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メニオールの切り札

 再生には矛盾が生じる。


 すべてのダメージをスケープゴートに移し替え、傷やら何やらをなかったことにするとき、その空間には欠損したはずの肉体が満ちることになる。


 ――しかし、もし同じ空間に他の物質があった場合どうなるのか?


 メニオールがこの疑問の答えを得たのは、とある魔法使いと話したときだった。

 それは十年以上昔のこと……いまは滅亡したティターニアの宮廷魔法使いに、極めて強力な治癒魔法を使う者がいたのだ。


 その日、森で擦り傷を作って帰ったメニオールが、彼に治癒魔法を頼むと、リシュラというその老魔法使いは、小言ののちに説明した。


「姫、あまりわしの魔法に頼らないように。危険も伴いますからね」

「なぜ? お前の魔法は人を治す。どこに危険がある?」

「わしの魔法は治癒と言うよりも、そのものの時間を戻してしまうところに本質があるのです。ですが、そこには大きな矛盾もありましてね」

「矛盾って?」

「たとえば、これを御覧なさい」


 リシュラは近くに生えていた植物の茎を切り、その断面に金属製のコインを乗せた。

 それから、治癒魔法を使う。


 途端に植物は再生した――が、乗せられていたコインの直径が茎のそれよりも大きかったため、再生した茎の周りから、コインの外縁部がはみ出している……。


「さて、姫。コインはどうなっていると思いますかな?」


 メニオールは首を横に振った。わからない……。

 リシュラはもう一度植物を切り、コインを取り出した。


 コインには茎の大きさの穴が開いており、メニオールはハッと息を呑んだ。


「植物は、()()()()()()()()()()()()()()()した(・・)のです。矛盾というのはこういうことでしてな。一つの空間に、二つの物は存在できません。必ず、どちらかが優先されるのですよ。優先のされ方は様々ですがね」

「様々? どういうことだ?」

「弾かれてどちらかが外に出たり、あるいは片方が片方を消し去ったり。結果は、その者の魔法に寄るということです。そういう意味では、わしの魔法は暴力的なようですがね。再生(・・)()よる(・・)破壊(・・)――そんな恐ろしいことまで可能になってしまう」


 リシュラは手のひらに穴の開いたコインを乗せ、もう一度メニオールによく見えるように示した。


 ――再生による破壊――


 その言葉は、幼い日のメニオールに強烈な印象を与えた。



 くしくもメニオールの魔法は、その宮廷魔法使いリシュラの魔法と似たことを起こしうる力として開花した。


 再生による破壊。

 ダメージを他の対象に移し替え、肉体を再生させる。そして、その空間にある全てを噛み砕く。


「う、ぐおっ――!?」


 目の前の騎士がくぐもった唸り声を上げ、メニオールはニヤリとほくそ笑んだ。


「どうだ? 空間を削り取るのは、てめえの専売特許じゃねえのさ」


 メニオールの肉体は完全に再生していた。背中から飛び出していた剣の切っ先が、地面に落ちて突き刺さる。

 先ほどまで体内に収まっていた柄の部分は、すでに消えてなくなっている。もちろん、消えたのは剣の一部だけではない――。


「わ、私の……私の手……」


 ストレアルはよろよろと後ずさりながら、血が吹き出す右手を茫然と眺めていた。

 親指と手の平だけを残し、彼の手は欠損してしまっている。


「てめえは女の扱いを知らねえからな。女にはもっとデリケートに触るもんだぜ? ま、そいつはいい授業料になったと思って諦めな」

「……す、すばらしい。おお、私の血はやはり赤いのだ……」


 そのときストレアルが放った言葉が、あまりにもいまの状況にそぐわないもののように感じて、メニオールは眉をひそめた。


「……何だと?」

「私に血を流させたのは貴様が初めてだ、メニオール! すばらしいぞ!」

「……そんなことを言ってる場合か? 利き手も獲物も失ったいま、てめえにはもう勝ち筋なんて残されてねえぜ」


 体術では自分の方が上。先ほど素手での交戦で、メニオールはそう分析していた。

 しかしストレアルは瞳を爛々と輝かせ、闇雲に突っ込んでくる。


「貴様を殺したとき、私は騎士としてさらなる高みに上る! この身の傷は全て、誇りを輝かせる勲章だ!」

「……気色の悪い戦闘狂め」


 メニオールはさっとかがみこむと、地面に突き刺さっている剣の切っ先を引き抜き、投げナイフの要領で騎士に向かって投擲した。

 まさか直撃するようなことはないだろう――そう思っていたにもかかわらず、騎士が投擲の一撃をもろに受けたのを見て驚いた。


 ストレアルはまたくぐもった唸り声を発し、地面に転がる。


 めちゃくちゃだ。技術もキレもない。自分の身体を傷つけられ、この男は正気を失ってしまったのかもしれない……。


「ふっふっふ……」


 しばらくしてから、大の字に倒れたままのストレアルが笑い出した。


「ああ、私の剣だ……こいつが欲しかった……ありがとう、メニオール……」


 無事な方の左手で、胸に刺さった剣の切っ先を握り、勢いよく引き抜く。

 すると、また赤い血が噴き出した。胸の傷跡と――あとは、抜身の剣を強く握り締める左手から……。


 手負いの騎士は剣を握りしめたまま、よろよろと立ち上がった。

 不気味な雰囲気の敵に対し、メニオールは早々に勝負を決めてしまおうと思った。先ほどまでと違い、いまのストレアルは隙だらけだ。どのようにでも料理できる。


 そのとき、ストレアルがおもむろに空を仰いだ。


「……この戦いの結末を、女神ホロウルンに捧げます。私の勝利によって。このような敵対者を与えてくれたこと、深く感謝いたします……」


 言いながら、天に向けてゆっくりと剣を掲げる。

 場には一瞬の静寂があった。風がピタリとやみ、静まり返った場に――突如として力の奔流が沸き起こる。


 ストレアルの身体から、金色の光が放たれている。

 光は膨れ上がり、天に向かって伸びていく。


 光の柱……メニオールは、この柱をすでに見たことがあった。先ほど、ゴスペルの屋敷に向かう途中。空に伸びる光の奔流を見て、何事かと戸惑ったものだ。


 ……なるほど、やはりあれは、この騎士の放った技だったのだ。


 いま幻想的とも言える光景を前にして、メニオールはゾクリと背筋に冷たいものを感じ取った。ストレアルが勝負を仕掛けようというとき、この妙な現象が起きる。


 心当たりとして思いつくのは、マナ中毒だ。瘴気植物の発した濃いマナに覆われたティターニアに足を踏み入れたとき、似たような経験を何度かしたことがある。


 空間に満ちた大量のマナ――そして。


 ミトラルダ殿下は、昔その者に力を授けたとか……。


 ゴスペルの言葉を思い出し、その答えに辿り着いたメニオールは、呻くようにして呟いた。


「マナコールか……そういや、てめえはミレニアの昔なじみだったな」

「その秘技の存在を知っていたか。いや、いまとなっては流石と言った方がいいか!」


 ストレアルが満面の笑みで応える。


「もはや力の出し惜しみなどしない……まさかたった一人の人間相手に放つことになるとは思わなかったが――貴様は、私の最強剣を受けるに相応しい相手だ!」


 集めたマナを、全て『虚空』の力に変換して放つ剣技。

 こいつが、ストレアルの切り札か――


「……身体全部が消えちまったら、ダメージを移し替えるとか、そんな悠長なことを言ってる場合じゃねえ気がするな……」


 何とも、まずい事態だ。

 メニオールは冷や汗をかきながら、必死に頭を回転させて次の手を考えた。


 この騎士の力は、本物だった。

 そしてこちらは、すでに切り札を切ったあとだった。


次回でメニオールとストレアルの戦いは決着する予定です。魔法によってもたらされる空間と物質の関係性には色々あり、たとえば50話「苦痛の腕」とかを再読いただけると、効果の違いがわかるかと思います。お手数をおかけいたしますが、気になった方は読んでみてください!

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