78 おっちゃん先生に退院の報告だい
「それじゃあ、お題をやるよ」
「お題?」
突然変な事を言いだした珪のことをまじまじと見つめてしまった。
「ああ。そのお題にあった作品を作ってみたらどうだ」
「う~ん。やめておくよ」
「どうしてだよ。お題にそって書いて投稿すればいいだろう」
「やだ。それをすると今書いているものが進まなくなるもん」
「・・・まあ、そうだよな」
ふと、土曜日の会話を思い出した。
「それよりさ、今度うちに来た時に尚人と話してやってよ」
「話? 何の?」
「えーと・・・」
言おうとして言葉に詰まった。下手をしたら藪蛇にならないか? あの話は・・・。もしくは地雷か?
「舞?」
「ちょっと待って・・・」
「なんだよ。そんなに言いにくいことを話してたのか」
「いや、そうじゃないよ。そうじゃないんだけど・・・えーと、黒歴史にまつわることというかさ」
「黒歴史? なんだ、それは」
わからないのか眉間にしわを寄せる珪。
「えーとさ、中2の時のこと覚えてる? 私が予定帳にグチャグチャ書きなぐっていたもののことなんだけど・・・」
「中2? ・・・ああ、あれか。落ちてたノートを拾ったら舞ので、開いていたページの内容に興味を惹かれたんだよな~」
目を細めて思い出すように言う珪。
「ええっ、そうだったの? あんなネガティブな考えだったのに」
「ネガティブじゃないだろう」
「しっかりネガティブだったじゃん。死のことを考えてたんだよ」
「あれって考え方は暗かったけど、死ぬことを望んでいたわけじゃなかっただろう。どちらかというと自殺を否定して、いかに生きるかって足掻いているように見えたけどな」
思わず珪の横顔をまじまじと見つめてしまった。
「そう思っていたなんて知らなかったよ。珪って、あの頃から老成してたんだ」
「おい、老成はないだろう」
「あー、ごめん。あの日のことは時々思い出していたのよ。実は珪はどう思ったのかなって」
「高校の時に池上先輩を交えて話さなかったか?」
「うん。話したけど、あれは自殺うんぬんじゃなくて、もっと哲学的な話だったじゃない。魂の話とか、宇宙創造の話とかさ」
「・・・そうだったか~? 先輩も知識が深くて、1歳しか違わないって言うのが信じられなかったよ。あの探求心には憧れたよ」
「違うと思うな。兄の知識は偏っていたもの。自分が好きな物に関わることなら、とことんまで調べていたけどね」
「舞も似たところがあるだろう。気になることは調べていたじゃないか」
「とことんまでは調べてないけどね」
口元に苦笑が浮かんできた。私の知識も偏っていることに今更ながらに気付かされたのよ。
「まあ、そんなもんじゃないのか。それで、尚人君とそんな話をすればいいのか」
「う~ん。尚人に聞かれたら、ってことで」
「ああ、話を合わせておくな」
「くれぐれも死の話はしないでよ」
「それもいい経験になると思うぞ」
「いや、尚人はいいんだけど夏葉が嫌がるから」
「夏葉ちゃんが? だけどそれは舞の得意な神話の話に絡めればいいんじゃないか」
「神話・・・ああ、イザナギノミコトの黄泉の国行きの話か~。それなら新年度の読み聞かせはその話にするかな」
「相変わらずいろんなことしているんだな、舞は」
「まあね」
こんな会話をしていたら野村医院についた。車を降りて医院の中に入った。
「池上さん? 退院なさったんですか」
「こんにちは、『吉田さん』。無事退院しました」
「あ、じゃあ少しお待ちください。先生にお伝えしますので」
そう言って、吉田さんはマスクを渡してくれた。待合室には5人いたの。風邪をひいたのか赤い顔をして額に冷却シートを貼った子を連れた女性もいた。
そんなに待たないうちに診察室に案内された。
「こんにちは先生。今日退院してきました」
「明日以降で良かったのに」
「ついでです。明日はのんびりするつもりなので」
「またまた~、何を言うのかな、舞子さんは。きっと入院中にたまった家事をするんだろう」
「何をいうんですか~。そんなことするわけないじゃないですか~。私は家族を信用してますから」
「入院前に言っていたことと違うよね、舞子さん」
「だって、娘が頑張ってくれたみたいなんです。その気持ちを無下には出来ないですよ」
「舞子さんも少しは改善されたかな」
「何がですか」
「家族に過剰に接するのが」
ちょっと待ってよ、先生。なんですか。今まで私は家族のことを構い過ぎていたとでも?
「舞、自覚無かったのか。特に子供たちには甘いだろ」
珪まで・・・。早く言ってよ。
「舞子さん、挨拶に来てくれてありがとう。家に戻ってゆっくりしてくださいね」
「はい。ありがとうございます。それで、先生にお願いがあるんですけど」
「お願いかい」
「はい。今回の入院話を闘病記として書きたいんです。それで、先生の名前を出していいですか。もちろん本名は出しませんし、ご迷惑をお掛けしないようにはしますから」
「ちなみにどんな感じにするの?」
「先生のことはおっちゃん先生と呼んでいて、今回の入院にあたってお世話になったと書きます」
「本当に~」
疑わしそうに私の事を見てきたけど、大体本当のことだもん。
「ちなみにジャンルはノンフィクションかな」
「いえ、コメディーにするつもりです」
「コメディー? じゃあ、ほぼフィクションかい」
「はい。だから、おっちゃん先生も本名ではなくて『野村』にしようかと思っています」
「・・・いいだろう。投稿されたら読ませてもらうよ。他の先生方にも許可をもらうのかい」
「はい。退院前に担当してくださった先生方には許可を頂きました。名前を変えると伝えたら簡単にくださいました」
「じゃあ、あとは『川谷先生』と『森山先生』だね。少し待ちなさい」
そう言うと、おっちゃん先生は電話をかけてくれたのでした。




