75.舞踏会の終焉
ジルは、前世で可愛がっていた竜が思いがけず長生きして今の今まで自分を探していいたのかと思うとさすがに可哀想に思い、竜の頭をよしよしと撫でた。
「おまえ、大きくなったなぁ~」
『主は、以前と見た目が違う…』
そう語り合う竜と美少年に周りは静かに驚いていた。
はっとしたジルがふりかえった。
母ルミアーナが、意味ありげに微笑んでいる。
「ふふっ、後でお話しましょうね~」
そう言った。
ジルの額からはたらりと冷や汗が流れる。
ジルは、何かもう完全にばれている気がしていた。
前世の事とか…。
掌の上で転がらされていたのだろうかとがっくりする。
「姉様?あの少年を知っているのですか?」ティムンがそう尋ねるとルミアーナは変な顔をした。
「え?ティムン、あの子が誰かわからないの?」
「え?僕も知っている少年ですか?会った事があったかな?」
「あらま!ふぅん、あの子ったら…」ルミアーナはジルが何か目くらましの魔法を使ったのだろうと察した。
そう、精霊の封印さえものともせずに…。
「ねぇ、ティムン、じゃああの少年のパートナーの少女にも心当たりはない?」
ルミアーナは試すようにティムンに聞いてみた。
「え?初めて会う少女だと思いますが?彼女はリミィと良く似ていますから会った事があれば忘れないと思いますし」
「…うん、わかったわ」
「え?何がです?」
「いや、色々とね。(ジルの魔力の凄さとか?)取りあえず、あの少年は私の良く知っている子なのよ。竜はあの子のものみたいだし、ちょっと竜と一緒に下がらせるわ」
そんな怖いもの知らずなルミアーナの言葉は聞き耳を立てていた周りの者達も驚かせた。
「「「えっ?」」」
「「「「「えええっ?」」」」周りは静寂を破り、どよめいた。
ルミアーナは周りの目も構わず、ずんずんと竜とその美しい少年の間に割って入って行った。
皆、驚愕である!
「さぁ、あなた達、ここじゃ込み入った話も出来ないのではなくて?貴方のパートナーのお嬢さんは私が一緒に連れて帰ってあげますから、竜と一緒にちょっと出掛けてらっしゃいな。あっ、でもあんまり遅くなってはダメよ?後で報告してちょうだいね」
そうずけずけと言い放つルミアーナを見て竜のポッティはジルに話しかけた。
周りの人間達にはグルルルルと唸り声をあげているだけに聞こえるが、ジルや、ルミアーナにはその言葉が理解できた。
『主よ!この人間は?主に負けないほどの魔力と精霊の加護を感じるが…』
流石三百年以上も生きてきただけあり、その竜はルミアーナが普通の人間ではないと感じ取っていた。
「あ~うん、後で説明するから、とりあえず、ここから離れようかポチ…じゃあ、ルミアーナ様、また後で!失礼します!」」そう言ってジルは竜の背に乗りバルコニーから飛び立った。
そして取り残されたリミィは、呆然としていた。
何となく今さらティムンに自分がリミィと知られるのもどうかと思い、リミィもルミアーナと他人のフリをした。
「ル、ルミアーナ様、私は…」
「ええ、貴女は、私が送っていくから大丈夫ですよ」
「だったら僕が送りましょう」ティムンがそう言った。
「「え?」」
ルミアーナもリミィも意外そうに声をあげた。
それに対してティムンは不思議そうに言った。
「え?だって、パートナーに置いてけぼりになってしまった、おじょうさんを放っておけませんし…」
ティムンは純粋にそう思っている様だが、リミィは気が気ではない。
自分という許嫁がいるにも関わらず、頼まれもしないのに見ず知らずの少女を送っていこうだなどと、危なっかしいとリミィは思った。
素敵すぎるティムンには、もっと女性には警戒して距離をおいてほしいのにと内心やきもきした。
そんなリミィの考えを読んだのかルミアーナは、ふっと一息ついてティムンに言った。
「大丈夫よティムン。このお嬢さんは私と同じホテルに泊まっているのだから一緒に帰るから」
「そうですか…」
そして、その日はお互い名も告げあうこともなく帰ったのだった。
竜の騒ぎでその場は騒然となったが、少年が竜を連れ去った事でその場は収まった。
舞踏会はお開きとなった。
大公は吉兆とも言える竜の来訪に喜び、竜と少年について、かなりしつこくルミアーナに問いただそうとしたが、ルミアーナは取り合わず、さっさとリミィを連れて帰ってしまった。
ティムンもまた変に絡まれてはたまったものでは無いと思ったのか早々に、大公や学園長に退出の挨拶をすませると帰って行った。
そして、その日、リーチェとイースの兄妹はまるで現実ではなかったかのように感じながら帰って行った。
兄はルミアーナに妹はティムンに心を残しながら…。




