フィリアの婚約破棄-14 リハルトの後悔
リハルト・ホーミットは、激しく後悔していた。
自分を想うフィリアの気持ちに全く自信を持てなかった事。
それ故、弟の言葉を鵜呑みにしてしまった事。
臆病にも彼女に真意を確かめなかった事。
フィリアとの婚約を弟と代わった事。
その後、弟とフィリアの事に注意を払っていなかった事。
その全てにである。
ジルに「フィリアは返してあげない」と言われリハルトは絶句した。
「ジル、やめて…リハルト様は優しいから私の名誉を傷つけないように、ダンとの婚約破棄した私を気の毒がって自分との婚約を申し出てくれただけよ」
フィリアは、ジルにそう言ってリハルトを庇った。
「おや?そうなの?それはそれは…知らぬこととは言え、すみませんでしたね?リハルト先輩。でも、フィリアの事ならご心配には及びません。既にポーネット家とパリュム家で話は進んでおりますし、僕はダンのように彼女を傷つけたりは決していたしませんし、ましてや彼女の気持ちを彼女自身に聞きもせずに決めつけたりしませんから」
「っ!ダン!一体、ほんとにお前はフィリアに何を!」
「ぼ、僕は本当の事しか言ってないっ!」
「あら?本当の事って何ですの?私にはダン様が言うようにフィリアが、化け物や傷物には見えませんでしたし、ダン様の言っていることのほうが嘘ばっかりに聞こえましたわ!そうそう、確かダン様がおっしゃるには、リハルト様もフィリアが魔物の傷を負った事で、厄介払いする為に弟のダン様に押し付けたとか?被害者ぶっておられましたけど、私にはさっぱり納得いきませんでしたわ!」
「なっ!何をばかなっ!わ!私は魔物に襲われる危険を冒してまで弟を助けようとするほどに弟の事を好きなのかと思ったから…」
「違いますわっっ!」フィリアが涙目で否定した。
「ふぅん、そういう事…ね」ジルは、顎に手をあて、若干、思案するような顔をした後、にっこりとほほ笑んだ。
「フィリアにも誤解させる行動があったという事ですね?分かりました。これ以上、先輩を責めるような発言はいたしませんよ。失礼いたしました。ですが、もう貴方やダンとの間にあった婚約の話は過去の事、そこのところは、おわきまえ下さいね」
「お!おまえっ!無礼だぞっ!わきまえるのはお前だろうっ!子爵家ごとき身分で伯爵家嫡男の兄様に向かってっ!」
「やめろ!ダン!悪いのはこちらだ!」
「ええっ?兄様、何を言っているのです!たかが子爵ですよ?しかも商売などしている家ですよ?貴族崩れの商家のものなど!」
「やめよ!これ以上、恥を晒してくれるな!愚か者っ!」地の底から湧き出るような怒りの籠った兄の声にダンはびくっと肩を震わせ口をつぐんだ。
(ほう、どうやらフィリアの想い人はそれほど愚かではないようだな?ちょっと虐めすぎたかな?しかし弟の方は本当に馬鹿だな。これだけ馬鹿だといっそ清々しいくらいの悪役っぷりだぞ)とジルは思った。
するとリミィが、ダンの馬鹿っぷりに止めを刺した。
我が姉は子供ながら利発で末恐ろしいとジルは思う。(ジルはすでに恐ろしい子供だが)
「ふふ、ダン様?貴方は身分に随分と拘られて私達の家の事を馬鹿になさいますけれど、フィリアと兄が結婚すれば兄は次期ポーネット伯爵になりますのよ?そうなれば同じく次期ホーミット伯爵のリハルト様はともかく次男のダン様は爵位もないただの貴族ですわよ?子爵にも劣りますわね?」
にっこりと可愛くほほ笑むリミィはとても美しくて可愛かったが目は笑っていなかった。
リミィ…さすがは、あの母上の血を引いているだけある。
前世の頃の姉より三割増しくらい逞しい気がするジルだった。
「えっ?」ダンは、驚きの声をあげた。
ダンは身分に拘るくせに、この先自分の方が身分が下になる可能性についてなど想像もしていなかったようである。
「そう言う事だ」と兄のリハルトが短く答えた。
ダンの顔色はみるみる青くなり再び口をつぐみ悔しそうに下を向いた。
ダンがこの先、この学園で必死で学び、学者や騎士になれたとしても、もともとのスタートが早期入学者と優秀であろうジルやリミィの上に行けるなど到底無理だろうとリハルトは思った。
今、会話しただけでも生意気ながらもジルの優秀さをありありと感じたリハルトだった。
そんな只ならぬ会話の飛び交う中、馬車は休みなく走り続けて予定より少し早めの夕刻にはライリー学園に着いたのだった。




