112.ジルは色々、加減する②
つい先刻まで、すごい勢いで吹き上げていた蒸気が収まり、ディオル達は、女達に地上で待つよう指示し、急いで、その穴から洞窟に入った。
念の為兎獣人のラディは護衛と見張りとして洞窟の外に待機している。
「あ…あれっ?熱くないぞ」と豹獣人で隊長のディオルが呟く。
「本当だ。先刻まであんなに熱い蒸気が噴出していたのに」と魔人のルーブが答える。
「これも、あの少年の魔力で?」とディオルが息を飲む。
「いや、天使様からの力だろう?」狼獣人のガウスが突っ込む。
「いや、それにしても…うわっっ!滑るっ」先頭のディオルが、つるつるしたガラスの岩肌で足を滑らすと、慌てて手を差し伸べたガウスやルーブも一緒になって穴の底まで転がった。
「「「うわっっ!」」」
「「「あいたたた」」」
洞窟の中は、どれほどの灼熱地獄かと思いきや、むしろガラスに覆われた壁はひんやりと心地よく洞窟内の温度は実に快適だった。
そして洞窟の先から小さな足音が、こちらに向かって聞こえた。
「誰っ?あれっ?来ちゃったんですか?」と、驚いたように目を見開く少年が目の前に現れた。
その少年の無事な姿にディオル達はほっと胸をなで下ろした。
「来ちゃったんですか?じゃねぇよ!無茶しやがって!」と反射的に狼獣人のガウスが叫んだ。
「え?」ジルはきょとんとする。
「本当にそうだぞ。いくら天使様の御力を借りれたといっても、その身にどれほどの負担があるかは分からないじゃないか?実際、自分の記憶さえ失っているのだろう?無茶をするものではない」と、ディオルが諭す。
「え…と、あの?天使様から聞いてないですか?僕に近づくのはまだ危ないかもしれないって…制御しきれない力に巻き込まれるかもって…」
申し訳なさそうに眉をへにゃりと寄せて言うジルに影の戦士たちは、切なくなる。
「それがどうした!俺たちは屈強な亜人魔人の中でも特に鍛え上げられた戦士だ。何より武人としての誇りがある。いくら強大な力を天使様から授かっていようとも、ジルはまだ幼い子供ではないか!ましてや記憶もない迷い子を放置するほど落ちぶれてはいない!」
そう、はっきりと告げるディオルに他の獣人魔人もうんうんと首を縦に振り頷く。
ジルは一瞬、言葉に詰まった。
(この人たち本当に何てかっこいいんだろう…まるで父様みたいだ…)と。
ジルは『始まりの国ラフィリル』にいる父ダルタス・ラフィリアード公爵を思い浮かべた。
強面の見た目から他国からも恐れられているラフィリルの三将軍の一人。
英雄と呼ばれし者。
月の石の主であり現存する女神と呼ばれる母ルミアーナの唯一無二の最愛の夫。
強くて優しい屈強な戦士達にその面影を重ねる。
「っ!」
ジルは言葉に詰まった。
胸の奥が熱くなる。
くしゃりと顔をゆがませ思わず涙が出そうになる。
そんなジルの表情に戦士たちは、駆け寄ろうと間を詰める。
「待って!そこから動かないで!僕に近づかないでっ!」
この優しく気高い戦士達を傷つけたくないとジルは心底思った。
「何を言ってる?早くこっちへ!地上に行こう。それともどこかに行く当てでもあるっていうのか?」
「天使様に言われたでしょう?僕と一緒にいたら危険なんだよ!少なくとも今は絶対ダメ!」
「何を言っている!お前は子供だぞ!それに今はダメってじゃあ一体いつだったら大丈夫だっていうんだ!」
「僕がこの力を制御できたと確認できるまでは…」
「そりゃ、いつまでだっ!」
「えっと、わかんないけど…一週間くらい?」
「たよりない返事だな?そんな事を言ってまた俺たちの前から姿を消すつもりじゃないだろうな?」
「そ、そんな事ない…僕も…やっぱり一人きりは寂しい…し」
そう、ジルは寂しかった。
だって、生まれて、このかた、一人きりなんて事今までになかったのだ。
学園に入る前には家族や双子の姉のリミィがいつだって側にいたし、学園に入ってからも、わんさか友人に囲まれて本当に寂しいと思った事はなかったから。
精霊のシンは、普段は基本、月の石の中にいるし、常に淡々としているのだ。
友達や家族とはやはり違うかった。
「でも、今はダメッなんだっ!ごめんなさいっ!」
自分で自分の力を9割がた封印したとはいえ、まだまだ安心はできない。
もっといろいろ試して、力加減を確認して慣れなければ、自分は自分の好きな人たちを傷つけてしまうかもしれないのである。
それは自分自身を傷つける事よりもずっと恐ろしい事に思えた。
ジルは真剣な眼差しでディオルを真正面から見据えた。
譲れない意思をその瞳に湛えて…
ディオルはその目を見て「は~っ」と大きく息を吐いた。
「仕方がないな…わかった。でもな、俺は毎日、様子を見に来るからな」
「ダメだよ!ぼくが言ってる事聞いてた?」ジルは泣きそうな顔でそう答えた。
「わかってるって!、洞窟の中には入らない、外からおまえさんがちゃんと生きてるのか確認しにくるだけだ。朝に一度、夕方に一度。それぐらいは許容しろ。でなきゃ、無理やりひきずってでも連れ帰るぞ」
その言葉にジルは仕方なく頷き小さな声で言った。
「ごめんなさい…ありがとう…」と。
「こっちが勝手にすることだ気にすんな」
そう言ってディオルは部下たちとともに女性たちを保護しその場を立ち去ったのだった。




