死人戦争
「この人がヤヌシスさまに謝りたいっていうから、連れてきたんです!」
ランプルはヤヌシスに向かってニッコリ笑ってから、ギデオンの顔を見上げ、きゅっと眉を吊り上げた。
「ほら、さっき言ったように謝りなさい!」
「二人で話したいな、ヤヌシス」
ギデオンがランプルの頭を撫でながら言うと、ヤヌシスはさっと顔を蒼白にした。
「ラ、ランプル……ギデオンさんと二人にしてください」
「ええ? でも、私はこの人がヤヌシスさまに意地悪しないか見張ってないといけないし……」
「いい子デスから! 言うことを聞きなさい!」
語気を強めて言うヤヌシスを見て、ランプルはビクリと身体を震わせた。
「ご、ごめんなさい……」
「……大丈夫デスよ。あなたはお外で遊んでいなさい」
後ろ髪を引かれた様子のランプルが部屋から出て行ったあと、ギデオンはヤヌシスをジロリと見つめた。
「あの子を怯えさせるな」
「……あなたに言われたくありません。ランプルに何かあれば許しませんよ……」
「俺があんな子どもを傷つけるとでも? 彼女には何の罪もない。俺が叩きのめすのは、性根のねじ曲がったクズだけだ」
ギデオンはヤヌシスに近づき、胸ぐらを掴んでぐいと引き寄せた。
「……随分と顔の怪我はマシになったな? また増えるようなことがなければいいが」
「な、涙なら溜めていますよ! ほら、あそこに!」
ヤヌシスは慌てふためきながら、窓の方を指差す。日向の近くにあるテーブルの上に置かれた小さなフラスコが、半分ほど透明な液体で満たされている。
「あれはもちろんもらっていく。だが、その前に他にも聞きたいことがある」
「……他にも?」
「ランプルが言っていたぞ。この屋敷に、最近妙な土人形が出るんだって?」
「ああ、あの子ったら、部外者にそんなことまで話して……」
ヤヌシスはそこまで言って、ギデオンからさっと顔を背けた。
「みなが不安がっているそうだな。だが、お前には、土人形が出るようになった心当たりがあるんじゃないか?」
「と、とにかく、手を離してください……これでは落ち着いて話もできませんよ」
それを聞き、ギデオンは渋々とヤヌシスを解放した。
「あの土人形の原因ははっきりしているのデス……しかし、その意図まではわかりません……」
「どういうことだ?」
「とある霊魂術師が死んでから、ずっと恐れられていたのデスよ。死人たちが甦り、現実へと牙を剥く……死人戦争と呼ぶべき事態を」
死人戦争という言葉については、ギデオンにも聞き覚えがあった。
それは、「霊魂術」と呼ばれる魔法を使う者が、意図せず起こしてしまう現象だ。
霊魂術師は人の魂を操るという魔法の性質上、生前多くの魂を所有することになるが、ごくまれなケースとして、その魂が術者の死後にも力を失わずに暴走してしまうことがある。
「この監獄世界にも、霊魂術師がいたのか?」
「ええ。とても強い力を持つ女性で、名前はソラ。周りからは、『魂兵のソラ』と呼ばれていましたね」
ヤヌシスは口をへの字に曲げている。その者と、あまり仲がよくなかったのかもしれない。
「彼女はフルールの付き人を務めた一人でもありました」
「フルールの?」
「そうデス。ダンジョンに潜る際、たくさんの人手が必要になることもあったそうデス。しかしそんな大所帯で攻略に挑めば、今度は機動力に欠きます。その問題を解決したのが、ソラだったという話デス」
「……なるほど、それが土人形か」
「そのとおり。フルールが魔法で作り出した土人形に、ソラが魂を吹き込む。それで、人間一人分の労力が完成するというわけデスね」
溜息を吐いたあと、ヤヌシスは説明を続けた。
「フルールは自身の魔法をソラが使えるよう、土人形の魔法を魔導書に刻印し、そのページをソラに渡していたそうデス。フルールが倒れたあとも、ソラはその魔法を使ってこの街の労力を担当していました。デスからワタシたちにとって、土人形はそれほど物珍しいものではないのデス。おかしいのは、いまそれらが現れているという状況……」
「ソラは死んだんだな?」
「ええ、一年ほど前に。老衰デス」
「生前は、どんな人間だった? いまの話を聞く限り、そこそこの人格者ではあったようだが」
「物静かで、何を考えているかわからないところがありました。しかし、小鬼が好きだったようデス」
そう言うヤヌシスは、仏頂面だった。
「小鬼たちは、魂が綺麗だとか何とか。小鬼のために、この街をよりよくしようとしていたようデス。フルールに従っていたのも、その一環でしょうね」
「……なるほど」
「ゆえに……と言うべきかどうかはわかりませんが、ワタシのやることを、ソラはあまり気に入っていなかったようデスね。小鬼と人間の混血児たちの魂は、歪んでいるとか言って。ひょっとしたら、ソラが黄泉からいまワタシに土人形を仕向けてきているのは、そのせいなのかもしれません」
聞きながら、ギデオンはじっと考えていた。
死人戦争の原因は、他者の魂を捕え自在に扱うことのできる術者が、何かの拍子に自分の魂を捕えてしまうからだと言われている。
死とともに消失できなかった自分の魂が、生前に所有していた他者の魂を手放さず、そのまま操り続けるのだ。
とはいえ、瞳で瞳を見ることができないのと同じ理屈で、術者が自分の魂を完全なかたちで捕えることは難しい。そのため、術者自身の魂は消失の憂き目を逃れたとしても、ほとんどの場合、欠損したかたちで現世に残ることになる。
ゆえに、霊魂術師の人格がどれほど優れていようとも、その者の魂の起こす死人戦争は、生前からは予想もつかぬ惨事に繋がることが多い。
欠落した魂によって晩節を汚された霊魂術師の話は、枚挙にいとまがない。
「……ソラは生前、どうやって他者の魂を入手していたか知っているか?」
しばらくしてから、ギデオンは静かに口を開いた。
「え?」
「霊魂術師が、魂を仕入れる方法は様々だ。ソラはどうやっていたのか気になってな」
「簡単デス。その魂の持ち主を、自分の手で殺すのデスよ」
「……何だと?」
「殺しには責任が伴います。その感覚が、ソラに持ち主の魂を与えるようデスね」
では、ソラは自分で自分を殺したのだろうか?
自分の魂を手に入れるために……。
「ここに現れる土人形は、お前を『解放しろ』とか言っているようだな? それは、お前の魂を肉体から解放しろという意味だろうか?」
「さあ? 先ほども言ったでしょう? 土人形の原因ははっきりしていますが、その意図まではわからないと」
「土人形が、お前を襲ってくるようなことはないのか?」
「ありませんね。ただ、じっと立っているだけデス。そして、近づいた者にブツブツと話しかけるのデス。あなたがいま言ったようなことを」
ヤヌシスは肩をすくめて言った。
「土人形ゆえ、それらは地面から現れるのでしょう。それではこの屋敷の周りに張り巡らされた高い塀でも、防ぎようがありません。しかも、排除してもまた別の個体が現れます。いまのところ害にはなっていませんが、手を焼いていないと言えば嘘になるのデスよ」
「これから、どうするつもりだ?」
「ひとまず、ボスに報告すべきかと。次の囚人会議で、議題に挙げてペッカトリアの協力を仰ぎます。どういうかたちであれ、ソラが帰ってきたとなれば、この街の一大事デスからね」
その言葉に反し、ヤヌシスにはあまり緊張の色が見られない。
なるほど、とギデオンは心の中で呟いた。曲者揃いのペッカトリアでは、このような「一大事」は日常茶飯事なのだろう……と。




