105.牢屋で…
「おらっ!入れっ!」
どんっ!と乱暴に突き飛ばされてジルは人間の女性たちがいる牢屋に頬りこまれた。
「ううっ」
↑…と声をあげたのは、別に痛かったとか焦ったとかではない。(今のジルは無敵に頑丈だ)
女性たちがいる中でうっかり反撃して洞窟ごと破壊してはいけないので腹が煮えくり返る我慢しなくてはいけないことの唸り声である。
「「「こんな子供に何て事をっ!」」」と女達がジルを庇おうとした。
「うるせぇっ!大人しくしてやがれっ!」と魔族の男は乱暴にジルを庇った女の人を足蹴にして、すぐさま牢屋のカギを閉めた。
「っつぅ」と足蹴にされた女性が苦痛に顔をしかめる。
「大丈夫ですか?」とジルが慌てて蹴られて倒れた女性の体を起こそうとする。
「だ、大丈夫よ。坊やこそ、大丈夫?」と女性は心配そうに聞き返した。
「僕は男ですから大丈夫です。ああ、お姉さん、手がすりむいちゃってます」と言ってポケットからハンカチを取り出しササッと泥を払いのけて縛った。
女達は思いがけず現れたこの小さな紳士に目が釘付けである。
さっきまで、魔物に攫われて恐怖で涙していたものでさえ、自分達より更に守られなければならないであろう子供の出現に驚きのあまり涙も止まり意識はその美しい少年に集まった。
『ああ…こんな傷くらい直ぐ治せそうだけど…治癒魔法も暴走したらどうなるかわからない…』とジルにしては慎重に慎重に考えて動いた。
「僕を庇ったせいで…ごめんなさい」とジルがしゅんとしながら、謝る。
ありあまる魔力を持ちながら自分の無能っぷりに悲しくなるジルだった。
その落ち込んだような申し訳なさそうな顔に女達は『きゅんっ』っとした。
(((何このコ!可愛い!)))(((こんな時だけど)))
「こっ!こんなの平気よ!手当してくれてありがとう。でも貴方どうしたの?こんな坊やが攫われるなんて」
「そ、そうよね…魔族達が攫うのは若い女達だけだと…」
ジルは転移を月の石にさせたのは良いが、見当はずれなここに飛ばしたと言う訳にもいかず、またわからないふりをした。
何せ、何が秘密って月の石の事も自分の身分もそしてあまつさえ竜人ということも何一つ人にあかせる事など見当たらないジルである。
もう、いっそのこと『名前以外、ほとんど何にも分からない』で通すしかないと覚悟を決めるジルだった。
「え~と、間違えちゃったのかな?あの魔族達、頭悪そうだったし」と、ぺろっと舌を出して言うと女達は一瞬、ぽかんとした顔になった。
「ぷっ!あはは!そうよね?頭悪そうよね?」
「「ふふっ」」と、女性たちはこの無邪気(に見えるだけだが)な少年をみて一瞬だが思わず笑顔になった。
「私はライナ!そっちの濃い緑の髪の子がリナ、淡い色の子がミナよ。二人とも私の妹なの」
「「よろしくね」」
ジルは牢屋の中を見渡し、この中に居る女性は3人だけな事を確認した。
「あの、お姉さん達は、攫われてきたんでしょう?他にも攫われて来た人たちはいるのかな?」
「多分、ここにいる3人だけよ。あの魔道具はそんなに連発して使えるものではないの。一回作動したら丸一日以上は…あれっ?でも、じゃあどうやって坊やは浚われてきたのかしら?まさかあいつら魔族が直接、人間の国には行けないだろうし、人間がこの世界に来るにはどうしたってあの魔道具の力が要る筈…」
「ああ、僕はあの魔道具じゃない方法で、ここに飛ばされたみたいなので、そこは気にしないでください」
「えっ?そんなの気になるでしょ…っていうか、坊や、随分と冷静なのね?」
「ほんと、私達なんてさっきまで泣いていたのが恥ずかしくなるくらいよ」とリナが言いミナがうんうんと頷く。
「そんな事ありません。凄く怖いですよ」
(あなたたちを、うっかり巻き込んで殺しちゃうことにならないか超心配)とジルは思っていた。
だが、ジルは自分以外の者への配慮は出来るお子様である。
うっかりなど、する筈もないのだ。
ジルは慎重に確実に彼女らをここから救い出し、元凶たるあの魔道具とやらを破壊しようと思考をめぐらせた。




