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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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移動

 ライトたちが東の戦場に向けて出発したのは、イミャルの消滅を見届けて直ぐのことだった。

 未だに回復していないライトは、またもナイトシェイド号に括り付けられた状態で、走らされそうになっている。ライトは降ろしてほしかったのだが、何故か女性陣が乗り気で、誰がライトの上に座るかでもめているようだ。


「僭越ながら申し上げます。ここは戦いが終わったばかりで疲労が溜まっている、ファイリ様とその従者である私めが乗るべきではないかと。それにイリアンヌ様は足が速いとお聞きしていますし、ロッディゲルス様はキマイラを召喚できるとのこと。問題はないように思えるのですが」


「メイド長、ナイスだ! 俺もそう思うぞ」


 ファイリが親指を突き立て、弁が立つメイド長に賛辞を贈る。


「いやいや、流石に神速使わないと追いつかないし、体力も温存しておかないと駄目でしょ。私も乗るべきよ!」


「残念ながら、キマイラは体調が悪くて休養中だ。我もキマイラがいればそれで良かったのだが、いやー、残念だ。本当に、困ったなー」


 二人も大人しく譲る気は全くないようで、何とか食い下がっている。

 更に激しく、相談という名の口論が続いている。一歩距離を置いた場所で、あたふたと左右に行ったり来たりを繰り返しているシェイコムが「じ、自分はどうすれば」と戸惑っているのだが、女性陣の耳に届くことはない。

 ライトはため息を一つ吐くと、神声をほんの少しだけ開放して彼女たちへ呼びかける。


「盛り上がっているところ、誠に申し訳ないのですが、人数も増えているようなのでこれを使ってください」


 何とか動かせるようになった右腕を収納袋に突っ込むと、お馴染みの透明の箱を取り出した。良く見ると箱の下部に魔物の骨でできた四輪の荷台がつけられている。


「こんなこともあろうかと、キャサリンさんに制作を頼んでいたのですよ」


 遠出する際にマースに頼んでナイトシェイド号を借りる予定で、予め作ってもらっていた逸品が役に立った。

 寝床、結界、貯金箱と大活躍の巨大な透明の箱。今回の出番は荷台役のようだ。

 三メートル四方の大きさなので全員乗り込める容量があり、ナイトシェイドの馬力なら全員ひっくるめても問題なく運べる重量ではある。


「では、誰が乗り込むかの前に、ここから東の戦場までどのくらい時間が掛かりそうか、教えてもらえますか」


「そうだな。当初の計画通り戦いが進んでいるのであれば、東の戦場は東門から徒歩で四時間。駆け足気味に移動すれば二時間ちょいだな。ここからだと、少し北の街道から繋がっているのを考慮して……ナイトシェイドは全員引っ張ったとして、足の速さはどんなもんだ?」


 ライトはマースに散々聞かされた自慢話を思い出す。彼女の会話内容は父かナイトシェイドの話ばかりで、馬力や足の速さを何度も繰り返し聞かされ、その内容を記憶してしまう程だった。


「確か、十人乗りの荷台を一匹で引っ張っても、何もない状態の馬を余裕で上回るぐらいの速さだそうです」


「凄いなそれは。じゃあ、馬より早いと考えて計算すると、全速力で二時間といったところか」


「丁度いい時間ですね。私も回復が終わってそうですし。では、話を戻しまして。私たちと一緒に東の戦場へ向かうのは」


 ライトが周囲の仲間を見回すと、すっと腕が上がっていく。

 ファイリ、メイド長、ロッディゲルス、イリアンヌ、シェイコムが同行するようだ。


「教皇様。申し訳ございません。今回の戦いで己の未熟さを痛感しました。私たちは戦える者を再編成し、後を追います」


 大地に膝をつき深々と頭を下げるサンクロスの肩にファイリは手を添え、穏やかに声を掛ける。


「負傷者と動ける者の過半数は首都へ戻ってくれ。そして、西と南の門は閉じておいてくれ。責任は教皇が取るとでも言っておけばいい。東門も状況に応じて閉鎖も考えておくように。後は任せたぞ、サンクロス」


「はっ! この命に代えましても!」


 サンクロスは雄々しく立ち上がると、生き残りや負傷者の対応に走っている。


「あいつに任せておけば大丈夫だろう。じゃあ、次の戦場へと向かうぞ!」


 決め顔で新たな戦場を指さすファイリだったが、まだ誰が箱に乗るか決まってはいなかった。

 その後、話し合いが始まったのだが、最低誰か一人はナイトシェイド号の背に乗る必要があった。周囲の警戒と途中で人や魔物に遭遇した場合の対応をする役目が必須となる為、透明箱の荷台から一人だけ追い出されることになる。

 話し合いに決着がつかない場合はライト自ら、再び背に括られるのも覚悟していたのだが、意外なことにあっさりと話がついた。


「自分がナイトシェイド号に騎乗させていただきます!」


 元気よく挙手し、自ら名乗り出たシェイコムが馬上の人となることで話はまとまった。

 女性陣が次々と透明の箱へ乗り込み、未だに縛られたままのライトをシェイコムとメイド長が降ろすのを手伝う。


「シェイコム君。本当に良いのですか。何なら私はこのままでも構わないのですよ」


「いえ、ライトさんは攻撃の要ですので、英気を養ってください! それに、自分は女性しかいない密集空間に耐えられそうにありません!」


 まだ十代半ばのシェイコムは顔を真っ赤にして、激しく頭を左右に振っている。

 この歳の青年が、性格に難はあるが美人と狭い空間で一緒になる。確かに色々と耐えるのがきつそうだとライトは納得する。


「私もこのままでいいような気がしてきました」


「何を仰っているのですか。ライト様はゆっくり休まないといけませんからね。皆さまが……手ぐすね引いて待ち構えておられますよ」


 意味深に微笑むメイド長にライトが引きずられていく。シェイコムは背筋を伸ばし敬礼すると「ご武運を!」死地に向かう戦士を見送るかのような目で、遠ざかるライトを見つめていた。

 透明の箱へと収納されたライトは箱の隅に寝転がり、ナイトシェイド号に出発の指示を出す。ナイトシェイド号は了解の返事代わりに大きく一度いななくと、前足を高々と上げ一歩踏み出した。

 序盤はゆっくりと慎重に走り出したのだが、荷台の重さとバランス感覚が掴めてきたようで徐々に加速していく。整備された街道へ移るとナイトシェイド号は本気を出し、透明の箱から見える周囲の光景は飛ぶように過ぎ去っていた。


「このお馬さん、凄いですわね。これだけの重量を引っ張っていながら、全く苦にしていない様に見えますわ」


「そうですね。この状況は」


「それに、この荷台も整備されている街道の上とはいえ振動が少なく、乗り心地も抜群です」


 何かを言おうとしたライトの言葉に被せて、メイド長が話しかけてくる。


「キャサリンさんは武具が一番得意なのですが、一時期、魔物や野党に襲撃されても安全な荷馬車作りに凝っていたらしく、その時のノウハウが生かされているそうですよ。そろそろ、少し離れてもらえると有難いのですが」


 箱の隅で転がっていたライトの頭は今、メイド長の太ももの上に置かれている。時折、嬉しそうにライトの髪を撫でている。


「おい……メイド長。何をやっている」


 怒気を含んだファイリの威圧的な声がメイド長に向けて放たれるが、涼しい顔をして首を傾げている。ロッディゲルス、イリアンヌからの鋭い視線がメイド長を突き刺しているのだが、気にも留めていない。


「見ての通り、膝枕ですが?」


「わかっている! 何で、お前が、ひ、ざ、ま、く、ら、をしているのかと聞いている!」


「身動きの取れないライト様を誰かが見守らねばなりません。こういった場合の世話係はメイドと相場が決まっていますので」


「そうだけど、そうじゃないだろ! あ、あれだ。今回、メイド長はよくやってくれた。だから、ゆっくり休んでくれ。仕方ないから、俺がその、なんだ、膝枕を代わってやろう!」


 ファイリからの申し出を聞き、メイド長は視線をファイリの胸元から脚へ、値踏みするように移動させる。


「失礼ながら、そのような薄手の肉付きでは膝枕も気持ちよくないかと。ライト様も私の程よい弾力の膝枕をご所望ですよね」


 肯定も否定もしてはいけないことをライトは瞬時に悟り、黙秘を続ける。


「な、な、な、な」


 メイド長からの切り返しに、ファイリは咄嗟に反論が思い浮かばないようだ。


「うーん、まあ、それはメイド長さんの発言にも一理あるかな。だったら、私が代わってあげるわよ。脚には自信があるからね」


 身を乗り出していたファイリを押しのけると、イリアンヌがわざとらしく脚を伸ばし、短パンから剥き出しの脚線美を見せつける。


「確かに、脚だけは、素晴らしいですわ。ですが、イリアンヌ様は戦況を左右する重要な役割。そして脚はイリアンヌ様の能力を引き出す最大の武器ではないですか。今後の戦いを考慮して負担をかけぬようにしなければなりません」


 正論を返されイリアンヌも言葉に詰まる。

 二人が撃沈し、残る一人となったロッディゲルスへと視線が集中する。

 勝ち誇った態度のメイド長を正面から見据えると、ロッディゲルスは意味深な笑みを浮かべ口を開いた。


「メイド長の言うことは道理にかなっている。だが、メイド長。キミも立派な戦力だと我々は考えている。ならば、膝枕をせずに休むべきではないのかね、メイド長」


「一理ありますが、ここにいる面々の中で戦力が最も劣るのは私です。そして、ライト様は欠かすことのできない攻撃の要。私を犠牲にしてでも、万全の状態で回復に努めてもらわなければなりません」


 女の討論に口を挟むことは死を受け入れるのと同等。と母に言い聞かされていたライトは黙って目を閉じている。本当に早く回復してほしいのなら、放っておいて欲しいと言いたかったが。


「そうか。ならば膝枕よりも快適で、誰の負担にもならなければ問題がないということだな」


「まあ、そうですわね」


「では、我が下僕であるキマイラを呼び出し、腹枕で寝てもらおうではないか!」


 あのふかふかのお腹に頭を埋められるなら、ライトとしても嬉しい限りなので異論はないのだが、問題はそこではなかった。

 慌てて周囲が止めようとしたのだが発動が一足早く、キマイラが召喚されてしまう。


『え、何? あれ、動けないよ! 狭い、狭い! 誰か助けてー!』


「こら、動くな落ち着け!」


 全長三メートルはあるキマイラが呼び出されたのだ、透明の箱が一気に押し詰め状態になる。

 状況が掴めないキマイラが激しく暴れる度に、箱内部にいるライトたちは壁に押し付けられ、壁に貼り付くような格好で街道を突っ走っている。

 透明の箱なので外から丸見えだったのだが、夜中で人の目につかなかったのが不幸中の幸いだろう。

 何とか落ち着かせたキマイラが体を縮め騒動が収まった頃には、箱の隅に押しやられ体が折れ曲がった状態になっていたライトは、その体勢のまま深い眠りに落ちていた。






 幼い頃、母は寝る前に様々な昔話を聞かせてくれた。

 心優しいオーガや、三匹の小さなオークが頑張ってランクが上の魔物を追い払う物語がライトのお気に入りだった。

 だけど、母が読む物語の大半は冒険者が戦う話で、戦争が絡んでくる作品も数多くあった。母は冒険者や英雄が出てくる話を聞かせる時は、同じ物語の本を二冊用意していた。

 子供向けに残酷な描写が削られ、ハッピーエンドな話と――史実を元に書かれた歴史書。

 まず子供向けの話を読んでから、続いて、まるで見てきたかのように臨場感溢れる戦いの場面や、人の醜さや愚かさを語って聞かせた。

 そして、こう言うのだ「揉め事も起こさず、仲間や知り合いが死なない英雄譚なんてないの。そんなのは子供向けの物語の中だけ。生きるとはそういうものなの。憧れるのは構わないけど、ちゃんとそこは見極める様に」と。

 ライトは透明の箱の中で母が何度も語っていた事が、頭をよぎる。

 無数の魔物の死骸と、元は人間だったであろう頭髪や体の部位の食べ残しが大地を埋め尽くす、東の戦場にて――手刀で腹を貫かれ掲げられた、ギルドマスターの遺体を呆然と見つめ、母の語りを思い出さずにはいられなかった。


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