絶好(絶交)のチャンス?
「ねぇ、ダン、貴方は事あるごとに私の事を”お前なんか”と言うけれど私との婚約は貴方が望んだからだと聞いていたのよ?貴方は私を好きだとリハルト様に言ったと聞いていたのだけど、それは嘘だったの?」
「はぁ?笑わせんなよ!そんなの、お前が傷者になる前の話だろう?その髪で隠している傷痕!僕は仕方なくもらってやるんだから、ありがたく思えよ!」
そのあまりの言葉に、戸口に控えていたハンスが口を挟んだ。
「坊ちゃま!何て事を!そもそも、その傷は坊ちゃまを助けようとして出来たものではございませんか!」
「う、うるさいっ!うるさいっ!助けてくれなんて頼んでないっ!勝手にしゃしゃり出てきて勝手に魔物に襲われたんだろうがっ!兄様だってそんな顔のお前なんかいらないから僕におしつけたに違いないんだからなっ!」
癇癪をおこすようにダンはそう言った。
「坊ちゃまっ!何て事を!リハルト様はそんな恥知らずな方ではございませんぞ!」
「何だよ!ハンス!実際、そうじゃないか!フィリアの顔に傷が出来た途端に自分の婚約者を俺に押し付けたんだ!それなのに父様や母様、それにお前までが僕のせいでフィリアが傷ついたんだから責任をとれみたいに言ってさ!」
「いい加減になさいませっ!」ハンスがとうとうキレて大きな声を出して机をバンッっと叩いた。
フィリアを目の前にして無神経にもほどのある言葉の数々にたとえ子供でも許されないとハンスは思ったのだ。
ダンはこれまでないくらいのハンスの強い口調に一瞬ひるんで泣きそうになった。
「な…何だよ。皆で僕を悪者にして…!兄さんだってフィリアから逃げたのに」
そんなダンの言葉の数々はフィリアの心をどんどん冷たく凍らせた。
幼馴染の情すら凍りつきそうである。
何だか、これまで好きでもないのに婚約してしまった事を申し訳ないと思っていた気持ちすらばかばかしくなってくるフィリアだった。
ハンスも呆れを通り越してダンを見る目が痛ましいものでも見るような眼差しに変わっていた。
この馬鹿はダメだ。
何を言っても無駄だ…そう思った時、フィリアが言葉を発した。
ある意味これはチャンスである。
実に自然な流れで言いだせるのだ。
フィリアは、ジルに言われていた言葉を今、ダンに切りだす!
「ねぇ、ダン?私達、婚約破棄いたしましょう?お父様やお母様には私からお手紙を書くわ」
「やめろ!どうせ、俺を悪者にして自分は悲劇のヒロインになるつもりなんだろう?」と言ってきた。
正直これにはハンスもフィリアも呆れすぎて一瞬言葉を失った。
「まぁ、そんなに心配なら私は別の人を婚約者にしたいからと言うわ。それだったらダンが悪い事にはならないでしょう?」
「はんっ!兄様にまた婚約者にしてくれとでも言うのか?お前にプライドってもんはないのか!」
そういうダンに正直『お前にだけは言われたくないわ!』とフィリアもだが聞いていて呆気にとられまくるハンスも思った。
馬鹿すぎて馬鹿すぎて馬鹿すぎて二の句がつげないと思うハンスだった。
それをフィリアは、ものともせず、言葉をつなげ、ハンスを感心させた。
ジルからの入知恵もあって、想定内のダンの言葉にむしろ余裕綽々だった。
「あら、リハルト様ではないわ!安心してちょうだい」
「は?一体、何を言ってるんだ?昔のお前ならともかく今のお前なんて…」
「ジル・パリュムに申し込まれてますの!」
「「はぁっっ?」」
この言葉にダンだけではなくハンスも驚いた。
「ジルの申し出を受ける為にもダンとの婚約は破棄させてもらいたいのよ。申し訳ないのだけど」と、申し訳なさそうに言って見せた。
「な、な、な、何をっ!」
ダンは顔を真っ赤にして怒った。
「ば!馬鹿にするなぁっ!」
ダンの自尊心はもはやボロボロに傷つけられていた。
自分がもらってやらなければ、どこにも貰い手がないだろうとタカをくくっていたフィリアに、自分を断ってまで子爵家なんかのしかも自分より三つも年下の子供のほうがいいと言われたのである。
「やけになったのか?そうなんだな?あんな子爵家の…」
「あら、やけになんて、とんでもない!ジルは身分なんかなくても賢くて優しくて、とても紳士なのよ?大体、学園に七歳で入れるなんてもの凄く優秀じゃないと無理ですものね!それにリミィも可愛いし!ジルと結婚したらリミィとも義理の姉妹になれるのですものね!楽しみでしかたないわ」と心から嬉しそうに微笑んで見せた。
まるで本当にジルに恋しているかのように嬉しそうに微笑んだのだ。
もちろん演技である。
毎日のように三人で集まるとジルの演技指導のもと、来るべきチャンスに備え婚約破棄を告げるタイミングを待っていた。
そしてそのチャンスがとうとう到来したのデアル!
そして、じつに見事にフィリアは演じきった。
ハンスも驚きを隠せなかったが、この話を信じたようだった。




