余談01-感嘆するハンス
ジルは、まずフィリアをジルとリミィの船室へと招待した。
ダンとフィリアの付き添いをしていた従者のハンスに人型になったリンを使いに出しその許可をもらいにいかせた。
作戦の遂行のための打ち合わせの為である。
「私、パリュム子爵家の従者のリンと申します。当家のお嬢様と坊ちゃまが、そちらのフィリアお嬢様と大変仲良くさせて頂き、今宵は是非、自分達の客室にお招きし、宜しければお泊り頂きたいと申しておりまして」とリンが口上を述べ、わずかながら頭を下げる。
本来なら精霊であるシンやリンが、主(双子達の母親)以外に頭を下げるなどあり得ないが、主の命令で今はジルとリミィの従者の役を演じているのだから致し方ないと従者らしく振る舞うがその美貌と優雅な身のこなしは到底、庶民とは違う雰囲気を漂わせており、ハンスを驚かせた。
「なんと…そうですか。先ほどは当方の坊ちゃまが、大変な失礼を…こちらからお詫びに窺わなければと思っていたところでございました」
ハンスは思った。
それにしてもパリュム子爵家とは!身分こそ伯爵家には劣るものの、ジャニカ皇国や近隣の国々で幅広く食材やあらゆる商品を取り扱い商いを行っていて、その財力は王家すら上回ると言われ、ジャニカ皇国だけでなく、あのはじまりの国ラフィリルの王侯貴族とも商いを行い一目置かれているというあの”パリュム家”かと!
「お嬢様はともかく、何分、坊ちゃまはまだまだ子供で本当に申し訳ございま…」そう言いながら頭を下げるハンスにダンが最後まで言わせるものかと遮るように文句を言った。
「ハンス!余計な事いうな!失礼なのは、あいつらだろう!たかが子爵家のくせにっ!僕は伯爵令息なんだぞ!」
「坊ちゃま!何という事をおっしゃるのですっっ!」ハンスは、呆れたようにため息をつきながら頭を振った。
何と言うことを!
この”馬鹿坊ちゃま”が!
パリュム家と言えば子爵家は子爵家でもホーミット家やポーネット家など足元にも及ばぬ財力と権力を持つ家なのだ。
その人脈たるや王国重鎮たちどころか国王や王妃にまで至り、その発言力は宰相をもしのぐほどと噂される一族なのである!
伯爵家をつぶす気か!と今までダンが見たこともないほど真剣にハンスはダンを睨み付けた。
これまでにない程のハンスのきつい眼差しと声にダンはぐっと堪えるような顔をしてぷいっと顔を背けて奥に入って行った。
「も!申し訳ありません」とハンスは汗を拭きながらリンに詫びた。
「いえ、お気になさらず。してフィリア様は、今宵、私共の方でお預かりしてもよろしゅうございましょうか?」
「そ、それは、もちろん…それでお部屋は?」
「最上階の船室を貸しきっておりますので、手前の部屋に私共も控えております。お世話も私の他にもう一人仕える者がおりますのでフィリア様にもご不便はおかけいたしませんので」
「なんと最上階にある三部屋を全て貸しきられておられるとは…」
ハンスは驚き感心した。
最上階のフロアは、本来、王室御用達の部屋で、船が満席の時にも空き部屋にしておくのが常である。
そんな部屋をフロアごと貸しきるなどと…。
さすがはパリュム家!宰相家をもしのぐほどと言われた噂は真実であったかと確信した。
ハンスは、従者とは言ってもホーミット伯爵家の執事で、主人であるホーミット伯爵とフィリアの父のポーネット伯爵からの信頼も厚く、今回二人を学園に送り届ける役を仰せつかっていた。
ある程度の判断は任されている。
あの馬鹿坊ちゃまがお泊りだなどと言えば全力で阻止するがフィリアお嬢様ならば問題なかろうとハンスは判断した。
子供ながら控えめでつつましく賢いお嬢様なら大丈夫と判断したハンスは、この申し出を有り難く受けた。
パリュム家との親交などポーネット伯爵様も願ってもないに違いない。
「もちろん、大丈夫でございます。音に聞こえたパリュム家のご子息、ご令嬢とお近づきになれてきっと親御様であられるポーネット伯爵様もお喜びになられるかと」
「そう言って頂けて安心いたしました。それではお嬢様は、明日にはまたこちらのお部屋まで私がお連れ致しますので」と頭を下げて帰って行った。
基本的にこの船にいる限り、身元の怪しいものなどいる筈もないと言われるほど乗船前のチェックはしっかりしている。
それは乗客のみならず、乗務員に至るまで厳しい審査を通った者達である。
だからこそ、二人の付き添いはハンスが一人だけで護衛もつけてはいない。
そんな中にあって送り迎え等、さすがはパリュム家だと感心せざるおえない。
しかも、従者でありながら、あり得ない程の美しさと気品…子供の従者ですらあれほどの者をつけているのだ。
まさに王族にもひけをとらぬと感嘆のため息をもらす。
(まぁ、しいて言えば、この船の中で一番怪しいのは名前を騙っているジルとリミィ…もしくは人間ですらないリンとシンなのだが、それはここだけの話である)
そして、この後ハンスは馬鹿坊ちゃまのダンをこれまでになく叱りつけたのだった。




