110.ジル劇場は止まらない②
ジルの言いつけで天使のふりをした精霊のシンは、仰々しくキラキラと光をまといつつ、ディオル達の前に降り立ち、言葉をかけた。
「この地の正しき心の戦士達よ。魔族より救いしこの者達を其方達に託す」
ディオル達は咄嗟に片膝をつき頭を垂れる。
「「「「ははっ!」」」」
そんな中、ディオルが天使に向かって声をあげた。
「天使様、この女性たちは魔族に…その」
聞きにくそうに尋ねるディオルに天使は答える。
「この者達はまだ清いままである。魔族の種は植え付けられておらぬ故、望むなら故郷へ返してやるがよい」
「はっ!はい!」ディオルも他のメンバーもほっとしたように頷いた。
そして天使はその身を翻し去ろうとした。
「あ、あのっ」
「まだ何か問うか?」
思い詰めたような表情で問うディオルに天使は振り返る。
「申し訳ありません。ジルという人間らしき子供が、どこからか魔法によって飛ばされて来て今また、どこかに消えてしまいました。この地は魔族や亜人達がひしめき暮らす地。良きものもいますが悪しき者もおります。人間の…ましてや子供が一人で無事に生きていけるとは思えません。魔法に飛ばされたと言っても…その子供は悪しき者にはとても思えませんでした。その子供も保護したいのですが姿を消してしまって…もしや天使様にはその子供に心当たりがございましょうや?」
一瞬、シンは、どう答えたものかと思い、思わず念話で、ジルに『どうしますか?』と問うてはみたものの『悪い子じゃないって言って!でも力の制御ができないから、近づいたら危ないって適当に上手いこと言って!』と何気に無茶ぶりをされた。
一瞬、呆れたように言葉をつまらせたが冷静なシンは天使を演じる。
「…その者ならば…悪しき者ではない。この者達を救うために我が一時的に力を貸し与えた者である。(嘘)ただ子供の身で我の力が制御しきれず、力が暴走したのだろう。この者達を救うために放った力は暴走し地下に巨大なガラスの空洞を作りその中で今一人でいる。保護するのは構わぬが、その力に巻き込まれぬようにするがよい」
「えっ!そんな!あんな子供にそのような力をっ?」
「天使の力は汚れなき魂の持ち主にしか貸し与えられぬゆえの事。あの者がその力を持たねばこの者達は救う事が出来なかったであろう。天使の私は直接、人間には関われぬ。出来るのは汚れなき魂に力を授ける事のみ(物凄く適当な嘘)そして、あの子供は私に力をと祈ったのだ。この者達を救う為」
「「「「な…なんと」」」」
「あの少年は、記憶がないようでした!まさか、その力のせいで?」
「む…小さき体では天の力は直ぐには制御しづらかったのであろう…。しかしあの者にはそれを乗り越える力と気高き心がある。大丈夫だ」
「一体、あの子は何者なのです。一体どこから」
---段々、面倒くさくなってきたシンは適当に引き上げる事にした---
「私がこれ以上、答えるべきことはない…我が言えることはあの者は悪しき者ではない…しかし力の制御がまだ心もとない…其方達も生半可な同情で近づけば、その力の暴走に巻き込まれかねぬという事だ」
天使は意味ありげに微笑むと三人の女達をその場に残し、光となって消えた。
「「「「えっ!天使様っ」」」」皆は驚く。
「消えた!そんな!」
『『『『な、なんて無責任な…』』』』と口には出さないが皆がそう思った。
今の説明だと天使様が悪者を倒すための力を心の綺麗なジルに与えておきながら、あとは知らんぷりしているようであろ。
(実際はジル本人の力なのだから、シンの方こそ可哀想なくらいなのだが…全くもっていい濡れ衣なのだがとんだ悪役である)
「あんな小さな子供に、そんな制御しきれない力を与えて放置なんて!」と魔人のルーブが眉根を寄せて呟く。
「今の天使様のおっしゃりようでは、まるで命が惜しければ子供に近づくなと言わんばかりじゃないか!」狼獣人のガウスも不敬とは思いつつも天使に対して不満を意を隠せない。
「い、いや!天使様のおっしゃる事ならきっと何か意味が!」と兎獣人のラディが言うが自信なさげである。
「ああ!あの子は私たちを助けるために、そんな危険な力をその身に受けたのですね」
「あんなに小さいのに…ううっ」リナとミナが泣き崩れる。
「ああ!どうか、あの少年を助けてくださいまし!あの子はまだ、この地の底にいるはずです!私たちが連れてこられた魔族のアジトごと巨大な炎の塊を放ち吹き飛ばしたようです!ああ!地面がまだ熱い!あの子はきっとこの地下で灼熱の中にいるに違いないのです!」と、ライナがディオル達に縋るように訴えた。
「なんだって!」
ディオル達は、地面が尋常な熱さではないとは気づいていたが、よもやジルが炎の塊を発動して地中に穴をあけたなど想像もつかなかったのである。
「なんて事だ!」
「天変地異じゃなくてこれは、あの少年が!」
天使が消えた後、この灼熱の中、あのジルという少年が取り残されている。
その事実に四人の気高き戦士達は、天使の言っていた言葉『生半可な同情で近づけば、その力の暴走に巻き込まれかねぬ』という言葉などどこかに追いやったように地中への入り口へと向かった。
そう、一瞬たりともひるむことなく。




