78.リミアの苦悩
「リミア・ラフィリアード、君とは婚約破棄する」
心から慕うティムン兄様が感情のない冷たい声でそう言った。
「そんな!ティムン兄様どうして?」
私は叫んだ。
「君ではない人に心惹かれてしまった僕に君の許嫁たる資格はもうないんだよ」
「待って!そんなっ!その女性ってもしかして、舞踏会で出会った人なの?」
まさか、まさかそれは…。
私の心は凍りついた。
「おや?お母さんに聞いたのかい?そうだよ君に良く似た君ではない少女だよ」
「そんな!兄様!違うの!あれは!あれは私なのっっ!」
「何だって?馬鹿を言っちゃいけないよ?僕が君達双子を見分けられない訳がないだろう?」
「違うの!あれは、ジーンが、目くらましの魔法を…」
「見え透いた嘘はやめてくれリミア、君達双子には月の石の封印で大した魔法は使えなくなっている筈だよ?そんな細やかな魔法にこの僕がかかる筈もないだろう?」
兄様はまるで私の言う事など信じられないと言うように言い放った。
「でも、だって!」
「リミア、君にはがっかりだ!そんな嘘をつくなんて」
兄様の声はこれまでに一度も聞いたことの無いような抑揚のない冷たい声だった。
「うっ嘘じゃないわ!」私は泣きながらそう言った。
「それが、本当だとしたら、大人の姿になって僕をからかったということかい?どちらにしても嘘つきだねリミア!どちらにしも、そんな君とは許嫁などではいられないよ」
その決定的な言葉に私は言葉を失った。
「いやぁああああああ」
そして私は目覚めた。
「はぁっはぁっ…」
「ゆ…夢…?」私はそれが夢だった事に気づいて、ほっとした。
「リミィ!大丈夫?随分うなされていたわ!」母様が心配そうにのぞき込む。
ああ、そうだ、昨日の舞踏会のあと、明日が休日だからと母様の所に泊まったのだと思いだす。
公爵邸の近くの気賓客用のホテルの一室である。
「か、母様…」
「やっぱりジルの事より今はリミィの事の方が大問題ね…私も責任を感じるわ…」
母は私がやらかしたことに責任を感じているようである。
悪いのは私だ。
兄様を信じきれない私が悪いのだ。
今の夢だってお兄様を信じていない証拠のようなものである。
「リミィ、もう一度、あの姿におなりなさい!」
「えっ?母様、一体何を!」
私は母の提案に耳を疑った。
あんな魔法にたよって背伸びした結果がこれなのに…。
「母様も一緒にいてあげるから、あの姿でもう一度、目くらましをかけていない状態で会うのよ」
「え…でも」
「それだけで、少なくともティムンは気づくはずだわ!姿を変えただけであの子があなた達をわからなくなる筈がないんですもの」
「で、でも、どうしてジルの魔法くらいで…」
「ジルの魔力が桁外れだからよ…大人の姿になった事で月の石の精霊の封印の力を無効にしちゃうくらいにね」
「えええっ!」
「まぁ、それは今はおいといていいから」
さらっと凄い事実を暴露されたような気がしたけれど正直、今はそれどころでは無かったので私は母の意見に素直に頷いた。
「わ、わかりましたわ!お母様、私、あの姿でお兄様に謝ります!」
とにかく、やらかした事はしかたがない。
そう私は覚悟を決めて、再度、リンの魔法で大人になり、兄様に会う支度を整えた。
そして母様は、ホテルのレストランでご馳走するからとティムン兄様を招いた。




