マナの支持者
……ギデオン?
メニオールは、呆気に取られて目の前の男を見つめた。
こいつが、なぜここいる? ノズフェッカにいるんじゃなかったのか……?
「お、おい、何か言ったらどうだ……? それとも、死人に口なしというのは本当か……?」
ギデオンは腰が引けた様子のまま、そんなことを言う。
「……アタシはアタシだ。まあ、お前が戸惑うのも仕方ねえ。死んだことにしていたからな」
「し、死んだことにしていた? そいつは、どういう……?」
「待て、いまはそんなことを話しているときじゃねえ! あの三流騎士はどこに行きやがった?」
メニオールはギデオンを無視し、ストレアルの姿を探した。少し目を閉じていたうちに、必殺の一撃を見舞おうとしていた騎士が突如として消え、次の瞬間にはギデオンがいたのだ。
「騎士? あんたに飛び掛かっていたやつか?」
「そうだ」
すると、ギデオンはバツの悪そうな顔をして目を逸らした。
その視線は森の方に向けられている。
「多分、あっちの方に落ちて行ったと思う……空からは、あんたが襲われているように見えたんだ。咄嗟に止めようとして……その、ちょっと勢い余ってしまって……」
「勢い余っただと?」
「よ、要するに、手を出してしまった。いきなりだったのは悪いと思ってる……」
「ちょっと待て……あいつは飛んでいただろ」
「俺も飛べる」
ギデオンは言いにくそうに言ってから、肩をすくめてみせた。彼の身体には、依然として妙な植物が絡みついている。
こいつ、空まで飛べやがるのか……いや、そんなことより。
メニオールはじっと考えた。
知らぬこととはいえ、金色の光に覆われたストレアルに触れるのは自殺行為だ。もしやつが瞬時に攻撃対象を切り替え、その場で敵意を向けられていれば、このギデオンとて無事では済まなかっただろうに……。
「……幸運だったな。あいつの視野が狭くなっててよ。あの光の柱に打たれていたら、流石のお前でもくたばっちまってたはずだぜ」
「俺があんな攻撃を受けることはない。受ける意思があれば別だが」
ギデオンは気まずそうな顔をしたまま、意味深なことを言った。
「何だと? どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、彼が大気のマナを使っていることはすぐにわかった。一人の人間が扱えるマナを明らかに超えていたからな。マナコールというんだが」
「……そんなことはとっくに知ってる。アタシが聞いてるのはお前の妙な自信さ」
「俺もマナコールを使える。さっき試したが、どうやら大気のマナは彼よりも俺の方に味方してくれるらしい。マナコールというのは、自分のマナを餌にして大気のマナをおびき寄せる方法だからな。俺の身体から発するマナの方が、彼のそれよりも美味そうに見えるんだろう」
それを聞き、メニオールはぽかんと口を開いた。
「そ、そりゃあ、つまり……」
「ああ。俺が同じ場にいる以上、彼は大気のマナを使うことはできない。だからさっきの攻撃も、俺には通用しない」
騎士の操る凶悪な光が突如として消え去ったのは、そういうことだったのだ。
このギデオンが、大気のマナからの支持を、ストレアルから奪い去った。
ギデオンが手を振ると、彼の身体に絡みついていた植物が枯れていく。
化け物じみたシルエットが消えたからというわけではないだろうが……メニオールはいまになって、心にじんわりと安堵が満ちてくるのがわかった。
どうやら、ストレアルはいま、ギデオンの許可なく力を振るうことができないらしい。あれだけの力を誇っていた騎士が、これほど簡単に無力化されるとは……。
これも、魔法による戦いの相性というものだ。
一度は死まで覚悟するほどの緊張が一気に緩み、その場にへたり込みそうになるのを、メニオールは何とか押し殺そうとした。
「メニオール、ひょっとしてさっきの男がフェノムとかいうやつか?」
そのとき、ギデオンが急にそんなことを言い出した。
「はあ?」
「いや、あんたはさっき騎士と言っただろ? あいつがフェノムだというのなら話が早い。俺は、フェノムに話を聞くためにこの街へ飛んで帰ってきた」
そう言ってから、ギデオンは懐から便箋を取り出す。
それはメニオールが書き、ドグマがフルールの印璽を押したあの手紙だった。
「さっき、鳥がこの手紙をフルールの城に届けてくれてな。紙面には、フェノムが叛意を明らかにしたと書いてあった。俺にもそのことで心当たりがある。ペッカトリアの経済に混乱を起こしていたのも、どうやらフェノムということらしいからな」
「……それはリルパ宛ての手紙のはずだが」
「彼女はいま調子が悪くて、ちょっと寝込んでいる。いつまで大人しくしていてくれるかわからないが……」
リルパの調子が悪い? あの怪物に、そんなことが起こり得るのか?
ひょっとすると、ノズフェッカで何かがあったのかもしれない。
一度、ギデオンの話をきちんと聞くべきだと感じた。
もちろん、こちらの話も聞かせてやる必要がある。
ギデオンを味方につけられれば、あるいは……と、メニオールは、そう考えていた。
ストレアルが脅威でなくなったとしても、これからメニオールが相手取らなければならないのは、欺き続けてきたペッカトリア全体なのだ。
スカーの脱獄によって計画の全てが覆されたものの、このギデオンの力を上手く借りられれば、再び体勢を立て直すことができるかもしれない……。
そう、生きていれば、必ずチャンスはある。可能性だ。生命には、全て可能性がある。
「……さっきのあいつはフェノムじゃねえよ、ギデオン」
メニオールは、じっとギデオンを見ながら口を開いた。
すると、どこか期待感に満ちていたギデオンの顔に、さっと影が落ちる。
「そうなのか……だとしたら言い訳が効かないか。フェノムだったら、まだ攻撃したことに正当性を主張できるかもしれないと思ったが……」
「まさか、間違いを隠蔽しようと思ったってのか?」
「い、いや、そういうことじゃない! さっきの彼にはきちんと謝るとも! なんなら、いますぐにでも……」
ギデオンはまた森の方をちらりと一瞥した。その方向から、まだストレアルは現れない。
まさか、あれほどの男が落下の衝撃で死んだわけではないだろうが……。
「気にするな。お前が止めなきゃ、アタシが殺してやるところだった」
そう強がって見せると、ギデオンはどこかほっとした表情になった。
「ああ、やっぱりあんたはあの男と戦っていたんだよな?」
「寝ぼけたこと言うんじゃねえよ。アタシはあのクズから、ミレニアを守ろうとしていたんだぜ?」
メニオールは一枚目のカードを切った。すると、ギデオンの表情がさっと変わる。
「――ミレニアを知っているのか?」
「ああ、よく知ってるぜ。ここらできちんと話をしようじゃねえか、ギデオン。アタシたちの間には、ちょっとした誤解があった。そいつを晴らすときがきたってわけだ」
言いながら、自分が冷や汗をかいていることに気づく。
なぜならいま目の前にいるギデオンは、単純に考えて、あのストレアルよりも恐ろしい相手ということになるからだ。
対応を間違えてはいけない。この植物使いは、自分が想像していたよりも遥かに力のある怪物だった。
「ついてきな。ミレニアに会わせてやる」
「いや、しかし彼女はいま……」
「スカーの所有物だってか? 慌てるな。それも誤解だ」
メニオールそこで無理やり、ニヤリと笑って見せた。
「アタシの口から説明するよりも、お前はミレニアの言うことの方が信じられるだろう。アタシは、あのお姫サマを守っていた騎士なのさ。お前がぶっとばしたあのクソ野郎よりも、よほど忠義心を持った、な」
「しかし、俺はまずフェノムに会いに行かなければならないし……」
「そんなもんは後でいい。だが、フェノムに狙いをつけたのはいいと思うぜ。あいつは、お前の欲しいものを持ってる」
「俺の欲しいもの?」
「象牙だ。欲しいんだろ?」
メニオールが二枚目のカードを切ると、ギデオンは今度、訝しげに眉をひそめた。
「……あんた、何を知ってる?」
「だから、それをこれから話してやろうっていうのさ」
そう言って、メニオールは大地に潜ませていた相棒を引き寄せて回収した。
ただ、スカーの顔をこの場で象るのはまずいと判断する。ギデオンの中には、まだスカーという人間に対する不信感があるに違いない。
そこでとりあえず、蔦植物のようなかたちにして、自分の身体に絡めて見せた。
「これがアタシの魔法さ。どうだい? さっきのお前とペアルックだ」
「……それは呪いの茨だ。俺はそんな植物を身体に巻きつけたりしない」
ギデオンにそう言われ、メニオールは仰天して自分の身体に目をやった。
……無意識のうちに作っていたのは、ティターニアを滅ぼしたあの植物のミニチュアだった。




