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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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過去編 虚無の大穴

 ライトはただ真っすぐに下へと落ちていく。

 落下状態により足元から登ってくる妙な感覚を押し殺し、状況を冷静に判断しようとする。


「くっ、下は何も見えない。上は遠ざかる空。今、急に空いた穴に落ちているのか」


 ライトは大穴の側面近くにいたようで、右手の方向には穴の側面であろう土が見えている。左手の方向は無数の建物や人が、大穴に呑み込まれるかのように落ちていく様子が見える。

 十秒以上は落ち続けているのだが、未だに底につかない。このまま落下すれば怪力と頑丈さが売りのライトであろうと、激突の衝撃で潰れるのは間違いない。


「大穴の底がどこにあるのか、確認だけでもっ」


 落下速度を少しでも落とすため、両手両足を大きく広げ、風を受ける面積を増やす。

 その状態のまま、意識を集中し『聖光弾』を発動させた。


「頼みますよっ」


 光の弾を落下方向へ発射する。光が照らすことにより穴の状況が鮮明に浮かぶ。どうやら穴は緩やかな傾斜ではあるが、すり鉢状になっているようだ。そして穴の側面には道のようなものがあり、それが穴の底から地上まで螺旋状に続いていた。

 穴の縁付近にいるライトがこのまま落ちると、壁面に沿って走る道のような部分の地面に遅からず激突する。


「どうすればっ! 衝撃を和らげるために受身なんて無意味でしょうし、私は飛行魔法や転移魔法なんて使えませんし。このままではっ」


 助かる見込みのない絶体絶命の状態なのだが、ライトは焦る心を無理やり押し込み、頭をフル回転させる。先ほど放った光の弾が地面へと到達し、自分がこのまま墜落する場所を闇に浮かび上がらせる。


「くそっ、せっかく買ったメイスも使う機会もなく……メイスっ!?」


 ライトはとあることを思い出し、左手の人差し指に触れた。そこには、メイス購入時に貰った小さな指輪がはめられている。


「頼みますよ!『開放』」


 ライトは左手を自分の体に当て、魔道具を発動させるキーワードを叫んだ。

 下へ下へと吸い込まれていた体が浮遊感に包まれる。周囲の瓦礫や人が猛スピードで闇へと落ちていく中、ライトだけが暗闇に浮かび、ゆっくりと下降していく。

 そのライトの近くを無数の瓦礫と――人々が重力に従い為す術もなく落ちていく。


「……すみません」


 突然の状況と絶望感により悲鳴を上げることもできず、地面へと叩きつけられる未来が待っている人々に、ライトは謝る事しかできない。どうにか一命をとりとめることには成功したが、他の人を助ける余裕など何処にもなかった。

 下方から瓦礫が叩きつけられる音が、耳に届く。その音に紛れて人の潰れる音や断末魔の悲鳴がかき消されたのは、不幸中の幸いだったのだろうか。

 ライトは光の弾が照らす地面へと降り立った。

 そこは穴の側面に沿って作られた道で、道幅は軽く一キロはあるだろう。

 地面には建造物の粉々になった破片が無数に転がっている。それ以外にも衣類の切れ端や、それに付いた赤黒い肉片は住民の成れの果てなのだろう。


「一人一人を弔う時間を取れず申し訳ありません……皆に安らかなる眠りを」


 地面に膝をつき、多くの死者に祈りを捧げる。

 暫くそのままでいたが、ライトは閉じていた瞼を開け意識を切り替えた。

 改めて、自分のいる場所を確認する。


「大きな穴に偶然出来た道なわけがないですよね」


 この道は意図的なものであり、何かが地の底から地上への道を造ったのだろう。


「地上へと向かいたいところですが」


 穴付近まで近づき、上空を見上げる。遥か彼方に空が見える。地上と穴の境目も見えるには見えるのだが、その距離は目測で、この国一番の標高を誇る霊峰レジスを見上げた時の感じに似ていた。


「いったい、どこまで落ちたのですか。一日や二日で行けるような距離ではなさそうですね」


 ライトが足をつけている道は斜度を殆ど感じさせないぐらい傾らかで、その道が町の外周をぐるりと何重にも渦巻いている。どれほどの距離を歩けば地上につくのか見当もつかない。


「遭難時の基本は助けが来るまで待つことですが、それは望み薄そうです。町一つが陥没したのですから、生存者は自分を除き絶望的。この町を訪れる人がこの惨状に気づくのは時間の問題。近くの大きな町へはここからだと一週間はかかる」


 ライトは落ち着きなく、その場で円を描くように歩き続けている。


「素早い対応をしたとしても、ここまで来るのに更に一週間。首都への連絡は更に遅れる。ここで待つとすれば、最短でも一ヶ月ぐらい生き延びねばなりませんか」


 背中の収納袋は無事なので、そこに蓄えられている食料があれば一ヶ月どころか三ヶ月はもつだろう。過去の経験により食料品は多めに備蓄することを心がけていたことが、功を奏したようだ。


「ですがそれは、この場所が安全である場合という前提であって、危険な場所であるなら」


 ライトは鋭い視線を穴の底へ向けると、辺りを見回し隠れる場所を探した。周辺には無数の瓦礫が突き刺さっている。

 以前は石造りの民家だったであろう瓦礫の後ろへ身を隠し、息を潜める。

 穴の奥から虫の羽音が聞こえてくる。その音は徐々に大きくなり、ライトが放ち未だ輝き続けている聖光弾の明かりへ集まってきている。

 ライトは瓦礫から少しだけ顔を出し、音の源へと視線をやる。


『ナンダ コノヒカリハ』


『チカヅクト カラダガ イタイ』


『コレハ セイゾクセイノ マホウ』


 微かに耳へ届いた話し声は、どこか歪で甲高くライトは不快な気分になる。

 光の魔法を遠巻きに眺めている、異形の生物が三体いた。

 体の大きさ骨格は人間のようなのだが、皮膚は赤黒く体毛がない。背中には大きな蠅のような羽が生え、耳障りな音を立てている。


「あれは、悪魔ですね。レッサーデーモンだと思うのですが、何故こんな場所に」


 ライトはそのまま聞き耳を立て、様子を窺う。


『ニンゲンガ イルノカ』


『ソレハナイ ヒトハ アノタカサカラ オチレバ シヌ』


『ワレワレハ サキニ チジョウヘ イク』


 聖光弾から離れ、レッサーデーモンたちは上空へと飛んでいった。

 ライトは隠れていた瓦礫から出ようとしたが、背筋に冷たいものが走り抜ける感覚に、慌てて瓦礫の影へと戻った。

 ライトが隠れたタイミングとほぼ同時に、ライトの距離からだと点のように見える何かが、穴の内部から黒い水が噴き出すかのように、勢いよく地上へ向けて移動している。

 それは数千、いや、数万はいる翼が生えた飛行能力がある魔物の群れであり、穴の底から無数の魔物が地上を目指し飛び立つ姿だった。


「なっ」


 あまりの光景に言葉を失う。だが、惚けている場合でないことは十分承知しているライトは気を取り直し、現実逃避をしている暇はないと頭を無理やり働かす。


「あれ程の数の魔物が現れたということは、この地の底にはその親玉がいると見るべきですか。いや、魔界と直接つながっている可能性も考慮しないと。となると、下へ降りていくのは愚の骨頂。ならば、どれだけ時間がかかろうと、上へ上へと進むべきですね」


 決断してからの行動は早かった。長く続く道を前へ前へと進み続ける。足を止めることはなく頭は働き続ける。考えることにより、今自分が置かれている絶望的状況から目を背けたかった。


「先ほど現れたのは、飛行能力をもつ魔物でした。となると、飛行能力を持たない魔物はどうしているのでしょう」


 その疑問に対する答えが頭に浮かんだライトは、愕然とした。


「この螺旋状になった道は、飛行能力を持たない魔物たち用の通路なのでは……」


 ライトは唾を飲み込み、下へと続く螺旋状の道の先を見つめた。そこには漆黒の闇が広がっているだけだった。


「穴の底からここまでかなりの距離がありそうなので、明日、明後日に自分がいる場所へたどり着くということはないでしょうが、いざという時の隠れる場所を探しておいた方が良さそうですね」


 聖光弾の出力を下げ、持続時間を伸ばした小さな光の弾を発生させると、それを明かり代わりに上へと進む。

 途中大きな瓦礫が落ちている場所を見つけると、何か使えるものがないか周囲を漁り、消耗品や食料を見つけては補充していく。

 半日以上歩き続けたライトは休憩できそうな場所を探していた。


 今いる場所にある瓦礫は今までのものと比べかなり大きく、豪華な装飾品や調度品の成れの果てが落ちている様から、元はかなり立派な屋敷だったことが窺い知れる。

 屋敷に使用された材料も良質なものを使っていたようで、かなり原型を止めている部屋もある。その中に一際異彩を放っている物体があった。

 それは恐らく小さな部屋ではないかと思われた。その部屋らしきモノは四方を囲む壁のようなモノが存在している。だが、その全てが透明であった。

天井や床らしき部分も壁と同じく透明ではあるが、絨毯が引かれていることから部屋であったのではないかと考えられる。この高さから落ちて運が良かったとしても、ここまで形を残しているのは有り得ないはずなのだが。

 その透明の壁に囲まれた大きな箱を軽く小突いた。

 壁材として使われる木材や石材ではない、鉱物を加工した感触がする。


「この材質……魔力を感じます」


 箱部屋の形は正六面体で、奥行、幅、高さは一辺三メートルぐらいだ。収納袋からメイスを取り出し、軽く透明の箱部屋の側面を叩いてみる。

 衝撃で透明の箱部屋が大穴の壁面へめり込むが、叩いた部分に傷一つない。


「これは観賞用の部屋でしょうか。噂には聞いたことがありましたが、まさか本当だったとは」


 金持ちが強力な魔物を非合法な手段で捕まえ、観賞用として飼うという話をライトは聞いたことがあった。普通は檻にでも入れておくようだが、Aランクの魔物となるとそんな物では対処できないため、膨大な魔力を使い特殊な加工をした透明な箱のようなものに閉じ込めると。


「この箱使えそうですね。入口は何処でしょうか」


 壁に埋まっていた箱を引きずり出すと、壁周辺を調べる。全てが透明だったため見た目にはわかりにくかったのだが、小さな出っ張りを見つけ引っ張ってみる。

 何か魔法の鍵のようなものがかかっているのかと身構えたのだが、あっさりと扉は開いた。ライトは知らなかったが、この部屋はまだ未使用で数日後に魔物が届いたら、魔法で施錠をする予定だった。

 部屋の中に入り、内側から壁を叩くがやはりビクともしない。

 魔物を閉じ込めるためのものなので、部屋内部は魔法が使えないように封印されるのかと思ったのだが、試しに使った魔法は普通に発動できた。


「あれですか、中に入れた魔物が魔法を使うのを見物するために、あえて封印はしないと。悪趣味ここに極まれりですね。ということは頑丈さにはかなりの自信があると」


 ライトは部屋から出ると収納袋を地面へと下ろした。そして、透明な箱部屋を掴み持ち上げると隅の尖った部分を、収納袋の口へ押し込んだ。

 すると、収納袋の口より大きい透明の箱部屋が、瞬く間に収納袋へ吸い込まれていった。


「よっし。流石、母さんが現役時代に全財産をつぎ込んで買った袋です。驚きの収納力」


 本来収納袋は口より大きい物は入らない仕組みになっている。ライトが旅立つ日に母親から餞別にもらったこの収納袋は、収納容量もさる事ながら、袋の口に収納したい物の一部でも入れることができれば、容量オーバーさえしなければ何でも入れることができた。


「これで安全な寝床が手に入りました。透明ですので周囲の状況も判断できますし、この強度ならAランクであろうが一撃は防げるでしょう」


 ライトは他にも壊れた寝具や破れたカーテンなどを集め、収納袋へ放り込んでおいた。


「今日ほど帰還魔法が使えたら良かったと思ったことはありません」


 ライトは知らない。この大穴には特殊な結界が張られており、移動系の魔法が全て封じられていることを。


「ないものをねだっても、しょうがありません。この道は確実に地上へと続いているのですから。歩いていればいつかたどり着けるはずです」


 ライトは知らない。その考えが過ちだということを。


 ライトは知らない。この日から、三年、地上へ出ることが叶わないことを。



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