんは冗談がお上手デス……」
「まあ、いまそんなことはいい」
ギデオンは頭を振り、昨夜のドグマの態度を脳裏から叩き出した。
それから、怯えた様子のヤヌシスに改めて向き直る。
「で、死人戦争を止める方法だが」
「え、ええ」
「まず一つ目はソラの魂を見つけ出し、消し去ることだ」
「消し去る? どうやってデス?」
ヤヌシスは、小首を傾げてそう言った。
「魂というものは、突き詰めていけば特殊なマナの集合体に過ぎない。マナが、その者の記憶や自我を保持している状態と言えばいいかな。それを霧散させればいいだけの話で、俺にはマナへと直接影響を与えられる手段がある」
状態としては、水の精霊などのマナ生物と似ているかもしれない。ただ、魂はそれらよりももっと脆く崩れやすい。
ギデオンの言葉を聞き、ヤヌシスは真顔で返してくる。
「……あなたにどれほどの力があろうと、もう驚きませんよ」
「二つ目は、おそらくソラの魂が所有しているのであろう魔導書のページを見つけ出し、処分すること。だが、これは根本的な解決にはならないかもしれない。ソラの霊魂術にもよるが、土人形ではなく別の媒体に魂を宿らせて、同じことを繰り返すだけになる可能性もある」
「魔導書のページは、ソラの棺に入れる際に燃やしたという話デスが……」
「墓を暴く必要もあるかもしれないな。囚人の肉体自体は土葬なんだろ? いま、ソラの魂を包んでいた肉体がどんな状態なのかは、一度確認した方がいい」
「わ、わかりました」
「三つ目は、ソラの目的を叶えてやることだ。彼女には、悔いや何かに対する執念のようなものがあるのかもしれない。それを知ることができれば、対応策は立てられる」
「執念デスか。ソラの執念……」
そう言うヤヌシスの表情が変わったような気がして、ギデオンはおやっと思った。
「お前、本当にソラの土人形がこの屋敷に現れる心当たりはないんだよな?」
「ええ、もちろんデス」
「さっきのランプルは、土人形のことをえらく気にしているようだった。ここで暮らす彼女たちのために、早急に問題を解決する必要がある。知っていることがあるなら、きちんと話せ」
「い、いえ、本当に何も知りませんよ……先ほども言ったように、ソラはワタシのやっていることが気に入らないのでしょう……しかし、彼女のご機嫌を取るために、混血の子どもたちをこの世から消し去るわけにもいきません」
「それは当たり前だ。ソラの望みがそんなことなら、彼女の魂の方に消えてもらわなければならない」
ギデオンはきっぱりと断言した。
「何はともあれ、俺もその土人形というやつが見たいものだ。人形と会話するだけでも、何かがわかるかもしれないからな」
「――会話してみますか?」
ヤヌシスの突然の問いに、ギデオンは意表を突かれた。
「何だと?」
「一人、捕えています。そうしていれば、もう新しい土人形が発生しないのではないかと思いまして」
「結果はどうなった?」
「変わりませんね。結局、また別の土人形が現れます」
ギデオンはヤヌシスの涙の入ったフラスコの口に詰め物をすると、それをしっかりと握り締めた。
「……案内しろ。その土人形と話してみる」
「わかりました。では、こちらへ……」
部屋を出るために扉を開くと、どうやら外で聞き耳を立てていたらしいランプルが、バランスを崩してヤヌシスの足に倒れかかってきた。
「――ひゃあ!」
「まあ、ランプル! 盗み聞きしようとするなんて悪い子デス!」
「ご、ごめんなさい! でも、私……」
ランプルは気まずそうな表情で、ヤヌシスとギデオンの顔を何度も見比べた。
「俺たちが話していたことは、ここから聞こえたか?」
「ううん、聞こえなかったけど……」
「じゃあ、別にいいだろう。ヤヌシス、このことは不問にしてやれ」
ギデオンが言うと、ランプルはきゅっと眉を吊り上げた。
「何なのその態度! あなた、ちゃんとヤヌシスさまに謝ったの!?」
「ランプル! ワタシとギデオンさんは、しっかり仲直りしたんデスよ……」
ヤヌシスはおろおろしながら、そう言った。
「こいつももらったしな」
ギデオンは、フラスコを振って見せた。
すると、途端にランプルの顔から不服そうな表情が消え去り、今度彼女はキラキラと瞳を輝かせ始める。
「あ! それってもしかして、ヤヌシスさまの涙?」
「そうだ。ゴルゴンの涙は貴重でな。ゴルゴン種自体が物珍しいというのもあるが」
「いいなあ、私もヤヌシスさまみたいな力を持って生まれたかったわ! みんなに救いを与えられるんだもの!」
「……救いね」
言いながら、ギデオンはまたランプルの頭を撫でた。
ゴルゴン種の性質については、いまだによくわかっていないところがある。ゴルゴンの子がゴルゴンになるわけではなく、種別を問わず、人間の子どもが石化の瞳を持って生まれてきたとき、その者をゴルゴンと呼ぶのだ。
これは突然変異や、あるいは進化と呼んでもいいかもしれないが、ゴルゴンという変異種の誕生には、メフィストの存在が絡んでいるとも言われている。ゴルゴン種の人間は、なぜかメフィストを信仰するようになることが多いからだ。
理由ははっきりしない。ゴルゴン種の人間に聞いても、誰も答えようとしない。
天啓とも言うべき神の加護――
メニオールと戦っていた王国騎士にも神の加護があったらしいが、そういった加護は人間に類まれなる力を与えるとともに、それを守り続けるための制約を課す。
ともすれば、ゴルゴンたちがメフィストの加護を守るために行うのが、『守秘』なのかもしれない。
そんなことを考えながら、ギデオンはちらりとヤヌシスの方を一瞥した。
「……ゴルゴンが救いを与える存在かどうかはわからない。でも、神の意志を代弁する巫女であることには変わりはないだろうな」
その神の意志が、人間の目から見て『邪悪』なもののように感じる、というだけの話で。




