76.不安な気持ち
ティムンは、寮に戻ると今夜の舞踏会で現れた少女や竜と少年の事を考えていた。
美しい漆黒の髪の少年と大公が竜神と崇めた竜。
普通ならこちらの方が気になって仕方がない筈なのに、何故か気にかかるのはリミィによく似た美しい少女の事だ。
名前すら聞くこともなかったが、何かが引っかかる。
精霊もひれ伏さんばかりの美しい少女だったが、ただ美しいだけならティムンの周りには割と多かった。
義姉のルミアーナや義母のルミネだって女神のごとき容姿だったし、美貌の精霊の方々さえ見慣れているティムンにとっては、どうという事では無かった。
その身に纏う気も普通というか何か鈍く白い靄のような膜で覆われたかのようによく見えなかったという方が正しかったかもしれない。
だからだろうか?
こんなにもあの少女が気になるのは…。
リミィに似ているから?
どくんっと胸の奥が波打った。
本当にそうなのだろうか?
あの少女に抱いた感情…。
抱きとめた時に感じたあの感じ…。
胸の奥にぞわりと湧いたあの一瞬の感覚。
そのまま抱きしめたまま、連れ去りたいような?
何か気づいてはいけない気持ちのような気がしてティムンはそこで考えるのを止めた。
そしてティムンは、リミィの事を考えようとした。
可愛い愛しい自分の姪っこの事を…。
しかし、うまくいかない。
いつもなら、心の中がほんわりと温かくなり幸せになれるのに、何かが満たされない。
自分の中にくすぶる熱の正体も分からずティムンは、熱いシャワーを浴びると無理やり眠りについた。
***
一方、母のルミアーナと、共にホテルに戻ったリミィは、不安を母に告白にしていた。
「兄様は、いつも私じゃない女性にもあんなに、親切なのでしょうか?」
「いいえ、リミィ、どっちらかというと穏やかで優しい口調の割にはそっけないわよ?」
「だったら、今日のあの感じは…?」
「さぁ、それは…でもまた一体何だって正体を隠したりしたの?ジルがしたことでしょうけどあなた達の気が目くらましのような魔力をかけられていたせいで、ティムンはあなた達がわからなくなっていたのよ?」
「えっ?」
「魔法でもかかっていなければ、貴女の事が分からない訳がないでしょう?ティムンの一番はあなた達なんだから」
「お母様、私は、ジルと私ではなく私を女性として見てほしいのですわ!」
「まぁ、リミィ…」
ルミアーナは絶句した。
いつもの幼い七歳のリミィの姿で言われたならば微笑ましいくらいにしか思わなかっただろう。
しかし、今の十五歳の姿のリミィの言葉と瞳には力と想いが籠っていて微笑んでいる場合ではない迫力がった。
「リュート!出てきてちょうだい!」
ルミアーナは精霊のリュートを自分の持つ月の石から呼び出した。
リュートとは、ルミアーナがこの世界で月の石の主として目覚めた時から仕える精霊である。
『主よ、深刻な顔をしてどうした?』古くから仕える精霊な事もありリュートは他の精霊たちよりちょっと(大分?)偉そうだが、一番頼りになる精霊である。
「子供達が舞踏会の様子を見たいと言ったのを面白がって私も簡単に許してしまったのがいけないんだけど、リミィが今の姿に引きずられたのか、気持ちまで大人になっちゃったみたいで」
『主よ、何を馬鹿な…確かに多少、見た目と近しい考え方にはなるだろうが、リミアのそれは、元々のものだ!そしてティムンが、大人のリミアをみて感じたのは恋情だ!異性に対する欲というものだな。まさしくリミアが欲している物だろう?』
「え!えええっ!で、でも、リミアは、まだ七歳よ?こんな大人みたいな…」
『主よ、主がダルタスと初めて会ったのは確か十六歳だったな。ちょうど良い頃に出会ったまでのこと!リミアは、たまたま運命の相手に生まれた時にすぐに出会ってしまったという事だろう?』
「う!運命の相手?」
もしかして、そうかな~?だったら、いいな~!とか思って微笑ましく思っていた母ルミアーナではあるが、”恋情”とか”異性に対する欲”とか言われた日には、まだ早いだろうと突っ込みを入れない訳にはいかない!
異性に対する欲って、つまりティムンがリミィに欲情しちゃったっつ~事よねっ?そう言う事よねっ?
ルミアーナは焦りまくりデアル!
『二人の相性が良すぎるのだ!そしてリミアの魂は、ティムンの魂に出会った瞬間からティムンだけを求めているのだから運命の相手としか言い様がないではないか』
「まぁ、で、でも、今の年で女性として認めてほしいなんて、やっぱり色々と問題があるような…」
『可哀想なのはティムンの方であろう?我慢を強いられるのは男の方だ!ティムンの魂はリミアを受け入れその成長を見守りながら運命が熟すまで待っていたというのに、いきなり熟した果実を見せられて』
「えええっ!それって」ルミアーナは顔を赤らめてリミィを見る。
まだ魔法を解いてない今のリミィなら確かに今のティムンと釣り合いも良く今直ぐ結婚したところでも何の問題もなさそうである。
あくまでも今の姿なら!である!しかし、それは現実ではない!
まだ、リミィは蕾にだって育っていない七歳児なのだから!
『ジルの桁外れな魔法は我ら精霊の力を凌駕しているが為、今回のリミアの成長した姿と七歳のリミアは別人だととらえているようだ。そのせいでティムンは、混乱しているぞ?生まれて初めてリミア以外の女性に興味を抱いた事に驚き、恋情まで抱いてしまったのだからリミアに罪悪感めいたものまで感じている」
「えっ!」
『素直に成長を待ってから出会えば、すんなりいったものを…』
「そ、それって、どういう事?私にも分かるように言ってちょうだい!」リミアが、ルミアーナとリュートの会話に口を挟んだ。
『リミアの成長と共にティムンの愛情は自然と姪っ子から女性に対するそれに変わっていく筈だったのに、別の女性と認識した運命の相手に出会ってしまったという奇天烈な事になっているな』
「「えええっ!」」
『魂が誠実に運命の相手だけを見ていると言うのにリミアには、まるで浮気者のような疑惑の想いまで持たれて気の毒としか言い様がないな』
リュートの言葉にリミィとルミアーナは後悔に青ざめた。
「「すっ!直ぐに本当の事をっ!」」
『ふむ…大人の姿のリミアに懸想したのだぞ?手も出せぬリミアに欲を感じたのだ。真面目なティムンはさぞかし悩むだろうな?気の毒な事だ。まぁ、見ている分には面白いが…人間の感情は真に繊細で見ていて飽きない』
「「どうしろって言うのよ~っ!」」
リュートは、意地悪な言い方で安易に時間を進めて大人の姿になったリミアとそれを許したルミアーナを責めていた。
反省しろよな!という事だろう。
(反省したとも!それはもう!)
ましてや、ティムンの誠実さを疑うなど、もってのほかだと言葉の端々で暗に示している。
(まったくもって、その通り!)
『まぁ、本当の事を言っても言わなくても今回の時間を捻じ曲げてしまった出会いはティムンを悩ませるだろう…という事だ。起こしてしまった事は仕方あるまい!主のうっかりはいつもの事だがさすがリミアも主の娘だけあって…』
「リュート、分かったわよ!分かったから、あんたもう下がっていいわっ!」ルミアーナはちょっと怒りながらリュートに言った。
いわゆるプチ”逆ギレ”というものである。
『ふふっ!主よ、結局はティムン次第という事だ』そう言ってリュートはルミアーの胸元に輝く”月の石”に戻っていった。
「母様~」
「ご、ごめんね、リミィ、母様とちょっと(大分?)考えなしだったわ!」
「ううん、私がいけないの!兄様は、今はまだ”可愛い姪っこ”だとしても、ちゃんと私だけを認めてくれていたのに私が兄様の前にこんな未来の姿(現実ではない姿)で現れたから!」
「と、とにかくティムンの事は様子をみましょう」
ルミアーナは、思った。
これは、あれである。
ダルタスにばれても大目玉だろう。
そして覚悟した。
ティムンがあの少女の事を聞いて来たら素直に本当の事を告げて、リミアと二人で謝ろうと…。




