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馬鹿坊ちゃまは空気が読めない

 翌日からフィリアは、ジルに言われた通りダンやハンスには、顔の傷が治ったことを告げず、そしらぬ顔で過ごしていた。

 三人は毎日のように一緒にすごした。


 ジルが、まず、最初の作戦?としてとにかくジルやリミィと三人で仲良く過ごしてればいいというのだ。


 あえて人目につく甲板にでて仲良く散歩したり海を眺めながらお喋りを楽しんだり…。


 フィリアにしてみれば楽しいし嬉しいだけである。


 顔の傷跡もなくなり(ダンはその事を知らないが)気持ちも軽くなったので、双子達といるときは、それはもう幸せそうな笑顔の大盤振る舞いだった。


 そしてダンにはそれが面白くなかった。

 自分といる時には、唯々、諦めたような瞳でいたフィリアが笑っているのだ。

 何か非常に気にくわない。


 フィリアは、毎日のようにダンに意地悪な事を言われて来たのだ。

 そんな状況で楽しく笑える筈もない事にダンは、気づいていなかった。

 ダンは、唯々、空気を読めない憐れな少年だった。


「何なんだあいつら!子爵ごとき身分のくせに、伯爵令嬢のフィリアに馴れ馴れしすぎるんじゃないのか?この僕に挨拶すらしにこないし!」

 一人取り残されたダンは執事のハンスに愚痴る。


「向こうから挨拶にくれば、僕も一緒に遊んでやらないこともないのに…全く気のきかないチビどもだな!」


 ハンスはダンの言い様に呆れて注意を促した。


「坊ちゃま!何度、言ったらお分かりになるのです!彼らは子爵家とは言え皇族や他国の王族の方々とすら懇意にされている一族です!その財力、権力はホーミット家やポーネット家では足元にも及ばないのですよ」


「ぐっ!う!嘘だ!そんな訳あるか!子爵家ごときが皇族や王族に関われる訳ないだろう?馬鹿馬鹿しい!うちは伯爵家なんだぞ!ハンス!お前、僕が子供だと思っていい加減な事を!僕をこらしめようと適当な事をいってるんだろう?おあいにく様だな!そんな子供だましにひっかかると思ったら大間違いだ」

 ダンは勝ち誇ったようにそう言い放った。


 ハンスが大きなため息をひとつついて頭を抱える。


 はっきり言って、馬鹿だと思った。

 人の話をまるで聞いていない。

 適当に自分の都合のよい解釈をして事実を受け入れない。


 痛々しいやら腹立たしいやら…。

 ハンスにはもうどうにもお手上げの状態だった。


 本来なら、自分が間に入ってでも仲をとりもって坊ちゃまも仲間に入れてもらいたいところだが、この空気を読まない”馬鹿坊ちゃま”を下手に介入させて、とんでもない馬鹿をさらしたりパリュム家のお子様方を不快にさせては大変だ!と、そう思っている。


 いっそ、このまま、うちの馬鹿坊ちゃまと向こうにつくまで…いや、むしろ向こうに着いてからも、関わらないで頂きたい!

 何なら一生関わるな!と、そう心から願うハンスだった。


 船でジャニカ皇国を出発してから、既に二週間、船の乗客達もこの可愛らしい子供達の顔はすっかり覚えてしまっていた。

 三人とも、見目麗しく無邪気に見える。

 じゃれあうように戯れる姿は、誰がみても可愛らしく微笑ましかった。


 ***


「おい!フィリア!お前、一体どういうつもりだ!」ダンは夜、フィリアの部屋にきてそう言った。


「何がかしら?」


「お前は、仮にも伯爵令嬢だろう!あんな子爵家のガキどもとつるんで恥ずかしくないのか?」


「まぁ、何てことを!ダン、彼らは私達と同じ学園に通うのよ?確かに私達より三つも歳は下だけれど、そもそも学園では身分の上下は関係ない筈よ」


「ここは船の上で、まだ学園じゃないだろう!」


「それ以前に人としてどうかと思うわ!そんな、伯爵だの子爵だの言うなんて!彼らはとても賢くて楽しくて、しかも可愛いのよ!仲良くなりたいと思うのが当然でではなくて?」


「っ!うるさいっ!とにかく、お前は、曲がりなりにもこの僕の婚約者なんだから勝手なことをするなっ!お前なんかと婚約してやってるんだから僕の言う事をきけよ!あいつらとはもう口も聞くな!」


「なんですって?」


 さすがに、この言葉には今まで罪悪感からダンに言い返さなかったフィリアもかちんときた。


 自分自身が引け目に思ってきた傷跡が消えたせいもあっただろう。

 だが、自分自身に対する引け目はもうないのである。

 フィリアは、ダンにこれまで思っていても言わなかった言葉を告げた。

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