80.リミィの想いの行方
とうとう嫌われてしまった!
そう思って胸が張り裂けそうなリミィは涙をこらえながら、ホテルの部屋を飛び出した。
国賓ご用達のホテルの長い廊下を走るリミィにすぐにティムンは追いつき腕を引き寄せ抱きしめた。
「えっ?」リミィは驚いた。
何故?リミィは、もう兄様と呼ぶことすら許してもらえない程に嫌われてしまったと言うのに、どうして自分を抱きしめるのか?と困惑した。
「はぁ、やっぱりリミィは分かってないね?」ティムンは呆れたような口調でため息をついた。
「なっ!わ、わかってます!兄様はもう私の事なんてお嫌いなのでしょう!」
リミィは、ティムンの腕から逃れるようにじたばたした。
「はぁ?そんな事あり得る訳ないじゃないか!大好きに決まっているだろう?こら、暴れないの!」
「えっ!?」
リミィは、自分の耳を疑った!
そんな自分に都合のいい展開になる筈がないと、そう思った。
「逃がさないよ?」
ティムンはリミィを包み込むように抱きしめた。
リミィは驚いた。
こんな甘い声で耳元で囁かれて平気でいられる筈も無い。
ずっとずっとずっと好きで恋い焦がれていた人に抱きしめられて囁かれたのある。
それはリミィが望んでも得られることなどないと思っていた『束縛』の言葉。
自分だけが望んでいると思っていた言葉だ。
「ごめんね、リミィ君がもっと大人になって僕以外の他の誰かに恋をしても僕はもう君を手放してなどあげられそうにないようだ」
「そ、それは…どういう…」リミィの声は震えていた。
どう聞いても自分に都合よく聞こえるこの言葉の意味は?と、頭の中をぐるぐると巡らせるが、あり得ないと否定する。
「愛しているよ。姪っ子だからじゃない。君が僕の唯一無二の人だ。君の年が今の姿においついたらお嫁においで…」
「う…嘘」
「僕が信じられない?それとも嫌かい?」
ティムンは、甘くほほ笑む。
そう、自信たっぷりの微笑みで…。
「い、嫌な筈がないです!」
「良かった!」そう言うとティムンは、そっとリミィに口づけた。
それは、そっと触れるだけの口づけである。
リミィは、その咄嗟の出来事に驚き心臓は早鐘のようになり顔が真っ赤になるのを感じた。
「にっ兄様っ!」
「兄様じゃないだろう?名前をお呼び」
そう言われてやっとティムンが自分を兄様と呼ぶなと言った意味を正しく理解した。
そして喜びと恥じらいに打ち震えながらその名を口にする。
「テ…ティムン様?」
「ふふ、よく出来ました」そう言いながらティムンはリミィをひきよせ頭を撫でる。
「さぁ、リミィ、これで君はもう僕のお手付きだよ?僕以外にはもうお嫁に行けないからね」と満面の笑顔を見せた。
「ほ、ほんとに?」
「ほんとだよ。リミィ、もう僕としか結婚できないからね?今さら嫌だなんて言っても遅いよ?」
たかがキスにそこまでの拘束力はなかろうと七歳のリミィにも分かったが、そんな事はどうでも良かった。
そう言う事にしちゃえばいいのである。
だって自分はティムン・アークフィルの事だけがずっとずっと欲しかったのだ!
「お、お兄様こそ!せっ、責任とってくださいませ!」
「喜んで!」ティムンは心からの笑顔でそう答えた。
「っ!」リミィは感極まって涙が溢れた。
胸の奥がきゅんとして痛いくらいだが幸せを感じた。
「さぁ、リミィ、そろそろ元の姿に戻りなさい」ティムンは名残惜しそうにしながらもリミィを自分の体から引きはがした。
「ええ?せっかくだから、しばらくこのままで…」と、リミィが残念そうに言うとティムンは小さくため息をついた。
「駄目だよ、懲りないねリミィ。君の安全の為にもね」
そういってティムンはリミィの鼻先を指先ではじいた。
その安全の意味もわからずリミィは首を傾げた。
「ああ、可愛い…小さなリミィも可愛かったけど、今のリミィも可愛すぎる…危険だ!早くもう元に戻って!取り返しのつかない事になる前にっ!」
そうティムンが言い放つと、リミィの腕輪についている”月の石”からリンが飛び出して慌ててリミィを元の姿に戻した。
きらきらと銀色の光に包まれてリミィは元の姿に戻る。
「ええええ~?」リミィは不服そうな声をあげたが、あとから追いかけてきたルミアーナはほっとしたように後ろに立っていた。
「おっ!お母様っ!一体いつからっ?」
「だっ!大丈夫よっ!今!たった今来たとこだから!何もみてないからっっ!ほっほんとだからっ」と返事をした。
「そっ、そうですか!」と七歳のリミィはほっとしたようにほほ笑んだ。
いやいや、絶対、最初から見てたよね?知ってたよ…だからこそ僕も軽いキスだけで思いとどまれたというか…とティムンは思っていた。
ティムンの深いため息にルミアーナがびくっとして、ティムンに申し訳なさそうに言葉をかけた。
「え…と、あ~…なんか、本当にごめん。気軽にリミィを大人にしたりして…ティムンの事、たきつけたみたいになっちゃって…」とルミアーナがティムンに詫びた。
「ふ…分かってるんだったらいいです。でも、もうリミィの事手放せないですからね?リミィだけではなく義姉様もダルタス義兄上にも覚悟してもらいますからね」と不敵な笑みをみせた。
「そ、それは…まぁ、リミィも望むところでしょうから…」とルミアーナが観念したように頷く。
ダルタスは、元より他に嫁にとられるくらいならティムンならと思っていたくらいだから願ってもない事だろう。
「そうですわっ!」とリミィ自身も同意した。
ぶかぶかのドレスをひきずる姿も可愛らしいが、色気は皆無の元気の良いリミィにティムンも母ルミアーナも苦笑した。
ルミアーナはティムンが欲望に身を任せずリミィの成長を再び待とうとしているであろう態度に心から感謝した。
この義弟であり将来の娘婿にしばらく…いや、一生、頭があがらないだろう。
本当に誠実で思慮深く申し分のない若者である。
これから八年もの時を待つと言ってくれるのだから。
「ティムン、これからも末永く宜しくね!もうリミィの事は貴方を信じて任せるわ!リミィが学園を卒業したらすぐに結婚式ね」
学園を卒業したら十五歳、やっぱり話を立ち聞きしてたんだとティムンは再認識した。
触れるだけの軽いキスでとどまった自分を褒めてやりたいティムンであった。
そしてこの日、リミィのもやもやは一気に解消したのだった。
明日からはリーチェ先生の事も今まで程には気にしなくてすみそうである。
だってティムンは自分を手放さないと!自分が十五歳になったらお嫁においでと言ってくれたのだから。
そしてリミィは心の平安を手に入れたのだった。




