騎士の本領
メニオールという女を探しに行ったフェノムと別れ、ストレアルはとある囚人が住む屋敷へとやってきていた。
この屋敷も、フェノムのものと同じくらい豪奢な造りだ。支配階級にいる人間というやつは、どの世界でも似たような考えに落ち着くらしい。大きな家、多くの手下。もちろんそれが、貴族か囚人かという違いはあるが。
「ご主人さまは、いま体調が優れないとおっしゃられておりまして……」
「ご本人がお会いする必要はありません。私が、勝手に調べ事をするだけです」
「いえ、しかしそういうわけには……」
鉄格子の門越しに、ストレアルは奴隷と思われる衛士数人とそんな問答を繰り広げていた。
「私はフォレース王の命を受けてここにやってきました。そしてこの監獄世界は、もとはといえばフェレース王のもの。入らせていただきます」
言いながら剣を抜くと、衛士たちの表情が変わる。
「ど、どうする……?」
「この人は囚人さまじゃねえんだろ……? 下手に出る必要もあるまい……」
彼らの言葉を無視し、ストレアルは剣に力を行き渡らせ、横に軽くないだ。
金色に光り輝く剣が、鉄格子を両断する。
屋敷へと続く広大な庭に足を踏み入れたとき、衛士たちが慌てて言い募ってきた。
「こ、ここをどこだと心得ている! 一級身分の囚人、ゴスペルさまのお屋敷だぞ!」
「ですから、その囚人は誰にここへと入れられたと思っているのです。フォレース王でしょう」
「俺たちの王はゴスペルさまであり、ドグマさまだ! 野郎ども、こいつを叩き出せ!」
衛士たちはそれぞれの獲物を手に、突進してくる。とはいえ、動きはそこまで洗練されているわけではない。連携もまるで取れておらず、これならそこらの野党の方が脅威になるだろう。
「部下を見ていても、ここの主人の質が推し量れようというもの。もっとも、そんなことは仮病を使って客を追い返そうとする性根の段階でわかっていましたが」
剣を構え――振るう。
一閃、また一閃と剣が空間を切り裂くたび、赤い血が飛ぶ。
細々とした謀略をやめ、ようやく自分の本分へと帰ってきたという実感が沸いてきたとき、思わず舌なめずりをしていた。
ストレアルはその場にいた全ての衛士を切り殺すと、屋敷に向かって歩き出した。
スカーが心当たりのある場所として話したミトラルダの居場所というのが、このゴスペルの屋敷だった。
もともと、先ほどの無貌種を操っていたあのメニオールという女は、ゴスペルの囚人奴隷だったらしい。さらに言うと、スカーが彼女に捕えられたとき、二人は何やら相談していたという話だった。
そのときの二人の様子を見て、スカーは表向き明らかになっている主人と奴隷という二人の対場が、まるきり逆転しているように思ったそうだ。
「……ゴスペルのやつは、メニオールに頭が上がらない様子だった。確かに、俺を演じるように言い出したのはゴスペルの野郎だ。だが、それは単に提案に過ぎなくて、実行に移されたのはメニオールが首を縦に振ったからだ」
スカーはその日のことを、うっとりと夢見心地で語った。
「彼女が俺を着込むことを選択したんだ……ゴスペルの野郎のお仕着せじゃなくてな」
「それからどうなったのです?」
「俺は常日頃からゴスペルの奴隷にちょっかいをかけていたから、あいつの恨みを買ってるっていう自覚があった。当然、あいつは俺を殺すべきだと訴えたんだ。でも、メニオールは必ず俺を利用する機会があると言って譲らなかった。可哀想なメニオール……あのとき俺を殺しておけば、こんなことにならなかったのに……」
スカーの目に揺れているのは、明確な狂気の光だった。
こんな人間の言うことを信用していいのだろうか……? とはいえ、他に頼るべき情報もあるわけではない……。
「メニオールが何かを隠すとしたら、きっとゴスペルのところだぜ。俺は大層な屋敷やでかい庭は好きじゃなかったが、そのせいでいまメニオールは、俺のそんな慎ましさまで真似する羽目になっているはずだ。あの手狭な家に、人を隠しておこうとするわけがねえ」
「なるほど。彼女にも協力関係にある囚人がいたわけですか」
「そういうことさ」
「そのゴスペルという人間の情報を知っていますか? どのようなことに秀でているとか」
「あいつも魔法を使う。おそらくだが、屈折魔法だ」
「……屈折魔法?」
「もっとも、俺がその魔法を見たのは、メニオールに捕まってからだがな。ゴスペルのやつは普段から、自分には何の力もないと言ってやがった。だが、俺たちはずっとあいつが何か力を隠していると疑っていたのさ。というのも、ゴスペルの身の周りでは何度もあいつにとって都合の悪いことが排除されてきたからだ」
「謀略に長けた存在……というわけですか」
「ああ、それを可能にしていたのが、その屈折魔法だったってわけだ。そういう魔法を使うやつらの話は聞いたことがある……光の屈折を利用して、ないものをあるように見せたり、あるものをないように見せたり……奇術師っていうのかな。ゴスペルの野郎は、間違いなくその屈折魔法の使い手だと思う」
先ほどから、スカーはその男の名前を呼ぶとき、嫉妬にかられているようだった。
「つまりメニオールを覆っていたアイテムは、ゴスペルの魔法が作用したものってことさ。あいつが彼女に、あの百面相を渡したんだ」
自在に姿を変える「何か」をアイテムと言及したときから思っていたが、スカーは無貌種の存在を知らないらしい。
光の屈折を利用してそう見えるだけにとどまる屈折魔法と、身体の作りから変化させてしまう無貌種の変貌では、その本質は根本から異なる。
たとえば視覚に頼らない相手に対して、屈折魔法は無力だ。それにその魔法では、くりぬかれた死体の切れ端を、術者から遠く離れてもずっと「目玉」に見えるよう維持しておくことも不可能だろう。
メニオールという女が操るのは、やはり無貌種と見て間違いない。スカーが言う「アイテム」は、他の誰かの魔法ではなく、そのもの固有の能力によって変化を遂げている。
では、そのゴスペル本来の力は何なのだろう?
こんな狂人たちが集う場所で、何の力も持たない人間が価値ある地位を与えられるわけがない……。
ストレアルはそのことだけが気がかりだったが、結局、それ以上スカーからそのゴスペルに関する情報は引き出せないと判断した。
「なるほど、よくわかりました。情報提供に感謝いたします」
それよりもいまは、ミトラルダのことを聞けただけで十分としなければならない。
「……あんた、いまからゴスペルのところに行くのかい?」
「そうなりますね」
「メニオールがそこにいても、絶対に殺すんじゃねえぜ。もっとも、あんたに彼女が殺せるかどうか疑問だが」
それを聞き、ストレアルは眉をひそめた。
どのような相手でも、忠実に任務を遂行する。
もう手を抜く必要などない。目的地が見えた以上、あとはそこに向かってまい進するだけだ。
主神ラヴィリントと、守護神ホロウルンに誓って――
※
……ストレアルの意識を現実に引き戻したのは、眼前に迫る屋敷の中から出てきた、首輪付きの魔物の群れだった。
「……歓迎の準備は万全というわけですね。しかし、これではこの屋敷に何かがあると言っているようなものです」
本領を発揮できる展開を迎え、ストレアルはまた舌なめずりした。
恋愛も、その先にある情愛も知らない。女神の加護を受けてからというもの、戦いに勝利することだけが自分の知る快楽だった。
戦いのときだけ、ストレアルは奔放な自我を欲望とともに解き放つことができた。
いつしかそのときだけが、自分に許された自由な時間なのだと理解するようになった。
「さて、それじゃあ魔物狩りといこうか……こいつも、騎士の務めだ」
ストレアルの剣が、再び金色の輝きを帯び始めた――




