86.竜を従えし者 人ならざりし者--01
母の言葉に正気を取り戻した僕は、月の石の精霊からの魔法をとかれ七歳の子供の体に戻った。
髪色もこの国で目立たないようにと敢えて変えたブラウンの髪にブラウンの瞳。
そう、黒髪のジーンではなく一年生のジルにと戻った。
見た目は…ね。
リミィは漠然と感じていたようだけれど、自分の恋の成就に浮かれていたせいか、さほど気にした様子はなかった。(正直、助かった)
学園に通っても、気づく者はいなかった。
一人を覗いては…。
そうティムン兄様だ。
授業の前に僕は呼び止められ、生活指導室へと閉じ込められ詰問された。
ティムン兄様は、まるで僕が認識できないようで、物凄く警戒していた。
「お前、何者?その”気”。人間ではないよね?ジルをどうした?ジルを取り込んだのか?」と険しい表情で詰め寄ってきた。
流石、兄様は誤魔化せないようだ。
僕は覚悟を決めて本当の事を話す。
この国の守り神とされていた竜と同化したこと。
命を分かち、人ならざる者とたなってしまったことを。
或いは…竜であり人。人であり竜。
或いは…人でもなく竜でもなく…。
竜人という存在になった事を。
「な!何て事だ。ジルのっ!ジーンの自我は残っているのか?お前は僕のしっているジーンなのか?」
泣きそうな表情のティムン兄様。
心から僕の事を案じてくれているのが分かる。
「うん、そうだよ。兄様、僕の心や記憶はそのまま。でも、うん。人間…とは言えなくなってしまったかも」
「ああ、まさか…お前の母様はこの事を?」ティムン兄様は険しい表情でそう尋ねた。
「…って…」
「え?」
「…細かい事、気にするなって…まぁ、なっちゃったもんはしょうがないでしょって」
「え…えええ~?」ティムン兄様ががくりと膝をついた。
うん、そうだよね?拍子抜けしちゃうよね?分るよ。
そして僕は、母が言った弱いより強いほうがいいし、早死により長生きがいいし、要は心の持ちようで大きすぎる力を悪い事に使わなきゃいいだけだという竹を割ったような言葉をそのままティムン兄様に伝えた。
「さ…さすがというべきなのか…?なんていうか…姉様…お前の母様は、相変わらずすごいな。確かに言ってることは間違いないけど」
「うん…。僕、正直、竜人になってしまった瞬間、物凄く怖くなって壊れそうになったんだ。そんな時にもの凄い都合よく?母様からもしも~しって、すっごい緊張感もな~んにもない通信がきて…僕、母様に壊れそうな自分の事を打ち明けたんだ。そしたら、何か全部全部、まぁいいじゃん?みたいに肯定してくれちゃって…なんか大したことじゃないのかな~?なんて雰囲気に…」
「いや大した事だろう!一大事だと思うぞ!」
真剣にそう言うティムン兄様。
「あはっ!そうだよね!普通、そうだよね?母様ったら『”そんなのより、あの後、リミアも結局なんだかんだでティムンも大変だったんだから~”って…あ、兄様。リミィの事宜しくね?本当にリミィは兄様しか見えて無いんだから!とりあえずおめでとう?」そう言いながら僕は、何だか少しおかしくなって笑った。
本当にそうだよね?ふつうは一大事だよね?
「いやっ!僕とリミィの事とは話の次元が違うレベルでお前の方が大事だぞ!お前の母様は普通じゃないからね!はぁ~。まぁ、そしてその息子が普通じゃないのも当たり前なのかもな!全くもって規格外な親子だ」とティムン兄様は苦笑いした。
もやは、諦めの境地だと見て取れる。ごめんよ兄様。
「だよね?あのお母様の子だもん」
「ああ、規格外なところは、そっくりだな!まぁ姉上も”現存する女神”とか”月の石の主”とか呼ばれて、この世界の精霊たちを従えているんだからある意味、人外だもんな。はぁ~っ」
「ああ、もう。一瞬でも真剣に悩んだ僕が馬鹿みたいだ!まぁ、とにかく竜人になってもジーンがジーンで良かった。母である姉上が納得していて、お前がお前であるならば、何も問題はないんだよな」そう言って兄様は優しく微笑み僕を抱きしめてくれた。
そして、僕らは声をあげて笑い合いお互いの教室へ戻ったのだった。
そう、僕が僕でなくなった訳ではないのだから…。
これからもこの学園生活は続くのだから。
そう、この時はまだ、僕が竜人になった事で起こりうる学園生活の弊害など思いつきもしてはいなかった。




