船上のジルとリミィ
ジャニカ皇国で最も素晴らしい船と呼ばれるシルバーヴァイン号の甲板で二人の可愛らしい双子の子供達が海を眺めていた。
「きゃあ、海って何て大きいの!凄い!それに何て綺麗なのっ!」
潮風に吹かれながら、いかにも育ちの良さそうな少女がそう言って叫んだ。
「あんまり身を乗り出すと危ないよ」
そして、その少女にそっくりな少年が心配そうに少女の腕をつかむ。
「だってジーン、見てよ!空も海も素晴らしく綺麗なんですもの!」と女の子はとびきりの笑顔で答える。
「うん、本当にね!僕もこんな綺麗で大きな青色は初めてみたよ!」と少年も微笑む。
海や空を眺めながら楽し気に笑う二人に、ほかの乗船客はちらちらと目をやりながら微笑ましそうにしていた。
髪色と瞳の色をタイターナやジャニカに、一番多いありふれた色合いに変えている二人だが顔のつくりは変えてはいない。
つまり二人は、十分すぎるほどに可愛らしく綺麗なお子様達だった。
「「まぁ、なんて可愛らしい」」
「いやぁ、微笑ましいなぁ」
「「綺麗な子たちだなぁ」」
「対のお人形さんみたいね」
ふと、周りの視線にとささやきに気づいたジーンとリミアは気恥ずかしそうに船室へ急いだ。
人の姿に身をやつした精霊のリンとシンも従者らしく二人についていき船室に入る。
パタンと、扉をしめ外に声が漏れないように術をかけるとリンが真面目な顔で二人に問いかける。
「お二人とも昨日、お父上お母上と相談して決めた設定は覚えておいでですね?」
「「もちろん」」
「では、おさらいです。他人に名前を聞かれたら?」
「僕はジル・パリュム」「私はリミィ・パリュム」
「「ジャニカ皇国の豪商パリュム子爵家の末の双子」」
「「はい、よくできました」」リンとシンが同時に答える。
そう、二人は名前や生まれも隠してタイターナ公国の学園に入学する。
海を越えてのタイターナでは二人を知るものはいないとはいえ、鎖国している訳ではないのだからたまたまラフィリルからの学者やラフィリルの事をよく知るものと絶対に会わないとは言い切れない。
二人が月の石の主やラフィリルの将軍の子供と知られる訳にはいかないのである。
ちなみにジャニカ皇国の豪商パリュム子爵家は実在する。
パリュム家では主にジャニカの食材を商う商家で米、みそ、醤油など、隣国であるラフィリルにも卸していて、母ルミアーナのお気に入りの商家である。
ラフィリルの未曾有の魔災害の時にも多くの支援物資をラフィリルに送り、ラフィリアード家とも懇意にしているのである。
そして今回、二人の留学にあたり、その縁で名前を借りたという訳である。
「いいですか?これから学園を卒業するまでの間は普段もお互いの事はジル、リミィと呼び合う事を忘れては駄目ですよ?」
「「はぁい」」
「この船の乗客は、身元のしっかりした者ばかりですが、油断は禁物です」
「「うんうん」」
「ですが、それらを注意するなら、この船上では、ある程度、自由に振る舞っても大丈夫です」
「「えっ?」」二人は驚きの声をあげた。
「そ!そそそ、それって、二人だけで散歩してみたりも?」リミアが、まさかと思いつつ確認する。
「船の中を探検してみたりしても良いってこと?」
ジーンもである。
何せラフィリルでの二人は、とにかく有名人で、望みもしないのに『女神の子供』『世界を創りし偉大なる魔法使いの生まれ変わり』などと呼ばれ崇められてきて、屋敷と王城の一部の部屋以外自由に歩き回ることもままならなかったのである。
知らない場所を自分達だけで散策出来るなんて!と驚いた。
「まあ、お二方には、私達(精霊)の宿る月の石を常に肌身離さず身に付けて頂いておりますしね。」シンが小さくため息をつきながら言うとリンもつけたすように、言い加えた。
「この船の上ならば大した問題もおきないでしょう。万が一、何かあってもお二人が月の石を身に付けている以上、何時でも私達がお助け出来ますしね」
「そっか!」とリミアは喜んだがジーンはあれっ?という顔をした。
(それって、結局二人だけじゃなくて、見えないだけで保護者付きってことじゃ?)と思ったが、まあ相手は人間ではないのだし、母なんて、もっと沢山の精霊に四六時中見守られて?るのだから、まだいいか…とか思った。
すると、ジーンの考えを読み取ったシンが、ジーンの瞳をみながら黙って二回ほど頷いた。
(ははは、やっぱりね!考えてる事まで、筒抜けかい!)
ジーンは、わかっちゃいたけどさ…とばかりに小さくため息をついた。




