82.竜を従えし者 困惑のジル--01
何だか気まずい雰囲気の中、母に言われるがままにポッティと共にあの場を去り、僕(ジーン)は、ポッティの眠っていたと言う、山の頂にきていた。
標高四千メートルはあろうかと言うこの山の頂には雪が降り積もっている。
「寒い…」
ほとんどの魔力を月の石から封印されている筈だが、どうやら前世の記憶が覚醒している自分の魔力の方が大きかったのか?
制限はかかっている筈ではあるものの一般の者達より魔法が使える?
そう気づいた僕は自分の周りに薄く温かい空気の膜をはり体を保護した。
『主!主!主~』ポッティは降り立った僕にスリスリと頭をなでろと言わんばかりに寄せてくる。
「やれやれ、悠久の時を経てもポッティは甘えん坊のまんまだな」
僕はそう、呆れた様に言いながらも、そんなにも長い間自分の事を忘れずに待ち続けていた忠義の竜にちょっとばかり…いや、大いに感動していた。
『主が死ぬなんて考えられなかった!我も主の後を追って死んでしまいたかった!食べる事も水を飲む事も断っていよいよ死の影が見えた頃、我の前に精霊賢者様が現れて…死ぬくらいなら己が主が創りしこの世界の一部なりとも守りつつ主が生まれ変わるのを待つがいい!と言われたのです!』
「アウンヘルムが…あいつめ」
『主にもう一度会える!そう信じて…信じて…やっと会えたっ』そう言って竜は大粒の涙を流した。
「っ!ポッティ!お前…」僕は慌ててその涙を両の手ですくい月の石に吸い取らせた。
(竜の涙は万能薬なのだ!勿体ない!)
咄嗟の僕のこの行動にポッティは大きく目を見開き、大きく咆哮し、大泣きした。
『う!うぁおぉぉぉ~っ!主~、こんな時にまで貴方と言う人は~っ!そんなに我の涙が欲しいのですかっっ!』もう号泣でもう壊れた蛇口から水が流れ続けるが如き勢いで涙が流れる。
僕は若干胸が痛みつつもそれを更に余すことなく月の石に吸い取らせる。
「お!ご…ごめん!でも勿体ない!」
暫くポッティの涙は止まらず、体が干からびてしまうのではないかと思われるほど涙を流した頃、ようやくジルは真剣にポッティを宥めた。
「ごめんごめん!ポッティ!お前が僕を覚えて待っていてくれたなんて思いがけなかった。本当に嬉しいと思ってる!もう泣かないで」
『うぐっ…うぐっ!主は我が泣いていた方が良いのだろう?この涙が欲しいのだろう?』
何百年も生きてきたこの地の守り神とされる竜が子供のように拗ねてぐずる。
「ああ、ああ、僕が悪かった。ポッティ!それほどにお前の涙は尊いものだからつい…その…条件反射と言うか…」
『と…尊い?』
「お、おお!そうっ!そうだとも僕の涙の千倍も万倍もいいや!それ以上の価値のある尊いものだ!ポッティの涙は生きとし生ける者の命を救う事の出来る奇跡の雫なのだから!」
そう力強く言いあげるとポッティの表情筋がぴくりと動き、涙が止まった。
『主より?』
「そうともっ!ポッティは素晴らしい!涙だけじゃない!こんな僕が生まれ変わるまで待ち続けていてくれたなんて本当に嬉しいよ!ありがとうポッティ!」そう言って僕はポッティの頭を抱え込み、目一杯撫でた。
『そ…そうか…。主よ。我も本当に嬉しい。もう離れない』
「ああ、いいよ。今回は健康な体で生まれたんだ。魔力暴走なんて起こさないよ。素晴らしく逞しい母や父から生まれる事ができたからね!ずっと一緒だよ…って言っても今世でも竜より長生きは出来ないだろうけどね?まぁ、前世よりはずっと長く一緒にいられると思うよ」
『っ!そんなっ。主はまた、我より先にしんでしまうのですか?我と命の契約をっ!前世では我がまだ子供だったからできなかった』
「ポチ…いや、今はもうポッティと呼ぶね?(どっちにしても名前に威厳は無いけど…これは言わぬが花だよね)ポッティ…。お前は今やこの地の守り神…今さら人間に従う事など無いんだよ?僕に縛られること無く番を見つけて子を成して…」
『主っ!なぜ?我と契約するのが嫌なのか?我と契約すれば主もあと悠に千年は生きられるのに』
「ははは、そんなに生きちゃ、今の自分に飽きちゃいそうだよ」
『そんな!また主のいない世界なんて…やっと…やっと再び会えたのに…』ポッティは、またがっくりと項垂れた。
「それにね…契約と言っても命の契約は、お互いが死ねば、お互いが死ぬ。竜の君はめったな事では死なないだろうが僕は人間だ。僕が何らかの外的要因で死ねば君まで死んでしまうんだよ?」
『そ、それは!でも我と命の契約を結べば、めったの事では傷つかぬ頑丈な体と病にすら侵されぬ竜の加護が…』
「そう…そうだね。でももし僕が例えば悪意的な呪いを受けたりしたら?今の小さい僕ではきっと死んでしまうよ?」
『そんな!?今の主を呪えるほどの魔力の持ち主なんて!』
「え?」
『主は、気づいてないのですか?どうやら月の石の精霊たちに封印を施されているようですが、ダダ漏れてますよ?』
「え?え?そんなに?」
『多分、抑えきれてない分が…』
「あれっ?おかしいな、まだ体も小さいし、そこまで復活できる筈ないのに…」
『いや、成竜になった我には分かる。主は今のままでも前世の主より強い魔力だ!』
「あっ!そうか、今、体が大きくなった事で魔力も…そうか、これは月の石の精霊達や母様も思い至らなかったのか!」と、僕は間抜けにも今頃、その事実に思い至った。
ミリィに(ティムンにミリィと気づかせない為の)魔法をかけた時に気づいていた筈なのにバタバタしていたせいか失念していたのだ。
「ポッティ、ごめん、今のこの姿は前世に死んだ頃と同じ位の大きさだけれど、本当はまだ七歳のちびっ子なんだよ。そうだね、あと七~八年くらい待ってくれるならいいよ?」
『ほ!本当か主!』
「うん、そうすればうっかり僕が先に死んじゃってもポッティを巻き込まずにすむかららね?」
その僕の言葉にポッティが、叫んだ。
『っ!主!それでは、駄目だ!それでは意味がないっ!』
「え?」
『我はもう、二度と置いて行かれたくはないのだっ!』
苦渋に満ちた表情でポッティは瞳をとじ、懇願する。
『どうか我を残して逝かないでほしい…もう二度と…もう…お願いだ』
「ポッティ…」
僕はこのとき、初めて何百年という悠久の時をたった一匹で待ちわびたポッティの気持ちを考えた。
いつ生まれ変わるともわからない主を待ち続けたポッティの寂しく苦しい不安な気持ちを…。
どんなに辛くてもポッティは僕の事を忘れる事などできなかったのだ。
「…お前…それほどまでに…」
『主がその年になるまでも我に護らせてほしい、竜の加護を!その間に主によほどの事があり死ぬことになったとしても一緒に逝く事こそが我が願い!』
「ポッティ…」
僕はそれが、正しい事かどうかは分からなかったけれどポッティの願いを受け入れた。
それは名付けただけではない血の契約。
お互いの血の雫をお互いが含み主である自分が新たな名を授けるのだ。
僕は自らポッテイの爪に指をひっかけ小さな傷を作り、ポッティの口に僕の血を一滴たらし、ポッティも自らの爪で自らの指から血を一滴流す。そしてそれを僕が含み心に浮かんだ新たなる名を唱える。
「ポッティ…お前の新しい名は…ギエンティナル!」
ギエンティナル…それは、この国の言葉で”悠久”の時を示す言葉。
そう僕が唱えると僕とギエンティナルの体はパァッと光に包まれ二人の命の契約が結ばれたのだった。




